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顛末

許可を求めて、大学に入る。カンザン教授の研究室にリアとシーナ補佐官と向かう。ノックして返事をもらって入った先にはフゲン少年と天文台の……相方の人オガタマ氏だったか、なぜいるのか。

「この二人は気にしなくていいよ。どうかしたかな、ルゥ君。私にわざわざお友達を紹介してくれるほど慕ってくれていたとは思っていなかったよ」

「術式武器の返却に来ました」

「受け取ってくれないのかい?」

「三方結界における、火、水、風に対する強度は確立されましたか」

「ん?」

「械の国や機構に対抗しうる強度を固辞できますか」

「鉄の国には強力な憑き物もいるし、砂の国には人工物分解に長けた砂族というのもいる。絶対防御などありはしない、奴らが驕って椅子に深く腰掛けてくれているお陰で術式は成り立っているとも言えるんだよ」

「では、あらゆる術式武器に対応出来うる結界活動は可能ですか」

「ルゥ君は何が言いたいんだい」

ここで疑問を挟んだのはオガタマ氏でフゲン少年でないのが意外であったが、リアにその辺りの判断は任せる。

「三方結界で独立していようとしているという噂を流して計画を早めようとした、その前提としてこの地の刑務所化計画もその行動をとらせる為に情報を流した。結界の強度は十分であると。けれどそれは刑務所としての強度であって、独立の為となれば不完全ではありませんか」

「途方も無い、ふざけた話だね。ルゥ君はそれで」

「そういう術式を教授には作れっこないと思うからでしょう、そういう冗談みたいな発想するのは。他の誰に作れても」

「誰に作れるハズもないだろっそんなものっ」

「はぁっ?」

カンザン教授の言葉を遮ってリアがいえば教授が返して、フゲン少年が声をあげる。

「どういうことっ出来るって署長と話してたじゃんっ、出来るけど、駄目だってっ子供らの命や自由は犠牲に出来ないって」

「そんなことカンザン教授が言うとでも思っていらしたんですか」

「ぐっ、ルシャに人で無し認定されるとかすげぇ」

フゲン少年の言に疑問を抱いて口にすれば、リアが笑う。リアはよく目端がきくので、相手を怒らせることも、穏やかにさせておくことも可能で、だいたい自身の感情に合わせて使うことはない。

「つか、ちょろすぎだろ。そんな簡単にゲロっちゃ駄目だろ」

「分かっていないんだ、結界術式がどれほど難しいものと思っている。霊力供給の重要性とバランスをなにと思うんだ」

「教授っそれで息子さんの命を」

オガタマ氏が声を上げた。

「生きているも同然だ。結界に柱にする為には魔装と融合、霊体化に近い、そうでなければ永続魔法にならん」

「意思は」

「そんなもの取るに足らん」

「それに振り回されて、言わなくていいこと言いましたもんねぇ」

「黙れ下民風情がっ、ちょとぐらい頭が良いからってっ、何をしていたかもしれないスラム育ちが、ルゥ君が変わらず接するからと、驕るなっ」

「えらく把握してますね。ルシャのストーカーですか」

「スラム育ちって、士官兵でしょ?」

「ちょっと頭が良いもんで。ペーパーテストは大変でしたけど」

フゲン少年の疑問にリアは軽く笑う。

「分かるか、貴様らに。金がかかるんだっ、このままでは研究が取り上げられてしまう。それに碌な実験も出来ん。罪人であれば人体実験からの人造人間化しても誰も何も言わんだろうがっ。戦闘による人体欠損者に手を出したら、人権がなんだ。尽くしたものをとかぎゃーぎゃー喚きやがって。だぁから文句を言われんもんを手に入れるんだろうが」

「それでこの地のに住む人は、どうなるのさ」

「移動すれば良いだろうが、別に生まれた土地にしがみつくなんぞ、時代錯誤も甚だしい。移動させられることなんざよくあることだろうがっ、ここは機構の土地だ。機構の決めた方針だ。なにが独立だ。なにが故郷だ。馬鹿馬鹿しい」

「本当に機構が承認していたら、勝手な行動を起こさせようと画策することもなかったのでしょうけれど」

「保証もなしの移動となると環境課だけでなく人権課もなにか言うだろうしな」

「いや、そこの捺印はとれて……君ら環境課の回し者か?」

「違いますが情報はいただきました」

「俺は全くただの巡回職員ですけど」

「僕とルリ君は監察官です」

さらっとシーナ補佐官が言う。

「監察……まさか、北の遺物」

「お陰様で、記録発信させていただきました」

ちゃきりとシーナ補佐官が言う。

「失言取り消せると思っておられましても承認済みです。械の国と共同の学校ですが名義は機構にあり、貴方は現在機構所属の職員です。うち監察対象です。というわけで、話されますか?頭の中見せてもらえます?拒否して処分許諾されますか?」

「……ふざけるな」

「今更嘘と言われましても困ります」

「ここを狙っていた研究所がなんだと思ってる。向こうが乗っかってこなけりゃここはとうに氷河期が来ていたぞ」

「それはどういう」

「サンザシ、ルゥ君と君は知っているな」

「はい」

「……」

「あれは天使の腹の中で種族ごちゃ混ぜに作った唯一形を保ったそうだが、一番のポイントは悪魔の力が入っているということだ。天使以外の腹では悪魔の魔力と魂を埋め込もうとした時点で崩壊したらしいあたり、悪魔と天使の上位互換というのも面白い話であるが。天使は生物歓喜、治癒とも呼ばれる能力が著しく高く、そしてあれは雪女の能力も有する。雪女では不可能の生きたままの生物凍結が可能ということだ。つまり、未来に病の治療法確率を目指すという人体凍結の希望があるということだ」

「変なこと聞きますけど、サンが治した方が早くないですか」

「君はあれがそれほどコントロールがきくとでも?」

「……出来ないとは言ってましたけど」

「魔装でも悪魔の力のコントロールなど無理だ。で、ここを凍結区にする。で、入れば凍結、担当者が出して溶かす。簡単な話になるわけだ」

「でもなんでここなんです」

「元はここの者の身体強化を狙っていた。自分の魔力を土地に流し、育ったものを食べさせる。それによって身体強化、霊力上昇させて自分の手駒にする。それが上手くいかない時の保険として人造人間の提案をしたら乗っかってきた。こっちとしても、共同開発は嬉しかった。向こうは金があるし、高位悪魔が研究主任だ」

「……サンの言ってたジジイって」

「見た目はともかく、悪魔は長寿命、というより思念体とも表現されます。お年寄りではあるのでしょう」

「……まぁ、ん。え、魂入れたってサンどうなってんだ。悪魔なのか」

「サンはサンでしょう」

「あぁ、うん、くっ」

リアが口元を抑えて笑う。

「お前のそういうところ、いかがなものかと思うけど、好きだよ」

「……それはどうも」

リアは自分を傷付けることは言わない。普段リアがしないような、わざと喧嘩を売らせるようなことも引き受けてくれる。

「ルゥ君はそういうのが好きなだけだろう。北の遺物といても平然としている。いや、生物的呼吸がないだけ好きだろう」

「それはともかくとして、悪魔の研究所はどこですか」

カンザン教授の言葉にシーナ補佐官が尋ねる。

「どこと言われても、さぁ、移動しているようであるし」

「どこと繋がりがあるのでしょうか」

「さぁ、研究内容以外興味がない」

「……」

「まぁ機構の有力者は関わっているだろうな。どこぞ企業にしろ金に困ってないのが大量に出しているだろ。記録は研究所に保管しているか知らんが、管理しているとも限らんだろう。悪魔は口頭契約を守らせる。つまり私が口にするのは誓約外の言葉、口に出そうとすれば私は滅ぶし、君が干渉したらどうなるのかなぁ。試したらどうだ?」

「……」

「悪魔を侮るものでもないよ。使えたら使うがここの事などとるに足らんのだろう。今回の事が知れたところで、資金源が増えるだけと思っているかもな」

「監察対象に出しますか?」

「法拘束上の良い悪いで世の中回っている訳じゃないんだよ」

それはなにであるのか。

「それが人を追い詰めるのでしょうか」

「法が人を追い詰めもする」

「……」

ならどうすればいいのか。

「ルシャ」

くいっと、服をリアに引かれた。

「あまり、気に病まなくていい」

「ラリア君と言ったか、君はルゥ君を誤解してるんじゃないのか」

「……誤解もなにも、理解出来ないことは、分かってるんで、大丈夫ですよ」

「はぁ?」

「見えてる世界も過ごしてきた時間も違うのに、理解しようがないでしょうが、しょうがないでしょ。……俺は俺にしかなり得ないし、俺と接するルシャは俺とは違いますから、俺と接して見た世界を俺には見えない」

自分の目に映る先にはリアがいるけれど、リアの視線の先にはいない。至極当然のことである。あるのではあるが、少し寂しくもあり、それでいて安堵した。



「手伝ってもらえて助かる」

「……いえ」

自分はなにをしていたのだろうか。高位悪魔が主任という可動式研究所の発見接収をヤナギ二席がやっておられた。学校の敷地以外区の全体を凍結させようとしていたそうで、冷気の出先を探知されたらしい。凍結解凍可能人間の宣伝にも使えるし、守ろうと三人が動いて結界を張ってくれても良い。学校の研究施設には興味はあった様であるが、我慢強いタイプの柄ではなかったらしい。上手くいかないこと続きでへきへきしていたのかもしれない。冷気霊力ことでオガタマ氏とフゲン少年はカンザン教授の研究室にいたらしいが、自分は気付いていなかった。ヤナギ二席からは気を許した相手への探知能力が低く過ぎると言われ、シーナ補佐官も思考解読はともかく普段の解放能力を上げた方がいいとの忠告をされていた。そういうわけで、カンザン教授のところに乗り込んだ意味はなかったらしく、そして今は、関係書類の整理の手伝いをしている。関係者摘発を監察課としてもしたいので、礼を言ってもらうようなことは自分にはない。言われるべきは、リアとサンであろう。

「これ、なに」

「実験資料でしょう」

「数字しかねぇ」

「財政報告には見えません」

「これは?」

「実験資料でしょう」

「そればっかな。融資者って、摘発出来るのか」

「どうでしょう、機構の研究施設ですし、研究内容をどのようなものか、どのように知っていたかが問題になるかもしれません」

「そうか」

「んー」

リアは署長などの摘発もあり署に多少の混乱がある中で来てくれている。サンは環境課の監督対象となりそうでもあり、とりあえず霊力コントロールを覚えてもらわないと能力の強制封印なども考えられるとのこと。大陸の一部を季節や土地柄関係なく凍結させる能力は環境課として感化し難いらしい。今は抑止装置ぐらいの封印で済ませているが、リスクが高いとみなせば、サンの意識関係なく、封印するとのこと。人権課になにか言われたくもないので、制御装置なしでの自立コントロールを望まれている。それか高冷地赴任か、寒冷地赴任。大体が雪の国の支配地域であるがそこまで邪険にはされないだろうとのこと。しかし温度変化が出ればやはり難であるらしい。そんなわけで、決定権もない実験資料扱いであったので、拘束される理由もないのでされないが、放逐も出来ないらしかった。

「これは、区名か」

「候補先でしょうか」

リアに見せられる資料を見つつ応える。

「一応霊力値モニタリングの強化と署長に打診などなかったか話を聞く必要があるかもしれません。どちらにも報告必要です」

「んじゃ、ここっと」

資料分けは、大まかに五種類、環境課行き、監察課行き、両者必要、その他、廃棄予備群。

「研究資料ばっかだな」

「研究所だしな」

「……無意味に傷付け合った気がします」

「お前って唐突だよな」

サンの感想である。リアには頭を撫でられた。慰められている気になる。

「リアは?」

「あ?あぁ、や、たまには人を怒らせるのも乙なもんだぞ」

「お前それで、俺を」

「やっ、お前のこと本気で怒らせようと思った気はない」

「チッ」

「うん。しかしルシャは人を怒らせるたびに傷付いているのか?」

リアに気遣わしげに伺われる。そうとは少し違う気がするのだけれど。

「ヤベェな。傷付きまくりで、反省もなしか」

「サンが霊力コントロールが出来ないのと似ているか」

「違ぇだろ」

「やろうとして出来ないものは出来ない。意識無意識の問題でもないだろ」

「……投げ出してないか?」

「サンは投げ出しちゃ駄目っぽいよなぁ」

「ルシャはいいのか?」

「よくないけど、言いたいこと我慢するよりいいだろ」

「お前はどうやって我慢してんの?」

「サンは?」

「俺はなんか言うとよく電流流されてたから、学校行く前に話すことを覚えさせられた」

「教育係口悪いな」

「うっせ。で?」

「さぁ、思いやりの呪い?」

「……、ルシャやっぱ好きに話せ、怒らせても傷付くな」

「……そこまで傷付いたりしませんが」

ただ。

「リアが普段は人の嫌がることを言わないようにしているのに、言わせるのが心苦しかっただけです」

「それ、リアの最初の返しで解決しているじゃねぇか」

「はは」

「くっそ、さっさと言え。つかお前は心苦しいとかあるのか」

「……多分、違うかもしれないので、口を挟むことでもないかと」

「んー、ルシャは基本自分の感情に無頓着だからなぁ」

「そうか?コイツは感情のままに突き進んでるだろ」

「でも、子供の頃からの教えで自分はなにもしなくとも殺されるようなモノと思っているから、傷付けに来るモノの拒み方を知らない。ちょっとどうかと思うな」

「ちょっとですむか、それ」

「サンは優しいな」

「……」

「しっかし、資料の量多いいな」

「契約書は別場所か、ないのでしょう」

「研究資料の名前に名簿以外の名前がないか探すぐらいか」

「そうですね」

「流すなよ」

サンは不機嫌である。その真っ直ぐな目で見られた。

「俺はジジィ共に利用される為に作られたけど、利用されるゆわれなんてねぇんだ。お前だって周りがどうであろうが、お前に殺されていいゆわれなんぞねぇ」

「……そうですか」

「それ分かってねぇ返事だろ」

「サンはサン、ルシャはルシャだからなぁ」

「それっぽく言っても納得出来ねぇぞ」

「でも、ジイさんら前にしたら、どうせ何も言えなくなるんだろ」

「……」

「やっぱな」

「当てずっぽうで当てんな」

「刷り込みって怖いな」

「悪魔との契約上の問題かもしれませんが」

「悪魔って、そんなん?」

「よく分かりません」

「天使って言ってたけど、治癒って聖人って言わなかったか?」

「あまり確証のない存在です。伝記にしても事実であるか怪しく、童話のような逸話が多いいかと思います」

「……俺は、なに?」

「さぁ、なにでも、ご自分の思うところではどうでしょうか」

「……あぁ、うん」

「でも、あんまルシャみたいに能力ひけらかしていると狙われるかもな」

「あ?」

「治癒ってどれぐらいのものかにもよるだろうけど、狙われそうというか、便利使いされそうというか」

「ある程度使えばコントロールもしやすくなるかもしれませんが、自身の霊力の枯渇が起きたらどうなるか疑問です」

「なにが」

「暴走して消滅を招くこともあるかと思われるので、限度いっぱい使わない方がいいでしょう」

「……」

「暴走する、つったら、そこまで使いまくろうとしないかもな」

「人間の生死が人間のコントロール下に入るかと思ったら、気味が悪いがな」

ばさばさっとヤナギ二席が環境課行きの箱に資料を落として気怠げに、それでいて嫌悪感は露わにして言う。その肩には青い目の毛並みの艶々とした黒猫がいる。

「人口増大は環境負荷ですか?」

リアが面白そうに聞けば、ヤナギ二席は肩をすくめて、黒猫は居住まいを正そうと動く。

「殺したら殺したで面倒くさいから、勝手に死んでくれると助かる」

「人災じゃ環境負荷で気に触るから、自然災害ってことですか。それはそれで問題発言では?」

「殺したら殺したで管理的だろ。天任せで、放っておいても滅びやしない。自分が食べる分だけ、獲ったり交換してたりしていたら環境負荷はこうも、ならない気もするが……」

「工業嫌いですか」

「作られる製品には世話になっている」

「金が駄目ですか」

「そう言うわけでもないからな。一辺倒になるのがどうかと思う。地域性独自性があった方が、世界常識とかいって統一的になるのに危惧がある」

「世界調和機構が悪いと」

「由緒を持って自立した特別区域、自由特区の由来。機構は意識統一統率の象徴でなく、汽車や空路、道路なんかの整備と区間の調停役、元の役割はそれぐらいだった筈。工業化や整備で環境課は必要とされ、近代化で人との繋がりが建前となり人権課が必要とされるようにもなった。だけど、まぁ、立ち上げ時にあらゆる利権を機構が一手に握ろうとしたから、名前の由来なんて無意味だけど」

ばさばさと書類を箱に落とす。

「つまらない」

「統一の法整備は必要ありませんか」

「……さぁ」

冷たくもある。

「間違えない人間なんていないだろ」

それは切なくもあり。

「自分のことか、それ」

「……」

サンが聞けば、リアがサンの頭を書類の薄い束で叩いた。痛くもないのか、サンは文句だけ示してヤナギ二席を見る。

「間違えないように、法があるんだろうが、法を作るのも人で、運用するのも人だから、其れがあれば安堵出来るなんて世界は来ないだろとは思う」

「……」

「法は人を傷付けもするから」

「……そうですか」

そうか。なら自分はどうするのが正しいのか。……正しいことなんてないのなら、どうしたらいいのか。どうすればいいのか分からない。その後も書類分けをしていき、霊玉の記録装置に直接介入していたシーナ補佐官と合流して研究所の船を降りれば人が待っていた。

「赤の、環境課の方だね」

「それは自分だけですけど、どちら様で」

制服も着ていないので分からないのだろう。何故か皆私服で仕事をしていた。

「近くの区の商会のものだが、どういうつもりかね、こんな不穏分子を増幅させる区を放逐するなど。危機意識が足りんのではないか」

「そこはうちの判断基準と違いますから」

「ここではよく揉めているだろう、そちらとしてもこの地の取り上げは助かるんじゃないのか」

「刑務所にしたところでなにが解決するんです?」

「少なくとも狩はせんだろ」

「此処のは食べる事を主目的にした狩で、家畜の保護や、材料目的でもないでしょう。材料は副産物でしかなく、余す所なく使い切る為の物。うちでとやかく言う案件はありません。配下の者が何某か言ってくるのでしたら、統率が取れていない事は詫びます」

「……面倒な事を言ってないで、ここをさっさと研究所併設の刑務所にしていれば良かっただろうが。そうしていれば研究所に問題行動はなかった。なにが目的だ。なにが目的で邪魔をした」

「うちは環境課としてやるべき事を」

「うるさいっ、幾ら寄付していると思っている。この穀潰しどもが。人の役に立つものも作れん、出来んくせに。我々の邪魔になるものに支援した覚えはないぞ」

「仕事をしているだけなんで。ご自分の資金の使い方の間違えをうちに言われましても困ります」

「小僧、舐めた口を聞いとるとタダじゃ済まさんぞ」

「それは脅迫ですか」

疑問が口から出れば睨まれる。

「この程度のことで小賢しい」

ヤナギ二席は面倒そうに息をはく。

「小賢しいのはどっちだ。大将以外なら穏便に済まされると。牢獄化の件で文句があるなら、大将にどうぞ。判突かなかったのは大将でしょうが」

「大将に面会など」

相手がなにか言うのに、ヤナギ二席が肩の黒猫の首根っこ掴んで前に突き出して手を離す。その猫が地面に到達する前に、人の姿に変わる、黒々とした髪はぞんざいな割に艶を持って綺麗で、地面に腰を着いたその人は赤い制服に大将の勲章を胸に着けて剣を一振り抱えている。相手を見上げるらしいその人。あの猫の不思議な青い目を持っているのだろうか。

「何?」

聞いたことのない低く耳触りの良い声が問いかける。それに相手方の商人と言っていた人がひっと悲鳴のような音を出しながら息を呑み、付き人らしき人達と逃げて行った。

「ムカつく」

ぼそりとヤナギ二席の声が響く。そのヤナギ二席は大将の服の肩の辺りを掴んで揺らす。

「ムカつく、ムカつくムカつく、結局力と野蛮さかよ。なんなんだあれ、こまっしゃくれやがって。ふざけんなっ、腕力じゃない、財力ってか、どっちにしろ力か、力にものゆわせなけりゃ世の中回らねぇのかよっ」

「ヤナギ、頭揺れる」

大将がヤナギ二席に声をかければ、ヤナギ二席は大将の服から手を離して額に手を当てる。

「ムカつく」

「お前はよくやってるし」

「お前に褒められても嬉しかねぇっ」

ヤナギ二席が怒鳴りつけるように言えば、しゅんとした様子を見せて大将は立ち上がり、ヤナギ二席の肩に手をかけて黒猫に戻る……というのか。元が化け猫ならば戻るというのかもしれないけれど、猫に戻った大将をヤナギ二席は大事そうに抱えて艶やかな毛並みに顔を埋める。

なにも見えない。術式が。剣には、斬れば斬るほど斬れ味が増す術式がかけられていたようには見えた。けれどそれがどこにいったのか。多分猫の首輪に仕掛けがありそうなのだけれど、見えない。全くでもない。術式が判然としない、見えにくくする術式も見えない。

「猫になる術式が見えませんけれど、体質ですか」

「ルシャ、そこか?」

「……」

リアには疑問を抱かれ、ヤナギ二席にはなんとも言えない目で見られた。そして溜息。

「内偵?って言うのか。身分隠しての査察にはよく付いてくる。さっきみたいに揉めることも多いいから。そういう時、大将眼前で少しでも攻撃的な文言を席官以上に吐いたら、大将の討伐対象なんだよ。普通居ないから、好き勝手言うけど、それでウチはよく人死出しているけど、監察課に何か言われる物でも無いから、問題がありゃ、法改定してくれ」

「……猫は」

「気紛れに付いて来るのを一々目の仇にしなくて良いだろ」

「好きで付いて来られるのに、邪険にされるのが不本意である事は分かりました。術式は」

「俺が昔掛けた、見えないのは俺じゃない」

原因は分かっているということ。それでもその術式を自身には使用しない。そうなると……。

「無駄に話した、なにしてんだろ」

「ルシャ、お前ごり押すなよ」

「監察官として頼りがいありますねぇ」

「や、ズレてません。なにか」

「じゃぁ軌道修正役に加わられますか?人員は随時募集中ですよ」

「誰でもいいんですか」

「ケチ付いたことのない人なら誰でも」

「……学校で……ルシャが許されているならいいですけど」

落ち込んだ様子のヤナギ二席が嘆いたところで、リアとシーナ補佐官がやり取りしていて、リアの反応にシーナ補佐官は首を傾げる。

「なにかありました?」

「謹慎くらったり、反省文書いたりありましたけど」

「え?」

「前に言いませんでした?」

シーナ補佐官の反応に疑問を抱く。

「え?あぁ……」

「リアやサンは同室の連帯責任の巻き添えですけれど」

「あー……」

本気で忘れていたのだろうか。

「一等優秀な問題児。聞いてないのか?」

ヤナギ二席が疑問を投げかける。

「カツラ九席の推薦ですよね」

「カツラの判断基準を何だと思ってるんだ?」

「……なにですか?」

「術工具解読に使えるか使えないか」

「それ、研究室の採用基準ですよね?」

「それで使えると思ったら、ある程度何処でも通用すると思ってる」

「……でも、あれ?」

「さっきお前は言っただろ、監査官向きだって。学校で問題行動扱いになったのは誰が相手だろうと物怖じしないからでもある。疑問は追求していくし、法的根拠、技術的答えの出やすいものなら尚更。何方でも良いと思って、聞いて其方を選んだのはルリチシャ少尉だ。あんまり本人目の前に疑問持ってやるなよ、上官だろ」

「えっと、そこまで……ただ意外だっただけです」

こちらを見て言われて首を傾げる。

「記録は読まれているものと思いました」

「艦長は……。僕は急だったし会えば分かるかと」

「え?ってことは、今まで学校にいて問題行動を起こさなかったんですか」

「え、あぁ一度殴られて熱出したことはあったけど」

その時に話した気もするが。意外そうにしていたのに、存外記憶に残っていないらしい。心配されていたからかもしれない。

「一度だけ?」

「まじか、なんで?」

「……」

疑問を投じるリアとサンにシーナ補佐官は言葉をなくす。

「大丈夫か士官学校」

「ヤナギ二席はご出身では?」

「俺は入隊試験だけで学校も研修も無し。後も昇進試験で上がった」

「……」

「ウチはそんなんばっかだぞ、身元不特定」

「そんな、……あぁ、いえ……」

「学校査定したらどうだ?」

「……考えておきます」

息をつくようにシーナ補佐官は言う。なにか疲れた様子。

「それ内部是正しようとして、ルシャは謹慎の憂き目にあっていたわけだ。良かったな、謹慎食らわずになんでも出来るぞ」

「そうですか……ですけれど、なにの問題があったかよく覚えておらず」

「頭大丈夫か」

「なんでもは出来ないけど、そっちもするとなったら大変そう」

「初期学習は大事だぞ。じゃないと碌でもない事になる」

言って掲げられるのは、大将である黒猫。

「士官学校出身ではないと」

「ないけど、碌でもなかった」

「お付き合い長いんですね」

「……不本意ながら」

その目はすこぶる不本意そうである。

「うちも真面なのが欲しい」

なにか、こちらを見て溜息。

「其処のサンザシはどうなりそうなんだ。もうウチか其方で引き取る事にならない?」

「そうなる所以は」

「環境影響が大きい存在であるからと、悪用されない為に監察課か。放って置けと言われたら一応そうするけど。お前どうしたい?機構軍以外に就職とかの宛てはあるのか」

「ないけど……コイツが謹慎食らわない学校には興味ある」

「はは、確かに少し湧くな」

「なら入学したらいいだろ」

ヤナギ二席が言う。

「その船回収したら、監察課の船持って来たら?拠点中央に置いていても面倒だろ」

「その心は」

「此処にちょくちょく来る面倒な環境課の馬鹿供を追い払って欲しい」

「それ監察の仕事ですか」

「越権行為はそうだろ?」

「……まぁ、艦長と相談して決めます」

「ん、艦長も入学したら?」

「なんで、査定続行もしませんし」

「起きてから、ずっと部屋から見る景色しか知らずに、いきなり監察課で監察官として人の是正ばかりしていたら嫌になるだろ。憂さが溜まらん様に息抜きと言うか。どうしようもないもんのそれだけでもない所も見ても悪くないだろ」

「それが監察官として絆されることに繋がっては困ります」

「そうか?それぐらいで揺らぐ奴が監察官なんぞやるなよ」

「……」

「まっ、考えとけば?」

猫を抱いて落ち着き払ったその人は、緩い笑みで丘を下りて行った。



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