再会
ピアノの練習も出来ず、準備の仕事もない放課後に少し気になって、校舎の術式を確認していく。歪みもなにもなく全て正常。穴という穴もないのに、なぜ穴という言い方をしてしまったのか。呼び出して相談するべきであろうか。シガーケースに入れた、ここの生徒の格好をした人から貰った紙を眺める。名前を聞き忘れた。偽名であろうとその人を思うのに不十分ではないであろう。ソラ先生といえばソラ講師である。顔も……。あの時の感触が。
「不良少年」
ぽそりと言われた言葉。ヒメ部長と言う人の声で、見れば確かにその人。
「線香を入れています」
中身を見せる。それにため息。
「疑ったわけでもないけれど、そのケースは女子生徒からの贈り物?」
「いえ、これを貰ったのはここに来るより前のことです」
「……確かに、綺麗だけれど生徒間のプレゼントととしては相応しくないな」
「そうかもしれません」
「……」
なにか少し寂しげに息をつかれる。
「すまない。いや、その前の事を謝らねばと思っていたのだけれど」
「前、ですか?」
「私が公の場で言うに相応しくない事を口にして、君は手酷い仕打ちを受けただろう」
「あぁ……」
あの贈り物のせいで今でも綺麗な包装の箱を持ち上げるまで少し怖い。
「申し訳ない」
「いえ、確かに少し贈り物が怖くなってしまいましたが、良いものに慣れきってしまっていたのが悪くもあるので」
「いや、殴られたのだろう?」
「え?」
「蹴られてもいて、熱を出して二日ほど休んだと」
「……二日目は午前授業であるから休めと……たいしたことではありませんでした」
あれ?休む理由になっていないであろうか。
「……大丈夫なら良いというものでもないであろう。私のせいだ。すまない」
「いえ……」
大丈夫と言っても駄目であるのか。
「あぁ、困らせてしまったね。すまない」
「いえ……謝れる事がないので、なんと言えばいいのか、すみません」
そう思うと人に迷惑をかけてばかりで、碌なことをしていない。
「兄から聞いた、君が早急な避難をするべきだと求めたと」
「それは正しくはなかったように思います。砲撃台の破壊をしうる用意が出来たかもしれません。その機会を奪いました」
「しかし偵察も間に合わなかったのだろう。それに英雄思想でなく軍人にあるまじき撤退というのがなんとも、区民の安全優先という。……君にとって軍人は、守るのが仕事なのだろう」
「……守れませんでした」
「随分と殊勝というか卑屈、じゃないか。過信だ。あの場で正常な判断が出来たものなどいない。しかも君は研修生だったのだろう?」
「……霊力流の異変に気付いていました」
その時点で、カツラ九席に紙を飛ばすべきだったのかもしれない。あの人なら止められたのではと思う。今回も地場霊力流の少しの変異で相当な術式を使える人が来ている。怒られもしなかっただろう。
「レア班長に窺われる前に、申告し救援を呼ぶべきでした」
「兄を通した所であそこの署長が許可を出したとも思えないが」
「……」
少しなにであろうか。
「気付いていただろ。レアは私の兄で署詰め医師のディアが母だ」
「……あぁ、はい」
認識していた気もする。
「兄は義手と義眼を作りになこの地に赴任して、母もついでにに来た。あぁそうだ会うか?これから、文化祭の打ち合わせをしようかと署に向かう所で、君も何か術式のことで言っていたと聞いたのだけれど?」
「……いえ、学校として一般的なものであるのでしょう、問題ないものかと思います」
「そうか。私が誘うものでもないか知らないが警備の手伝いでもしてもらえたらと思ったが、兄の話では結構な腕前なのだろう?殴られたのは相手が素人だったからだろ」
「……いえ。……私はなにもしませんでした。レア班長が切られるのをただ見ていました」
「……相手が友達だったからだろう?」
「いいえ、わかっていました殺傷は狙っていないと、戦闘不能が狙い。けれどその器官の使用不能への配慮が足りなかったように思います」
「さっきも言ったが己の能力を過信するな」
「ロアには演習で負けたことはありません。ロアが本気を出していたかは怪しいものですが、術式武器の扱いで負けることはなかったように思います。止めませんでした、ロアが人を傷つけるのを。止めなかった」
「……」
息をはく。平穏を、安寧を、奪うのを、止めなかった。選択のない選択でやりたくもない事をやらされているロアを。
「すみません。失礼します」
頭を下げてその場を去る。レア班長を思っての話でもない事を彼女に言うこと自体間違っている。いらない事を言った。どうしてこうなのかわからなかった。
「なんていうか、仮装?」
「老師様の息子が宿無しっぽい格好をしていたら、仮装でしょう。なのにこの清潔感。凄いわ」
「まぁ、……というか凄いなんか、こう」
「中性的でしょう?男性か女性かまったく不明っ」
自分が着たのは白い大きめのブラウスにサスペンダー付き、幅太のストレートの7部丈のブラウン系のタータンチェックのズボン。それにまたダボついたジャケット風のブラウンの上着を着ている。髪は髪留めで片方の横髪を少し上げている。普段着ないし髪もいじらないが普段していて問題ないだろう格好。それを中性的と評され、フゲン少年は顔を赤らめ、ハク少年は口元を抑えて顔をしたに向けている。その耳は赤い。笑いをこらえているのかもしれないが。
「もめたの。すごく。女装させるか、男性ものにしても、こう騎士風にしないか。紛糾しちゃって。その時誰かが言ったの。ルリ様は装飾しなくても美しいって」
「確かにってね、なっちゃって。盛り上がった盛り上がった。そんな わけでシンプルで薄幸の美少年を目指して、普段以上に女性っぽさが出てびびった、うん。めちゃくちゃok。因みに、眼鏡タイムを用意しています」
渡される真鍮枠の眼鏡。少し大きいが軽い。
「目は悪くないのですが」
「仮装だから」
笑顔で言われればそんなものかと思って、してみる。どこかで悲鳴が上がり、ハク少年に見られた。それで首を捻られる。
「女性だったのか」
「いいえ」
眼鏡になにかの術式がかけられているわけでもなく、度さえ入っていない。
「いやぁ本番が楽しみだわ」
「……」
「休んでる時も、カウンターに座ってくれていると助かる。カウンターはスタッフスペースにするから。なんでも買って来るから言い付けてね」
「……」
「下手に歩き回られるより良いかもだけど。大丈夫?始終人に見られるよ」
「……」
それは。
「いや、ここから立ち去っても同じだけど」
「え?でも老師様の息子でこの美形でしょ?慣れてるでしょ」
「いや、この家過保護だし。籠の鳥だよ」
「……この子を自慢して回らないの?」
「自分家の息子だからね」
「ごめんね。疲れたら裏で休んでくれて良いから、お願い」
「……はい」
仕方ないのだろう。学校で決められた行事で、やるとも言ってしまった。しかし、フゲン少年とハク少年を見る。
「身長、いくつ程ですか」
「え?」
「俺は175だけど」
「僕は170位かな、同じくらいじゃない?」
「……はい」
172ほどであった。
「言っとくけど、女の子に見えるの身長とかじゃないからね」
「……」
「顔がおば様似って言ってたの忘れた?」
「……いえ」
そういう問題であろうか。
「線は細いよな。服の加減で強調されてる」
「顔も小さいのも強調気味?」
「一応出歩く時ように帽子用意したんだけど」
女子生徒に渡されるチェックの鳥撃ち帽をかぶる。
「うん。下町探索に変装したどっかのご令嬢」
「家出娘」
「捕まりますか?」
「そういうこったないんだよ、ルゥ」
「出歩く時同行しようか?警備服で回ればある程度は防御柵にはなれるし」
「いえ、それでは部活の方の仕事に支障が出るでしょうから気になさらずに、平気です」
「……」
「……」
「あの」
「嫌な予感しかしない」
「……どうする」
「うぅー。だって今更目玉変えられないし」
「大丈夫ですよ、一日二日ぐらい、見られるのは」
「んー」
「疲れたら言えよ」
「無理しないでいいからね」
随分と気を使わせてしまっているので、しっかりするべきなのだろうと思った。
更衣室にあてがわれた部屋で衣装を着て、ピアノを弾く。教室はカーテンをひいて、電灯を消して、暖色の置きライトを配置して、搬入された小型のグランドピアノが置かれている。バーカウンターの裏は休憩室として、少しばかりのスペースが確保されている。結構な集客で、滞在時間の制限が設けられていた。ピアノに集中していれば周りは気にならない。リクエストなしにしておいて良かったと思う。お陰で話しかけられない。
店員役の衣装はツーパターンあり、時間帯によって入れ替わる。民族的な給仕衣装か、一般的に近い給仕衣装かでもめて、時間でわることにしたらしい。自分には関係ないのけれど、誰がクラスの人かは見分けがついた。それは助かる気がする。カウンターで座っている時、話掛けてくる人の見分けがつく。けれど気分が悪い。
「お嬢さん、俺らの席来ない?」
「すみません、そのようなサービスは」
「えー、この子店員じゃないだろ。いいじゃん」
カウンター内の男子生徒が断りをいれても、まだ食い下がる。
「クラススタッフです。時間内でも違反があれば追い出させてもらいます」
「あぁ?」
「あー、はいはい出て下さい」
そこで、短い棒を持ったフゲン少年が追い出しにかかる。フゲン少年の衣装は騎士風というのだろうか。詰襟、に憲章、肩にかかるロープに、手袋。ハク少年とフゲン少年は入れ替わりで、ここの警備員じみたことになっている。カウンターに座るたびにこういうことがよくある。
「疲れた?」
「……すみません」
「んー、裏行く?」
「そこまで、では」
そもそも裏も落ち着かない。
「フゲンもあんまり話すと周りの目があるから」
「はーい」
クラス内の者とも碌に口をきいていない。もともと、必要以上にきいてはいないが。それに自分の言葉に問題を感じもする。口をきかない方がいいと。それでも話したいと思うのか、ストレスで。人に不快な思いをさせても、人に嫌われても話したいと思うのか、随分と勝手なことだと思う。そして嫌われたくないから話せなくなるのかと、それが余計に落ち込まされた。
「元気ないです?」
「……」
寮に戻って問われた。
「僕にもルリさんへの接近禁止命令出ちゃって、見に行けてないですけど。あぁピアノ弾いているのを眺めに行くのはいいのかな?それで……、僕の方には来なくていいからね」
「…… 」
「うん、大丈夫?」
「……」
「一応言っておくけど僕は、普段閉鎖しているから考え読めないよ」
「……」
微笑んでおく。
「眩しいね」
にこにこと笑うシーナ補佐官の方が眩いであろうと思う。
朝からピアノを弾いていた。静かに、丁寧に。集中するように弾いていく。これでは、シーナ補佐官が来ても気付けないような気がする。あの美しい術式の人が来たとしても……。雑にならないように、丁寧に、一音一音大切に弾いていく。集中して。それなのに、どうしてか気付いた。レア班長が入って来たことに。もう班長ではないのだろうけれど。息を薄く吸ってはく。集中しないといけない。集中を、集中を。一音一音に集中する。自分がどう弾いているのか、どう聴こえているのか。気分が悪い。相手が被害者で、自分が加害者であるのに。罪悪感というものか。たちの悪い。息を吸ってはく。謝ってもそれは自分が楽になりたいだけの、贖罪といえない贖罪。ピアノを弾いていく。息をする。音を出すことだけに集中していた。
次の休みには随分と疲弊していた。休憩時間に来てくれなくて良かった。それでもここにいたくない。静かなところをぶらつきたい。あぁなにも考えずに星の記録を観ていたいかもしれない。カウンター向こうのクラスメイトに頭を下げて教室をでる。
フゲン少年の話では、天文台長も相方だかの人も、文化祭に来ると言っていた。それは。
「ルリ、ルリ」
腕を掴まれそうになって、避けた。伸ばしたのも呼ぶのもハク少年。
「一人だと危ないだろ」
なにがであるのか、迷子には。言おうとして思う、普段と学校の様相が違うと。
「どうした?疲れたなら、裏に」
真っ直ぐな目に視線を下げる。
「……」
「……あぁ、寮か……ちょっとどうかと思うけど」
視線の先にあっただろうか。なにと言うのか。丘を登って星の記録を見たい。
「えぇっと……。出張天文台をやっているから、行くか?静かだとは思う」
後の方は声を潜めて聞かれた。それに頷く。周りに追って来られない為であったのか歩きながら帽子を渡されてそれをかぶってハク少年について行った。普段と別棟の行ったことのない階。人は少ないそこの一つの扉に天文部、特設プラネタリウムとある。ガラスに段ボールが張られた扉を開けば暗幕。
「俺は巡回行ってくるから、次の時間の前には呼びに来る」
「……」
頭を下げてハク少年と別れて扉を閉じる。暗幕の中に入れば夜空に数多の星が輝く。静かで暗くて誰も他の人を気に留めない。操作されている記録機の術式を少し眺めて、適当にクッションや何かが置いてある中、美しい術式の人がいた。気にも止まりそうであったけれど前の術式より隠遁に力を入れてあるような気がする。少しばかり眺めているつもりが目があって嫌そうな表情で手招きされるので寄って行き隣に座る。
「立ってると目立つぞ」
口元をパンフレットで覆おって、声を潜めて嗜められて、頭を下げる。それに、というのか、息をつかれて、上を見るように示されて見れば、星空が広がる。規則性のあるようでないような輝きが、そこにある。
「……」
眠い。星の煌めきの中、目を閉じた。
「ルリ」
潜めた声に呼ばれて目を開ける。ハク少年がいる。ピアノを弾く時間には起きると思っていたのに、起き上がろうと思えばパンフレットがずれ落ちそうになる。開けた状態で顔半分に置かれていらそれに覚えが……。隣を見てもいない。ただいつまでもそこに居るわけにもいかないらしく、ハク少年に促されてパンフレットを持ったままそこを出る。
「急がなくてもいいけど、ゆっくりもなぁ」
前をぶらぶら歩くハク少年について歩いて行く。ただ、パンフレットが気になってぱらぱらと捲りながらで、目に留まる。パンフレットの文字の凸版とは違う万年筆による手書きの文字。綺麗な字。その字で書かれるのは曜日と時間とこの区の地域名。書いたのはあの美しい術式の人かと思われるけれど、手伝いは必要ないと言われていた。なら仕事でもないだろうと、思うけれど。
「疲れとれたか?」
「……」
どうであろうか。どうで。
「ルリ?」
振り返って見られて瞬く。首を傾げる。
「あー、聴こえてなかったか?大したことじゃないけど。なんだ……、あと一回弾いたら後は後夜祭だから、もう一息な」
励ますように言われたそれに頷く。あとはピアノを弾くだけ、それなら大丈夫だろうから。
記録画像でない星空を眺める。なにであったろうか。そういえば、パンフレットに今日は例外とか書いてあっただろうか。全体に目を回す。片付けの粗方済んだ校庭で火が上がっている。井形に組まれた木で、炎が上がり、周りを人が囲んで眺めている。シーナ補佐官は見かけない。息をついて、学校の外に向かう。疲れた。疲れたのだろう、多分。人が多いい所は苦手。分かっていたのに忘れていた。あぁも人が来るとも思っていなかった見回すだけで大量の人人人であった。これだけ学校に人がいれば街にはいないだろう。
街灯輝く街並みを歩く。静かだ。夜風が顔を冷やす。なにであったろうかパンフレットに書いてあった文字に今頃の時間帯でピンポイントの通り名が書いてあったなと足を向ける。出歩きはしないけれど、地図は頭に入っているので問題なく歩ける。ただ付いて来る気配に覚えがない。
「お嬢さん、ご機嫌いかがかな」
呼び掛けてくる声に覚えはなく、腕を取らそうになって逃れるように避ける。男が三人見下ろしてくる。知り合いにいない。
「ピアノ上手いねぇ」
「全然相手してくれなくって、つれなくって傷付くなぁ」
「いやぁ、周りが邪魔だったよねぇ。せっかく一人になってくれたんだし、相手してくれや」
なにをであろうか、傷付けた?話したこともないのに。繊細なのか。どうなのか。自分はいるだけで駄目なのか。伸びてくる手を避けるように身を引く。
「なぁに、お高くとまってんだ。今は宿無しだろ?」
「その気があるから、一人で出て来てんだろ?」
なにか迫って来られるので身を引いて行く。気味が悪い。頭を下げて、身を翻して走り出す。なにであるのか。追って来られる。道を大体走って。なにであったかここがどこだか忘れそうである。疲れる。通り名は、なにを。
人にぶつかった。どうして、きちんと気を配っていたはずなのに。灰色の機構軍の制服の布を掴んでぎゅっと握る。
「あぁ、巡査さん。家出娘を探すように頼まれて、驚かせちゃった、というか。家出続行したいのか」
「……この人、男ですよ?」
リアの声にそっと息をつく。
「へ?」
「身元もはっきりしてますけど、頼まれたというのならそちらの身元を確認させてって、……行っちゃった」
呆れたように息をつく気配。三人の男の足音が遠のいていく。
「ルシャ?どうした?いや逃げるのはいいけど」
鎖骨のあたりに額をおいて顔も上げなければ、鎖骨を置く方とは逆の手で頭を撫でられる。反対の手では鎖骨のあたり動かさないように服を掴まれている。
「リアは、どうして」
「研修後の赴任先がここでな」
「……地元じゃないでしょう」
「あぁ、なんか、魔装機の専門家の具合?と言ってもまだしてないし、やめとけって、差出人不明の手紙がきてさ、どーしたもんだかなぁっと」
息を浅く話してくれるので揺れもなく、息をついて少し離す。見上げれば目が合う、リアにゆるく笑まれた。
「ルシャは、どうしてここに?」
「嘘を付いているも同然になるので言いたくありません」
言えばふっと笑われる。
「そうか、じゃあ仕方ないな」
頭を撫でられる。
「カラキューさんは?お前のところに行かなかったか?」
カラキューさんとはロアがカツラ九席をそう呼んだ。学校に来られたあと美しい術式を思い起こしてはぼうっとしていた自分に、呆れたようにまたかと。
「来られました。ありがとうございます」
「そうか、悪かったな、勝手に紙を使って」
「いいえ、良かったです、会えて……。使っていればよかったでしょうか」
「ん?」
額をまた鎖骨に当てるように身を寄せる。
「……空気中の霊力流に違和感を朝食の前には覚えていました」
「そうか、でも来てくれたとしても、なんとか出来たとも……、そういう話じゃないか」
ここへの変異は僅かなものであった、それでも来られて、滞在調査中……話せぬ話で、そういう話のようで、そういう話でもないような。
「フラれちまった感な」
「……なんです、それ」
「お前の感覚とアイツの意識の錯誤?噛み合わなかったんだろ。いくら好きでも別れることはあるっていうしなぁ」
「……失恋と違います。ロアは死にました」
「あぁ、でも別れるなら死んでやるって脅すのもあれば、叶わず命をたったり、心中とか。上手いこと気持ち抜けないと、殺伐とするぞ?」
「……なのに恋をするので」
「なぁ、どうしようもなく、狂わせる」
「……」
「アイツはお前が変わらないのはわかっていた。それでもアイツにはアイツで変えたくないことがあったんだ。それを貫き通した結果なら、お互い様だろ」
「……戦っていればと、思います」
「かもな。でもしないのはルシャだし。どうしても嫌なら変えるのもありではあるだろうけど」
「……頭が追いついていかなかっただけです」
「あぁ、大事な時ほどそうで、困るよな」
「間違えたくありません」
「あぁ、でも間違うのが人だし。今後に活かせればと思っても活かせないのも人だし。じゃなけりゃもっと真っ当な世の中になってるだろ」
最後は軽く息を抜くように笑って。
「……リアの恋愛話を始めて聞きました」
「やっ、俺じゃなくて人に」
慌てたように身を離して肩を掴まれた。その顔が真っ赤で、笑えた。こちらがそうなるので、リアは肩から手を離す。
「悪い。ただ、人の話な」
「はい」
そんな気もしていた。
「あぁ、しかし、ルシャってやっぱすこし髪上げると女っぽさますな」
「え」
そういえば、ピンで横側片面少しまとめてあげてある。これの所為でと手で髪を掴む。
「おいおい、ちゃんと外せよ。髪抜けるぞ」
「……」
手を伸ばされ、自分の手に触れあぐねるので、自分の手を髪からのかせば、リアの手が髪に、ピンに伸びて外していく。割合真剣な目である。
「ん、取れた」
軽く梳くように手で髪を払われて、笑顔を向けられた。
「送る。寮じゃ探され……って今日は学祭か」
歩き出したリアの上着のベルトを持ちつつ付いて歩く。
「知っておられたのですか」
「んー、お陰様で、俺はこの二日働き詰め。家族が通ってる人も多くて、招待券貰った人は行くからなぁ」
「すみません」
「ん?あぁ、いや?俺はルシャがいるのは知ってたけどな。学校には関係者以外は入れないし、……あんまり出歩いてないだろ」
「……はい」
「巡回で会わないからな」
リアは息をついて笑った。
「リアは人が多いい所は好きですか」
「どっちでも」
ゆるい心地の声。
「ん、お前は嫌いで、抜け出してきたか」
「後夜祭で、役目もなくなったので」
「キャンプファイヤーするんだろ?火を見たら落ち着かないか?」
「 ……それほど」
「その格好は?役目って言ったか」
「ピアノ弾きを。バー風の飲料店で」
「ピアノは弾けても終始見られていたらしんどかっただろう。案外繊細だよな、そういうのに」
「……いえ、大丈夫です。それだけでもなかったので」
「あー、つまり、ずっと、しんどかったと」
「……」
「……ん」
頭を撫でられる。
「嘘は多分ついていませんが、ついているのも当然で。それは、相手に許されると余計に」
「許される?」
「気を、というのでしょうか。ハクさんは、前より少し近く……。ヒメ部長と言う方は、私の所為で傷付かれた、お兄さんの事を責めませんでした」
その前はなにを言っても怒っておられたのに、レア班長と話した所為か、どちらにしても。
「お兄さんってレアさんか。傷は、……鍛えてなかった自業自得かもな。あの人は日常を守られる側じゃなく、守る側の人だからな」
「……驕っているとは、言われました」
「あぁ……、一人じゃ出来ることに限界もあるだろうけど。……組むのは組むで難しいよなぁ」
「カツラ九席ならどうにでもなさるでしょう」
「や、美しい術式に傾倒し過ぎだろ。なんでも出来るならなんで組織に……や、それだけでないけど。強くても強くても、もがくものだろ」
やんわりとした声、リアは環境課の席官に呪いをかけられたのか。街を救われたなのか。
「やりたいことか、わからんことは出来て。やりたいことが出来なくて、もがくものかもなぁ」
「……出来ると、出来ていました」
術式が見えていた。
「術式を見ていました。美しい術式が見えればと……。作れたらと。見たらわかりました。私にはどうしようもなく作れないと。そして他のこと、他のことと言えるものでしょうか、ただただなにも出来ません。そして一人でなにも出来ないのに組むのも協力するのも、不得手です。どうしようもなく使いものにならない」
「……、使えなくていい」
「リア?」
その声はなにであろうか。
「ロアはなにか隠してた。お前らに、俺にも気を許せば許すほど、しんどくなっていっているのに気付いていた。それでもなにも言わなかった。言えなかった、人の触れて欲しくないところに踏み込めない。踏み込むのが思いやりかもしれないと思っても、どうしても」
苦しげな声。
「学校を出るまでに聞いていたら、なにか変わっていたかもしれない」
「……」
「ロアにもう会えないと思うと悲しい。だから、だからとかじゃなく、お前は、ルシャは自分を殺さず好きに、自由に生きてくれ」
「……」
「そうしてくれないと、俺は俺の弱さを許せなくなる。変えなかったことを。変わらないでいいと認めてくれ」
「……はい、リアもそのまま、いたいようにいて下さい」
「あぁ」
息をついた。
「リアに相談していいか相談してみます」
「……まぁ、あぁ、そうか」
動機について、リアの目から見ればなにか分かるかもしれない。帰ったらシーナ補佐官に……そういえば、シーナ補佐官も目立つのが苦手と言っていたけれど、クラスでなにをされていると言っていたか。人が多いいのはどうなのだろうか。
「目立つのが苦手な人は、人が多いい所はどうなのでしょう」
「んー、人によりけりだろ。校庭に一人立っているより、人が沢山いた方が紛れられるし。人が多くても目に付かなければ、目立たないから」
「一人は目立ちますか」
「時と場合によるだろうな。誰もいなけりゃ目立つもなにもないし、と、そろそろ後夜祭も終わる時間か。表門から人出て来るだろうし逆向すると目立つな。どっか出入り出来るところは?」
「東門なら、外部者禁止の関係者用出入口です」
「東、東ってどっちだ?
「あちらの道から行ければと」
「んって言うか、まぁいっか」
「あぁ仕事でしたね。もう大丈夫です」
「や、それはこれもそれの一環だしいいけど、この辺りルシャの方が詳しいかと」
半歩先を歩くリア少年に言われて、首を傾げる。
「地図を把握しているだけです。リアは地図を覚えていませんか」
「覚えているけど、本当に出歩かないのな」
「前に一度天文台に出掛けました」
「あぁ丘の上の。登る時の風が気持ちよかった」
「はい……豊かな地です」
「星好きなのか」
「記録媒体の霊玉が割合好みの術式であることが多いいです」
「そっちな。見せてもらえるのか?」
「天文台長が、母の友人です。昔隣に住んでおられた。私は記憶が曖昧なのですが、クラスにその方の息子さんがおられて……、誘拐された時に助けて下さったのに、名前も顔も覚えていませんでした。ただお隣さんと。母が気に入っていたと」
息をそっとつく。
「あぁ……ですけれど、今日疲れた時に記録映像を流しているところで落ち着けたので星も好きかもしれません」
美しい術式を見たからかもしれないけれど。
「寝てしまいましたが」
「おぉ、まぁ夜は寝るものだしな。今日、よく寝れるといいな」
「はい」
見えてきた門がある。
「じゃぁ、俺はここで」
「はい、ありがとうございます」
頭をぽんぽんと撫でられて別れた。敷地に入って寮に行くか、教室に……と迷って自分の格好に気付く。更衣室で服を着替えねばならない。後夜祭も終わる頃というから混んでいたら服だけとってと、校舎に足を向ける。更衣室にまだ人はおらず、後片付けでもあるのかと、後で教室に寄ることを考えながら、着替えて更衣室用の部屋を出れば抱き着かれた。シーナ補佐官である。
「どこ行ってたんですか。心配したんですよ」
「すみま……せん」
見下ろした先にいたのは、可愛い女の子になっているシーナ補佐官で少し驚く。前髪を黒いリボンで上げて肩甲骨のあたりまでのカツラ。黒いベッチンのAラインのコートのから、スカートが垣間見え、その下の白いカサ増しのレーススカートがのぞく。
「着替えていかれますか?」
「……びゃぁっ」
忘れていたのか声を上げて顔を赤くする。
「うぅ、一年用の所に行かないと」
「送りましょうか。すみません、目立たれるのは嫌いと言っておられましたのに、放っておいてしまって」
「……それはいいんだけど、学校にいなかったよね。どこにいたの」
「静かなところを探して街を歩いておりました」
「……なにもなかったらいいんだけど」
「リアに会いました」
「リア?」
「同期のラリア少尉です」
「あぁ……そう」
「相談してもいいですか」
「ん?」
「動機をもう調べ終えておいででしたら、構いませんが、リアに相談してもよろしいでしょうか」
「……ごめん、ちょっと頭がついていけないと言うか……、こんな格好の時にそういう相談されるとは、……ちょっと考えさせて」
ふらふらと歩き出されるので付いて行こうとしたら手で制されて力なく笑まれた。
「ハクさんやフゲンさんも探してたから、行ってあげて」
「はい、すみません」
少し心配でもあったけれど、教室に戻ればいいのかと、そちらに向かう。扉を開ければ片付けをしている生徒がいた。
「あぁ、ルリ君良かった無事だったんだね」
「すみません、片付けを手伝わずに」
「それはいいの、ルリ君帰って来るかもって、ちょっと待つのにいただけで。明日明後日休みでそれを当てればいいし。うちはそこまで改装してないし。えぇっと、そうそ、フゲン君とハク君とか武道部の人が探しに出てて」
「そうですか、なら探しに行ってきます」
「ううん、それは入れ違いになっちゃたらあれだし……放送をかけてもらうのは」
「武道部の方々は警備をされておられたなら、無線機を持っておられないのでしょうか」
「あぁ、そっか。じゃあ警備本部の方に行ってくるね。ルリ君はここにいて」
「……はい」
慌てて出て行くその姿を見送る。残されたらば片付けをと思えば側に来た人。
「それ、衣装?」
「あぁ、はい」
衣装係の人で、渡せばいいのかと思えば吟味するように見つめられた。
「洗ってから返します」
「うーん、それが平和?でも着たって事実は変わらないし……というか、うん。いる?」
「え?」
「普通は各自持ち帰っていいんだけど、返してくれたら取り合いになっちゃうし」
「とり?」
「うん、やっぱり持って帰って。苦渋の決断だけど、クラスの平和のためなの」
「……それは、大事ですね」
「うん。あっピンは?」
「え、あ、すみません。取って貰いまして、そのままでした。次に会ったら返して貰います」
「ん、って、え?」
「はい?」
「……ん?自分で外してもなく、フゲン君やハク君でもなく、シイナ君でもない?」
「はい、知り合いに会いまして、取って頂きました」
「……そう。ピンは髪の係りの子のだからあれなんだけど、髪に触った役得感というか、必要あったのか物議をかもして、いや似合ってたし、普段と違う感じが出ていて良かったけど、ルリ君の使ったピンまでとなったらどうだろう」
「……よく分かりませんが、髪を少しあげたら、女性っぽさが増すとは言われました」
「……うん。顔よく見えた方が美人だもんねぇ……、うん。ピンはもういいや」
なにか疲れた調子で言われた。文化祭の準備で話し合いに、衣装の用意に大変だったのだろう。自分はピアノを練習して弾いていれば良かった。楽をさせてもらっていたのに、余計な心配もかけてしまったようで、少し疲れたからと、自分本位で……。
「ルゥっ」
ドアが開いて、フゲン少年の呼ぶ声がした。こちらに詰めて来られるので数歩下がる。が、肩をぎゅっと掴まれる。
「ルゥっどこ行ってたの、心配するじゃん」
「すみません、静かなところを探して」
情を寄越さないでほしい。後ろからついて来ていたハク少年が息をつく。
「それならそれで言ってくれればいいだろ。昔攫われたことあるって言ってたし、教室でもあれだけ声かけられてて、少しは警戒して行動しないとだろ」
「……すみません。ただ何年も前の話です」
「そういう問題じゃないだろ」
「……」
どういう問題なのか。
「私……は」
何であろうか。なに。面倒くさい。どうしてこうも人を気にかけるのか。思いやり深いというのか。けれど、どうして。肩が痛い。前にもあったか。何であったろうか。感覚が麻痺する分良いけれど、今はフゲン少年も手袋をしている。あぁ、なんというのか。
「それだけ心配されても、私には返せるものもありませんので必要ありません」
そんな余力を持って生きていない。人の気を気にかけることも出来ない。思いやりなど程遠いい。
「そういう問題じゃないだろっ」
フゲン少年から自分の胸ぐらを掴んでひったくったハク少年に叫ぶように言われて、考える。
「私には分かりません」
「本当に、お前って……」
そこで苦しげに歪む。掴まれた服が離される。
「自分のことも思いやれないで、人のことなんか大事に出来ないぞ」
苦しげに言って、身を翻し教室を出て行く。なんと言えば良かったのか、望むものが返ってこないのであれば、心配もしなくていいだろうに。
「あー、今日は切り上げよっか。明日もあるし、ピアノは明日運び出しなわけだし」
ぱちりと手を叩いて委員の人が言った。そうなって、次の日朝にはピアノが運び出されて、午前中には元の教室になっていた。
「終わっちゃたし、打ち上げでもする?丁度お昼時に近いし、……って店困るか」
「あー、うち行けるかも」
「あぁ、レストランだっけ」
「今日休むって言ってたけど、食材さえあれば大丈夫。ケーキとかは持ち込みで」
「おぉ、じゃぁ行く人ぉ」
手を挙げることが促される。関わらなくていいなら、寮にでも戻るか。戻りたい。いや、リア少年にピンを……返してもらわないと……でなくなった?どうであろうか。聞かないと。衣装の、でなく、髪をやった人。
「ルゥ、打ち上げに行かない?」
「……なぜ?」
「なぜって」
「あー、うちピアノあるよ」
「おいおいあれだけ弾かせておいてまだ弾かせるって、サドかよ」
「えー、だってちゃんと聴けてない」
「そうそ、ずっと働いてたし」
「いや休憩中ずっといた奴いただろ」
「そう?見て回ってたし」
「うん、ずっとは邪魔になるし」
「やっかまれるしねぇ」
これは帰ってはいけないのだろうか。
「すみませーん」
扉のところから覗き込む女子生徒、下級生らしい。おずおずとしている。
「あっ」
目が合って逸らすようにしても、また恥ずかしそうにこちらを見る。
「なにか?」
扉の側の生徒が聞く。
「その……、外に、ルリチシャさんにお客さんが」
こちらをちらりと見ながら言うので、鞄を持って寄って行く。
「ちょっと、そんな無警戒に」
「あっ、えっと、ラリアって言えば」
「ありがとうございます」
リアの名を知らせてくれた女子生徒に礼を言って教室を出る。後ろから悲鳴のようなものが聞こえた気もしたけれど、なにがおこった訳でもなさそうなので気にせず離れた。あぁどこの門か聞き忘れたと思うが、正門か東門にいるだろうかと、校舎を出てから走った。近場の東門のところにリアがいた。
「リア」
「おー、っと。そんな急がんでも」
側について、リアの服の袖を握りながら息を整えるのに、地面を見ていた。昨日の靴と違う、茶色のショートブーツ。綺麗にしていて息をぬき、顔を見る。ラフな私服だった。
「ピンとったまんまで、持って帰っててさ」
差し出されたピンを受け取る。
「ありがとうございます」
返す相手がいるかはわからないけれど、リアが持っていても仕方のないものであろう。
「んで、片付けはどうよ」
「済みました」
「ん、俺はこの二日働き詰めにされたから、引き継ぎ終わって、これからと明日暇なんだけど。どうする?」
「一緒にいたいです」
「ん、じゃ。どうする?チェス台置いている公園とかあるけど」
「……明日もいれるなら、今日は二人がいいです」
「あぁんじゃ、人の少ないところな、っと制服で行くのか」
「……問題、ありますか?」
「まぁいいけど、どっかで飯買って、丘でも登るか」
「はい」
リアに連れられて、街角のサンドイッチ店へ。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい。ラリア君。あらデート?」
「はは、えーっと」
リアは気兼ねなく挨拶をして、注文をする。
「ルシャは?」
「お任せします」
「おう」
軽く笑んで、先程とは違うものをパンや中身を指定していき、サンドイッチを作り上げていってもらっている。
「おっ、昨日のピアノの嬢ちゃんかい?」
「あぁ、すみません。コイツ人見知りで」
知らない通りすがりの人に声をかけられて、びくっとなればリアに庇われるようになる。
「おぉ、悪い。っとラリアか。なんだ、こんな美人恋人にしてんのか」
「はは、お嬢さんの出し物見にいったんじゃないの」
「うちのは裏方でなぁ、でもいい出来だったぞ」
「それは良かったですね」
軽く笑って、店員さんからもらった紙袋を渡される。
「ありがとうございます」
リアは二つ目の袋を受け取り笑顔で挨拶をして、通りすがりの人にも笑顔で別れを告げるのに、頭を下げてついて行く。なんと言うのか、通りすがりの人に挨拶して行くリア。
「悪い、疲れたか?」
「……すみません」
「んーいや」
丘に行く道は前とは違う登り口で、煉瓦で舗装され、欄干というよりも城壁に近いものが作りこまれている。それでも人はおらず、その中腹の見晴らしの良いベンチに並んで座った。
「こちらからではありませんでした」
「ん、悪い。昔見晴らし台か何かあったはずなんだけど、向こうのほうは崩れてなんもないんだっけか」
「美しい術式の楔がありました」
「そりゃまた、変な所に」
「あまり気にするなと忠告されたかもしれません」
「ん?」
「他にもあるのかも」
「探しに出るなと、その件で来ているのか」
「いいえ。相談してもいいと言われたので聞いてもらえますか?」
「ん?いいけど。食おうぜ、とっ、紅茶、あー悪い出過ぎてるかも」
リアの持っていた紙袋から渡される、紙のついた紐の下がるカップを砂糖とミルクと一緒に渡される。リア少年のはコーヒーらしかった。
「ん、ありがとうございます」
受け取って、自分の持っていた袋を開ける、二つの包み。
「どっちですか」
「ん、こっち」
差し出して聞けば回収される。そういえばと。
「代金」
「あぁ、いいよ。奢り。生徒から巡回さんが金取っていたら様にならないだろ?」
「……一応就職しています」
「ん、休業中か?」
「表面上は……、潜入調査の付き添いです」
「それはまた向かなさそうな」
「自分でも言いましたが、上司から休業中と言われたことにすれば、嘘はつかないでいいと」
「そういう問題じゃないだろ」
「……」
随分と優しい。
「ん?」
「昨日それを言われました」
「あぁ、さっきのはルシャに言ったんじゃないけど」
「はい」
「で、なんで言われたんだ」
「なんで……、か。分からないからでしょうか」
「おお、そうな」
リアは面白そうに笑う。
「そうですね……。ただ自分のことも思いやれないで、人のことは大事に出来ないと」
「ハクってやつか?」
「はい。名前知っておられましたか」
「昨日、ヒメさんとソイツに気を配られてるって。あと署でも名前聞いた。魔装の持ち主って、機体は署の倉庫にあるし。よく放っておくなって思うけど」
「……学業優先でしたか」
「んー、普通こんな平和な所に、固めて置いとかないだろ。なにかないなら」
「しようとする動機を探したいようです」
「ん?」
「魔装機三体同機させて結界を作る計画をしているという話があり、それによって守りを固めて調和機構からの独立を図りたいのではという話だそうです」
「械の国の後ろ立てで?」
「それは聞いていません」
「械の国の技術で破れない結界が魔装があれば作れるのか?」
「……どうでしょう、バランスが良ければ作れるかとは思いますが、お三人がお持ちの火、水、風となると微妙に思います」
「バランス」
「土が、風の代わりに土か少なくとも木であれば頑丈さも増すかと」
それか、金の。
「そういえば、リアは、なにの特性ですか?」
「魔装か?」
「はい」
「や、その検査?受ける前に反対の手紙が来ててな。というかそっちの話。一人は確か械の国の技術者の息子だろ?そんなバランス悪いっていう前提の発想するか?」
「……それは?」
「お前はその材料で、それを思い付くのか?」
「……」
「発想するにはきっかけがあって然るべきだろ?動機があったとして、魔装の扱いの腕を上げて、三体でここを守り抜くって発想より、そっちは確実か?」
「……上がる実力にもよりますが、微妙です」
「その三体かけたら本人はどうなる」
「人柱、閉じ込められて外との接触は不能。生きて戦うよりも長くは保つかもしれませんが」
「そんな微妙なもんに命かけようって発想が生まれた原因は?」
「動機、ですか?」
「吹き込んだやつがいる」
「……バランスの悪さは否めません」
「それを帳消しにさせる、そして当人は吹き込まれたとは思っていないような」
「……はい」
それが出来る人の心当たりが一人しかいない。手首にある銀細工のブレスレットのような術式武器を取って、見つめる。
「そういやルシャがアクセサリーとか以外過ぎるんだけど」
「術式武器です」
「あぁ」
「安全装置への干渉不可の……上官に所持の許可はとりました」
「だろうな」
「好んで会いたくない人に会わなければならないかもしれません」
「ん、一緒に行こうか?」
「……お願いします。嫌なことをさせるかもしれません」
「んー、それはそこまで嫌な事じゃないかもしれない」
「……そうですか」
息をはく。
「それで手紙を見せてもらってもいいですか」
「あぁ、これ」
差し出されて受け取る。その宛名の文字に覚えがある。
「……持ち歩いているのですか」
「昨日言ったし、気になったかと思って」
「はい」
とりあえずそれを返して、自分の鞄を開いてパンフレットを取り出し、手書きの文字を書かれたページを開いて見せる。
「同じ文字に見えます」
「……これ、俺の巡回ルートと時間……。文、ストーカーって感じでもなかったんだけど」
「でしょうね」
文面を見なくても、そうでなければリアが検査を受けるか迷うこともないだろ。
「前に区で重金中毒を環境課が解決に来たと言っていましたね」
「ん?重金中毒かしらないが」
「対応出来るのは代謝促進の治癒術式ですが、リアの言ったそれはその仮定から逸脱しています。金霊の力を借りたのでしょう」
「ん、うん」
「金霊は人と契約した前例がありません。鉄の国には鉄属性の金霊を味方に出来る憑き物がいるそうですが、金属系の精霊は気難しいことで有名な種類です」
「へぇ」
「環境課のその方は、金霊に頼み、その地を加護してもらったのでしょう。それによって、リアを気に入り付いている精霊がいるのかもしれません」
「えぇっと?」
「精霊は見えませんので確証はありません。霊力流も見るのは不得手で、リアのそれらを見ても違和感もありませんが、金霊付きとなれば魔装の適性はそれに即したものになるでしょう」
「おぉ」
「金霊は希少で、最強とも呼ばれます。術式にそえば尚のこと。霊獣でさえ蹂躙出来ると言われます」
「その表現でいまいちピンとこないんだが」
「利用価値は幾らでもあるので、給与も上がるでしょう」
「……」
「ですが、利用したい人が正攻法でくるとは限りません。私は監察課にいます。不正があれば幾らでも摘発します。けれど正攻法でなくとも法律違反とは限らない行為もあります。法が追いついていないのか。余暇を残して人の良識に託しているのかは知りませんが」
「あぁ」
「……この立場あって言うべきではないかもしれませんが、私はリアが魔装機希望を出すことを反対します」
「……わかった、考える参考にする。というか、それ俺が適性あるとなったら区の他の奴等もってならないか」
「……知りません」
目の前のリアのことしか考えていなかった。
「あぁ、悪りぃそりゃそうだよな。つか、そっか。なんか隠れて監査に来てた人を見た巡回さんが言ってたんだよな。その人の同僚っぽい人が工場は改善か潰すかだろうと、中毒のこと改善するまですることはないって言ってたっつってたの。病気治せるならって思うのに、しないのは弊害が出るからなんだな。や、他にもなんか」
「阿呆みたいに、いっぺんに改善されると思ったら、反省しないからだけど」
声に振り返れば、そこに美しい術式の人がいる。気配がまるでないと思ったのはリアも一緒らしく振り返り驚いていた。
「因みに、お前以外で金霊に好まれているのは、それ聞いた巡回ぐらいだけど。魔装自体の適性があるかは知らない」
「金霊ってそんなに、あれですか」
「変わってる。即物的に言えば、山に金があれば全部取り出せる」
「え」
「その山が沈もうが崩れようが気にしなければ」
「……」
「術式には金属系の染料で書くものも多いい。それから金属性を抜くことも可能、術者に対しての上位性は高い。術者であればその創造する術式を金霊に辿らせれば強力な術として発動される」
「……金霊の魔装機は最強ですか」
「一応言えば、元はうちのエンジュさんに付いている精霊だから、あの人には金霊は手を上げない、敵対しない」
「……他には」
「うちの大将にも勝てない」
「一応聞きますけど、かんきょぉ」
「分かっている事を聞くなよ」
「……すみません。えぇっと」
「金になる。力もある。その分厄災を招く。そっちの術式馬鹿よりは意味は分かるだろ」
「……はい」
見惚れる美しい術式。
「あと、金霊にいつ見捨てられてもおかしくはない」
「……俺に付いてるわけじゃありませんもんね」
「そういうだけの意味じゃないが、そんなところ」
「……はい。……なんで忠告してくださるんですか」
「……」
「助けたことで俺が災難にあったら、お身内が責任を感じられる?」
「金霊が目についてお前の事を調べはしたけど、金霊が気に入ったのは金霊の判断だし。ただ……そのせいで面倒が増えるのは嫌だ。うちで対応せざる終えないことをやられたら困る」
「……そう、ですか」
そこで疑問が湧いて口を開く。
「精霊が見えるのですか?」
「……術使えば、色々調べてるし」
「変異の原因は分かりましたか?」
「いや、最近ないから諦めて移動したのかとも思うんだけど。他で似た所で変異も聞かないし、実験自体失敗と思ってくれたならそれでいいし」
「……」
「証拠も確証もないのに、査察に入るリスクは負わないから。一応、サンザシだったか其奴の所の研究所調べたけど、表立って環境変異に関する事は何もしてない。悪魔信奉者が多いのは気になるが、何をしているかが分からない」
「悪魔信奉者だと、環境になにかありますか」
「世界に蔓延る人間を支配したいのだったか。人にとっての蟻であるのに……。蟻は森やなんやかんやで大事な環境循環要因なんだが、人にそこまでの重要性があるのか、けど支配とかされると自然に影響出そうで止めないと駄目になるから止めて欲しい」
「……」
「駄目にもするけどなんやかんや自然は対応してるし、則して生きるのもいるのに、一辺倒にされると困る」
「……サンのことは、知りませんよね」
「あぁ、一応職員の養子って事には記録上なっている。で、今は研究職員扱いか。魔装機発展させたい研究機関の奴等が話はしてるみたいか、力の暴走?魔装機で止められるかとよ」
「あぁ……、どうなのでしょうか」
「さぁ、よく分からん」
「魔装機に興味はあられませんか」
「環境影響調査はしている。ただ武力闘争が起きれば荒れるものは荒れるから、止めて欲しい」
切実な響きさえあるそれ。
「サンデリーの砲撃による影響は」
「悲惨。霊力値だだ下がりだし。アレ、最初は微妙に吸い上げてたって?」
「はい」
「今度から紙飛ばして。間に合うか知らんが、起きてからじゃ対応仕切れないものもあるし」
「……はい」
やはりと思ったところでリアが口を開く。
「砲撃に対応出来るんですか?」
「あぁ、あれぐらいなら」
「……」
「割と、今回はヤバめの御用で?」
「よく分からん。さっき言ってたけど、悪魔信奉者でさ、人間に自分の力分け与えて、支配か排除の駒にしたいみたいで、やって上手くいくかは知らんが邪魔したし」
「席官の方ですよね、サクッと潜入に来られるものなんですか」
「来たくもねぇけど、霊力流の調整が出来ないとかぬかすから」
「えぇ……と」
「とても美しい術式の楔です」
「俺の美しいとか、おかしいだろ」
「好みの問題かもしれませんが、とても」
「畑の方とかは言ってないよな」
「あるのですか?」
「行くな、見るな、吟味するな」
「……すみません」
「畑の方ってことは、口にすることで力を?」
「あぁ多分、此処らは地元の者が、土地で取れた物を食べるから、結果の反映が分かりやすいだろ?だから似た土地の霊力値測定は気を付けるように言ってある。本当に変異とかされたらマジで面倒くさい」
「……そうですか」
「きちんと考えて行動されておられるのですね」
「仕事をややこしくする事柄は積極的に潰していく。そっちは悪かった、大分手を打つのが遅くなって」
「あぁ、いえ」
「本当に、なんで浄化設備無しが禁止されているのか考え足らずが過ぎる」
リアに謝りながら、やった当人達への不満が滲む。
「今は御用向きは、あられたのですか」
「いや特には、二人が見えたし、教室の片付けもひと段落付いていたし」
「そうですか」
「……席官殿はお幾つですか」
「中身はうちで一、二を争うガキだと」
「……」
「術式持ちに歳聞いてもな。自分が一番絶好調の時を保つ術式を保つのが損か、それとも普通に老け込む頭でも考え続ければ保てるかとか、ジレンマらしいが」
「そうでもないのですか」
「ん、時が止まったも同然ならどうってことない」
どうってことありそうな話である。
「その術式を見せない為の術式ですか」
「それ言ったら面白くないだろ」
「……そうですか」
美しいその術式の。
「名前を伺っておりませんでした」
「あぁ、ヤナギだよ」
「……」
「それは、赤の二席の」
「分かること聞くなよ」
「……すみません、本名言っていいんですね」
「四十は過ぎてる筈の席官が高校の生徒なんて、季節外れの転校生でも思わないだろ。そっちのルリチシャとシーナの方がどうかと思うぞ。シーナって監察課の技術官?よりは、北の遺物としての方が有名だけど、周り存外気にしないよな」
「遺物って」
「ルリチシャにはどう見える。サンザシとか云うのよりよっぽど生物じみていないだろ」
「はい、抱きつかれても全く嫌悪を覚えません」
「……お前、猫とか撫でた事ない?」
「……ないです」
なんだろうその信じられないようなものを見る目は。
「猫は癒しになるのに」
「あぁ、そういえば、青い目の黒い猫」
リア少年が言ったそれに嫌そうな表情になる。
「その巡回さんが青い目の黒猫のいるところに赤の査察官がいるって噂を、本当だったって」
「忘れろ」
リア少年は自分に説明してくれたのであるが、ヤナギ二席はなんとも苦悶の表情。
「そんな目印になる程目立つものでもないだろ」
若干疲れた様子で額に手を当てて言う。
「すみません、なんか」
「……あぁ、此方の都合だ。気にしなくていい……。よくそんなに他人に気を使える」
「あー、俺は、自分は別に」
「まぁ……いいけど。邪魔して悪かった」
「それは全然」
ヤナギ二席はリア少年とこちらを見て、首を捻るようにして息をはく。
「此処を地獄みたいに、牢獄化する話がある」
「え?」
「うちに判を付いて欲しいらしい書面が回って来ている。其方は人事部としての繋がりしかないから許可はとらんで十分なんだろう。うちの大将は判を押す気はないが、此処のが先に動けばうちの許可は必要なくなる。卵が先か鶏が先か。分かるか?」
「その計画が正攻法で成立しないが為に、行動を起こせる方に誘い水としてまことしやかな噂を、噂よりもはっきりと計画を聞かせ、裏をかくようけしかけ、行動を起こした所を利用する」
「先手を打ったらうちじゃ止められないと思う。此処の連中は環境課を良くも思ってない。後手が良いとも言わんが、先手が良いとは限らない」
「……」
「じゃ」
「すみません、ありがとうございます」
手で別れを告げて、ヤナギ二席は下に降りて行く。リア少年は頭を下げて見送りこちらを見る。
「動機が分かったとして、噂流したか聞かせた証拠や根拠はどうする?」
「シーナ補佐官は人の考えを読み取れます。審問の許可が下りれば、それは証拠が出ます」
「じゃぁ、審問の許可を下ろす方法か。さっきの話か?」
「そう、ですね」
カンザン教授の自供を誘導する。シーナ補佐官に立ち会ってもらえれば、録音送信可能である。
「そういや、ここって械の国の後ろ盾あったよな。いいのか刑務所にして」
「……地獄に行った者がどうなっているのか関心がある者は少ないでしょう。孤児に同情するよりも、罪人に同情する者は少ない」
「人体実験の出来る研究目的ってことか」
「……可能性はあるかと思います」
「ん、で……変異か、それも刑務所化したらやりたい放題か」
「……悪魔の能力を宿すとなると、安全性上どうでしょうか」
「刑務所狙う人間は限られる、中の奴等の武力も奪える。そこに武力を持たせるとなると、結界がやばいと」
「かもしれないと思います。ですが、どこから悪魔の力を借り、どう駒として利用するかによっては問題ないのでしょう」
「そうな」
ヤナギ二席ならば、あの三種の魔装機で結界を強固に出来るのであろうか。
「とりあえず、シーナ補佐官に相談してみます」
「ん、わかった」
手の中のサンドイッチは美味しく出来ている。リア少年が選んでくれたからもあるだろうけれど、土地のものを食べているのもあるのかもしれない。それがよく分からないものに巻き込まれようとしていて、それはそれで勿体ないなと、美しい景色を眺めた。
今回出てくるヤナギ二席も、ピクシブにてシーラカンス名義にてR18G設定で掲載している地獄の作り方に出てきますが、読まなくとも大丈夫と思います。




