(14)期日前投票14日目
投票日が近付くにつれて、選挙事務は次第に“通常業務”という枠を越え、いわば最終調整の局面へと移行していく。この時期になると、日々の問い合わせ対応や投票所運営準備とは別に、制度上必ず処理しなければならない事務が、時間軸に沿って次々と押し寄せてくる。
その代表的なものの一つが、開票立会人に関する手続きである。
開票立会人の選任申請は、投票日の3日前の午後5時をもって締め切られる。その後、同日の午後5時30分から、選挙管理委員会において正式な選任議決が行われる流れとなっている。
開票立会人とは、開票所において開票作業が適正かつ公正に行われているかを監視する役割を担う存在であり、各候補者は原則として一名ずつ推薦することができる。票の分類、無効票の判断、疑問票の取り扱いなど、開票現場での判断が結果に直結し得る場面において、その公平性を担保する重要な役割を持っている。
過去には、極めて僅差の開票結果を巡って立会人が異議を申し立てた事例もあった。例えば、当選者と次点候補の票差がわずか10票という状況で、次点候補側の立会人が「無効票の中に有効票が混入している可能性がある」と指摘したことがある。この際には、すべての無効票を再確認するという大掛かりな検証作業が行われたが、最終的には結果に変更はなく、立会人も最終的に納得し、混乱なく収束した。
選挙事務においては、このような“想定される異議”も織り込み済みで進行しなければならない。
伍代は、端末を確認しながら報告した。
伍代「開票立会人の申請は、3人の候補者側すべてから提出されています」
大和は小さく頷き、必要な判断を即座に整理する。
大和「問題ないな。補充選任の必要はなし、と」
開票立会人の定数は3名以上10名以下と法令で定められている。申請が2名以下の場合は選挙管理委員が補充する必要があり、逆に10名を超える場合は抽選によって人数を調整しなければならない。候補者数や陣営の規模によって運用が変わるため、この部分は毎回慎重な確認が必要になる。
その後、午後5時30分から選挙管理委員会が招集された。委員は4名、会議は簡潔ながらも緊張感を伴って進行する。
大和は資料を整え、淡々と説明を行った。
大和「開票立会人について、3名の申請がありましたので、そのまま3名の選任についてご承認をお願いいたします。また、第4投票所の投票管理者変更については委員長代決を行いましたので、事後承認をお願いいたします」
委員たちは資料を確認し、特段の異議もなく議案は承認された。選挙管理委員会は予定通り短時間で終了した。
会議終了後、廊下に出ると田中委員が声をかけてきた。
田中委員「いつも遅くまで大変だね。ご苦労さま」
大和「ありがとうございます。いよいよ本番直前ですので、こちらこそよろしくお願いいたします」
田中委員は軽く肩を回しながら笑った。
田中委員「投票日前日は投票所の巡視もあるからね。年齢的に少しきつくなってきたよ」
大和「ご負担おかけします」
田中委員は少し間を置いて、思い出したように紙袋を差し出した。
田中委員「これ、差し入れ。みんなで食べて」
中には京都で有名な和菓子店・仙太郎の三笠(どら焼き)が大量に入っていた。
大和「ありがとうございます。これは並ばれたのではないですか」
田中委員「京都伊勢丹でね。結構時間かかったよ」
その会話をきっかけに、しばし和やかな空気が流れる。
大和「仙太郎の四季折々の和菓子が楽しみなんですよね。桜餅や柏餅、水無月とか」
田中委員「水無月はいいねえ。あれは毎年欠かさない」
大和「自分は黒糖一択です」
田中委員「わかる。抹茶も悪くないが、やはり黒糖だね」
束の間の雑談のあと、田中委員は静かに立ち去った。
こうした小さな差し入れや気遣いが、長期の選挙事務の中では確かな支えになっている。
もう一つ、この時期に必ず処理しなければならない重要業務がある。
それが、選挙事務所に対する「投票日当日の閉鎖確認」である。
投票所の入口から300メートル未満の範囲に位置する選挙事務所は、投票日当日において閉鎖するか、もしくは候補者名等が見える看板や掲示物を隠す必要がある。これを怠れば、公職選挙法違反となる可能性があるため、事前の周知と確認が不可欠である。
大和は地図データを確認しながら呟いた。
大和「今回は該当なし、だな」
伍代も端末を見ながら頷く。
伍代「前回は2か所ありましたけど、今回はゼロですね」
こうして、また一つ投票日直前の確認作業が静かに終わっていく。




