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センカンの大和  作者: ZTAK


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(13)期日前投票13日目


センカン本部の執務室には、小さな湯沸室がある。そこは事務的な空間の中で、わずかに人間らしさが残る場所だった。

その空間で毎朝のようにコーヒーを淹れているのが黒田係長である。彼はインスタントではなく、豆を挽くところから始める。電動ミルではなく、手動のグラインダーを使う。こだわりのコーヒー豆、手動のグラインダー、ペーパーフィルター、すべて自宅から持ってきていて、自分の棚に置いている。

豆の種類、焙煎度、挽き具合、湯温。すべてにこだわりがある。

ある日、数年前の記憶がふと蘇る。

黒田係長「大和、ちょっと飲んでみるか」

差し出されたカップからは、一般的なコーヒーとは違う香りが立ち上っていた。

黒田係長「グアテマラのノラ農園、浅煎りだ」

大和「色がかなり明るいですね。紅茶に近い印象です」

黒田係長「そうだろう。浅煎りは豆の個性が出る。喫茶店の深煎りとは別物だ」

そのとき大和は、コーヒーにも“思想”のようなものがあることを知った。


そのときと同じように黒田係長が今日のコーヒーを淹れている。

大和「今日はどこのコーヒー豆ですか?」

黒田係長「今日はインドネシアのコピ・ルアク。ジャコウネココヒーだ。ジャコウネコがコヒーチェリーを食べて、それが消化され、消化されないでフンから出てきた豆だ」

大和「聞いたことがあります。何でも食べようと試みる人類のあくなき挑戦の賜物ですね」

黒田係長「そうだね。インドネシアはオランダンの植民地で、プランテーションでインドネシア人を奴隷としてコーヒーを栽培させていたんだ。オランダ人は、栽培されたコーヒー豆はインドネシア人には飲ませなかった。どうしても飲んでみたいインドネシア人は、ジャコウネコが食べてフンから出たコーヒー豆なら大丈夫だろうと、それを飲んだことが由来だ。今ではコピ・アルクは高級なコーヒー豆だ」

大和は面白いコーヒー雑学を知り、コーヒーに少しずつ興味を持ち始めている。

黒田係長は、いつものように静かにコーヒーを飲み、一日のスイッチを入れていた。その動作には、もはや儀式のような安定感があった。


しかしその静けさは、電話によって破られる。

市選管からの連絡だった。

市選管「小学校から連絡です。ポスター掲示板に大垣候補のポスターへの落書きが見つかりました。場所は西山小学校正門前です」

大和「了解しました。すぐ現場へ向かいます」

現場にはすでに警察官が複数名到着していた。さらに、通報者である西山小学校の教頭も立ち会っている。

問題のポスターを見ると、大垣候補の顔に大きな丸印が描かれ、さらに口ひげのような落書きが加えられていた。明らかに軽い悪戯ではあるが、法的には器物損壊である。

小学生のいたずらの可能性がとても高いため教頭は困惑した様子だった。

大和は状況を整理しながら、警察の現場検証に立ち会った。写真撮影、記録、位置確認が淡々と進んでいく。約30分後、警察はポスターの撤去許可を出し、現場を後にした。

大和はすぐに大垣陣営へ連絡し、貼り替えを依頼した。陣営側は「子どものいたずらでしょう」として、特に告発は行わない意向を示した。

この種の対応は選挙期間中には珍しくない。

過去には、泥酔した男性がポスター掲示板を倒壊させた事件もあった。その際、大和は被害者側として警察署に出向き、半日以上にわたる事情聴取を受けた。事件とは無関係であっても、現場に関わる者は必ず何らかの形で巻き込まれる。

選挙事務は、静かに見えて常に“現場対応の連続”である。

大和は、あらためてその事実を思い出していた。

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