(9)期日前投票9日目
窓口業務が落ち着き始めた午前の時間帯、センカンの受付には一人の男性が訪れた。年齢は50代後半ほどで、落ち着いた雰囲気ではあるが、どこか緊張した面持ちをしている。手には封筒とメモ帳を持っていた。
男性は窓口に座る大和に軽く会釈すると、用件を切り出した。
「うちの父親が障害を持っておりましてね。選挙に出向くことができない状態なんですが、郵便投票の対象になるんでしょうか?」
その声には、制度に対する不安と、わずかな期待が混じっていた。
大和はまず基本的な確認から入る。
「障がい者手帳はお持ちでしょうか?」
男性はすぐにカバンから手帳を取り出し、机に置いた。
「こちらです」
大和は内容を確認する。ページをめくると、体幹障害二級と記載されている。数字だけでは測れない生活の制約がそこには含まれていることを、日々の業務の中で大和は理解していた。
「体幹障害二級であれば、郵便投票の対象になります」
その一言に、男性の表情がわずかに緩む。
「そうですか……よかった。父はこれまで選挙を欠かしたことがなくてね。足を悪くしてからは一度も行けていなかったので、半ば諦めていました」
その言葉には、長年の投票行動が途切れてしまった無念さがにじんでいた。
大和は書類を取り出しながら説明を続ける。
「郵便投票証明書の交付申請書をお渡ししますので、ご本人にご記入いただきます。それと、障がい者手帳のコピーもこちらで控えさせてください」
男性は真剣に頷いた。
「わかりました。本人にも説明して、すぐに書いてもらいます」
大和は返信用封筒を差し出しながら、全体の流れを丁寧に説明する。
「申請書と今回の宣誓書がこちらに届きましたら、センカンで郵便投票証明書を発行します。その後、不在者投票用紙を準備し、ご自宅へ郵送します」
男性はメモを取りながら聞いている。
「証明書は次回以降も使えるものなので、大切に保管してください。投票用紙に候補者名をご記入いただき、同封の返信用封筒で返送していただく形になります」
説明が終わると、男性は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に丁寧に教えていただいて助かりました。すぐ家に戻って手続きします」
その背中を見送りながら、大和はわずかに息をついた。
郵便投票の申請期限は投票日の4日前に設定されている。制度上は明確でも、現場では“間に合うかどうか”が常に問題になる。
(どうか、間に合ってくれ)
そう心の中で静かに願う。
郵便投票の制度は厳格だ。
対象となるのは、身体障害者手帳または戦傷病者手帳を持ち、両下肢・体幹・移動機能・心臓・腎臓・呼吸器などに一定以上の障害がある者、あるいは要介護五の認定を受けた者である。
さらに、視覚や上肢に重度障害がある場合には、代理記載制度を利用することもできる。
制度としては明確に線引きされているが、その線の内側に入るかどうかで、生活の選択肢は大きく変わる。
数年前のコロナ禍では、感染者が一時的に郵便投票の対象となったこともある。そのとき制度の運用が緩すぎると感じた。




