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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第8話 王太子の求婚

 カイルさんと話した翌日、私はクラウス殿下にお茶に招かれた。


 王族専用の庭園だという場所には、色とりどりの花が咲き乱れていた。

 白い東屋のテーブルには、宝石のようなお菓子がずらりと並んでいる。


「座れ」


 殿下は、ろくに挨拶もせずに顎で椅子を示した。


(相変わらずだなあ)


 心の中でため息をつきながら、私は向かいの椅子に腰を下ろした。


「聖女。お前に話がある」


「はい」


「お披露目の場で、お前と俺の婚約を発表する」


 カップを持ち上げかけた手が、止まった。


「……はい?」


「聞こえなかったのか。お前は、俺の婚約者になると言ったんだ」


 殿下は、まるで明日の天気の話でもするように言った。


「聖女の人気は、民の間で日に日に高まっている。その聖女が王太子の妃になれば、俺の地位は盤石になる。神殿もこの婚約を後押ししている」


「ちょっと待ってください。私、そんなこと一言も」


「お前の意思など関係ない」


 殿下は、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「異世界から来た身寄りのない女が、王太子妃になれるんだぞ。光栄に思え」


(光栄、って……)


 あまりのことに、言葉が出なかった。


 この人にとって、私は人じゃないのだ。

 自分の地位を固めるための、便利な飾りでしかない。


「お断りします」


 自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。


 殿下の眉が、ぴくりと動く。


「……何だと?」


「私には、好きな人がいます。だから、殿下とは結婚できません」




 言い終わるか終わらないかのうちに、手首をつかまれた。


「っ……!」


 ものすごい力だった。

 骨がきしむような痛みに、思わず顔をゆがめる。


「勘違いするなよ、聖女」


 殿下の青い瞳が、冷たく私を見下ろした。


「お前に、拒む権利などない。お前はこの国のものだ。この国の王になる、俺のものだ」


「離して……っ」


 振りほどこうとしても、びくともしない。

 殿下が私を引き寄せようとした、そのときだった。


 ひやりと、空気が冷えた。


 東屋の周りの花が、一瞬で白い霜に覆われる。

 吐く息が白くなり、殿下のつかんでいた手が、びくりと離れた。


「殿下」


 静かな声がした。


 振り返ると、黒いローブのミナトさんが立っていた。

 いつもと同じ、何の感情も読み取れない顔。

 けれど、その目だけが、ぞっとするほど冷たく光っていた。


「聖女様の御身は、陛下より私がお預かりしております。手荒な真似は、お控えいただけますか」


「ミナト……! 貴様、王太子である俺に魔法を向けるのか!」


「向けてはおりません。少々、魔力の制御を誤っただけです」


 ミナトさんは、表情ひとつ変えずに言った。


「ですが、次に聖女様を傷つけるようなことがあれば、また制御を誤るかもしれません」


 殿下の顔が、怒りで真っ赤に染まった。


「覚えておけ。お披露目の日には、こいつは俺のものだ」


 吐き捨てるように言って、殿下は足音も荒く庭園を去っていった。




 しんと静まり返った東屋で、私はつかまれていた手首を押さえた。

 白い肌に、赤い指の跡がくっきりと残っている。


 ミナトさんが、すっと私の前に膝をついた。


 私の手を取り、手首の跡を見下ろす。

 その眉間に、深いしわが刻まれた。


「痛くねえか」


 低く、ぶっきらぼうな声だった。


(……あ)


 私が目を見開くのと、ミナトさんがはっと口をつぐむのは、ほとんど同時だった。


 時間が止まったような気がした。


 彼は私の手を取ったまま、凍りついたように動かない。

 その耳の先が、じわりと赤くなっていくのが見えた。


 湊は昔から、焦ると耳が赤くなった。


「……失礼いたしました」


 ミナトさんは、私の手を離して立ち上がった。

 もういつもの、丁寧な敬語に戻っている。


「後で医師を寄こします。冷やしておいてください」


「湊」


 呼びかけた私の声を振り切るように、彼は背を向けて歩き出した。


 追いかけようとして、私は足を止めた。


 庭園の向こうの回廊に、白い法衣の人影が見えたからだ。


 グレゴール大神官だった。

 柱の陰から、立ち去っていくミナトさんの背中を、じっと見つめている。


 その口元に、薄い笑みが浮かんでいた。


(……なんだろう、今の)


 背筋に、冷たいものが走った。

 大神官は私の視線に気づくと、穏やかに会釈をして、回廊の奥へと消えていった。

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