第7話 副団長の昔話
書庫での一件があってから、ミナトさんは講義に来なくなった。
代わりにやってきたのは、別の宮廷魔導師のおじいさんだった。
丁寧に教えてはくれるけれど、話がとにかく長くて、何度もうとうとしてしまう。
「ミナト様は、急なお仕事で手が離せないそうです」
リタはそう言ったけれど、それが嘘だということくらい、私にも分かった。
(避けられてる)
あの人は、私と顔を合わせるのが嫌なのだ。
もしくは、これ以上ボロを出すのが怖いのだ。
どちらにしても、腹が立つ。
「リタ。この前、書庫にミナトさんを呼びに来た騎士の人、誰だか分かる?」
「赤茶色の髪の方ですか? それなら、近衛騎士副団長のカイル様です。ミナト様と仲がいいって、お城では有名ですよ」
「仲がいい? あの人、誰とも親しくしないんじゃなかったの?」
「カイル様だけは、特別みたいなんです」
それを聞いて、私は勢いよく立ち上がった。
騎士団の訓練場は、城の裏手にあった。
ドレスの裾をつまんで訓練場をのぞき込むと、若い騎士たちに混じって、赤茶色の髪の人が剣を振っていた。
こちらに気づくと、ぱっと顔を明るくして駆け寄ってくる。
「これはこれは、聖女様。こんなむさ苦しいところに、どうなさいました?」
「カイルさん、ですよね。ミナトさんのことで、聞きたいことがあるんです」
カイルさんは、少しだけ目を丸くした。
それから、困ったように頭をかいた。
「……あいつに怒られそうだなあ」
「お願いします」
私が頭を下げると、カイルさんは観念したように息をついた。
「場所を変えましょうか」
連れて行かれたのは、訓練場の端にある木陰のベンチだった。
「俺があいつに会ったのは、十三年前です」
カイルさんは、遠くを見るような目をして話し始めた。
「魔物の討伐で、俺の小隊が全滅しかけたことがありましてね。そこに、どこの誰とも知れない若い魔導師がふらっと現れて、魔物を一掃していったんです。それがミナトでした」
「十三年前……」
「ええ。あいつは当時、下町の古書店に住み込んでいた平民でした。妙に無口で、愛想がなくて、礼を言っても目も合わせない。でも、腕だけは誰よりも確かだった」
カイルさんは、少しだけ声を落とした。
「その少し前に、王家の勇者召喚があったことは、聖女様もご存じで?」
「……いいえ」
「十五年前です。召喚の儀で呼ばれた青年が、加護がないからと失敗作扱いされて、城から放り出された。表向きは、なかったことにされていますがね」
心臓が、どくんと嫌な音を立てた。
「それって」
「あいつは、自分の昔のことを何も話しません。でも、俺は知ってます。あいつがその青年だってことを」
(十五年前)
湊がいなくなったのは、一年前だ。
なのに、この世界では十五年前。
頭の中で、ばらばらだったものが少しずつつながっていく。
あの人の、大人びた顔。
色あせてすり減った、柚子のチャーム。
一年ずっと探してたと言った私を見下ろしていた、苦しそうな目。
「……時間の流れが、違うんだ」
声が震えた。
「私の世界の一年が、こっちでは十五年なんだ」
だから湊は、あんなに大人になっていた。
私が土手で一年待っている間に、あの人はこの世界で、一人きりで十五年を生きていたのだ。
失敗作だと捨てられて。
言葉も分からない場所で、たった一人で。
「あいつね、毎年同じ日になると、城壁の上で一晩中空を見てるんですよ」
カイルさんは、苦笑いしながら言った。
「何をしてるのか聞いても、答えやしない。ただ、手の中で壊れた変な板っきれをずっと握ってる。……あれ、聖女様の世界のものでしょう?」
私は黙ってうなずいた。
声を出したら、泣いてしまいそうだった。
「十三年、あいつの隣にいましたけどね。あいつが取り乱したのを見たのは、たった一度だけです」
「一度だけ……?」
「聖女様が来た夜ですよ」
カイルさんは、私を真っすぐに見た。
「あの夜、あいつは俺の部屋に来て、一言も喋らずに朝まで座り込んでました。手が震えて、酒の杯も持てないくらいでね。あんなミナトは、初めて見た」
ぽたり、と膝の上に何かが落ちた。
自分が泣いていることに、そのとき初めて気づいた。
(どうして、言ってくれなかったの)
ううん、分かっている。
あの人はきっと、私のために黙っているのだ。
昔から、そういう人だった。
自分が損をしても、私が困らないように、黙って全部抱え込んでしまう。
「聖女様」
カイルさんが、ハンカチを差し出してくれた。
「俺が話したことは、あいつには内緒にしておいてください。……でも、もしできるなら」
カイルさんは、少しだけ寂しそうに笑った。
「あいつを、もう一人にしないでやってくれませんか」
私はハンカチで涙をぬぐって、顔を上げた。
「はい」
迷いなんて、ひとつもなかった。
十五年も、一人にさせてしまった。
だったら、これから先は、絶対に一人になんてさせない。




