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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第6話 失敗作と呼ばれた日(ミナト視点)

 書庫の扉を閉めた瞬間、膝から力が抜けそうになった。


 廊下の壁に背を預け、手の中のスマホを見下ろす。

 蜘蛛の巣のようにひび割れた画面。色のすっかり抜けた、柚子のチャーム。


(……何やってんだ、俺は)


 あいつの手から、これを取り上げたときの顔が忘れられない。

 泣くのを必死にこらえて、それでも真っすぐに俺を見上げていた。


 一年ずっと探してたんだよ、と言った。


 一年。

 あいつにとっては、たった一年だったのだ。




 十五年前。

 二十歳だった俺は、ゆずと並んで土手を歩いていた。


 明日の弁当の話をしていた。

 振り返って、ずっと言えずにいたことを、今日こそ言おうとしていた。


 その瞬間、足元が光った。


 気がつくと、俺は白い石の広間に倒れていた。

 周りを囲んだ神官たちが、「勇者様だ」と騒いでいた。


 けれど、その歓声はすぐに消えた。


 剣の加護も、聖なる紋章も、何ひとつ俺には現れなかったからだ。

 神官長だった男が、俺を水晶にかざして、ため息をついた。


「失敗ですな。加護のない、ただの人間です」


 それが、今の大神官グレゴールだった。


 玉座の国王は、俺を一瞥しただけで言った。

 城から放り出せ、と。


 言葉も文字も分からない世界で、俺は着の身着のまま、王都の下町に捨てられた。




 それからのことは、あまり思い出したくない。


 泥水をすすって、日雇いの荷運びをして、路地裏で眠った。

 帰りたい、とそればかり考えていた。


 拾ってくれたのは、古書店の店主をしていた老人だった。

 文字を覚えろ、と言って、店の奥で寝床と仕事をくれた。


 本を読めるようになって、俺は自分に魔力があることを知った。

 勇者の加護はなくても、この世界の人間と同じように、魔法を使う力はあったのだ。


 それから、俺は狂ったように魔法を学んだ。


 召喚魔法の理屈が分かれば、逆に辿れる。

 帰る道が見つかるかもしれない。


 その一心だった。


 魔物討伐で名を上げ、宮廷魔導師に取り立てられ、筆頭魔導師になったのは、全部そのためだった。

 地位があれば、禁書庫にも入れる。神殿の古い記録も読める。


 ただ、年を重ねるたびに、怖くなっていった。


 向こうでも、同じだけ時間が流れているのなら。

 ゆずはもう、俺のことなんて忘れているかもしれない。

 誰かと結婚して、子どもがいて、幸せに暮らしているかもしれない。


(それなら、それでいい)


 そう思おうとした。

 思えたことは、一度もなかった。


 毎晩、動かなくなったスマホを握りしめて、柚子のチャームを指でなぞった。

 色が抜けて、塗装がはげても、手放せなかった。




 そして、十五年目のあの夜。


 帰還魔法の術式は、ついに完成した。


 必要だったのは、神殿の召喚の間にある古い召喚陣だった。

 使わせてほしいと願い出た俺に、グレゴールは意外なほどあっさりと許可を出した。

 今思えば、あの男は最初から、俺の研究を横取りするつもりだったのだろう。


 陣に魔力を流した。

 光が満ちて、空間が裂けて、懐かしい匂いの風が吹き込んできた。


(帰れる)


 そう思った瞬間、陣が逆向きに回り始めた。


 俺の体は、どこへも行かなかった。

 代わりに、光の中から、一人の女の子が落ちてきた。


 ゆずだった。


 十五年前と、ほとんど何も変わらないゆずだった。


 あいつが、あの頃と同じ年頃のまま、床に倒れている。

 その意味を理解したとき、全身の血が凍った。


 向こうでは、ほとんど時間が経っていない。

 そして俺の魔法が、あいつを、家族や友達のいる世界から引き剥がしたのだ。


 呆然とする俺の横で、グレゴールが高らかに叫んだ。


 聖女様の降臨だ、と。


 俺は何も言えなかった。

 ゆずが目を覚ます前に、陣の乱れを調べるという口実でその場を離れて、震える手を必死に押さえつけるので精一杯だった。




 だから、決めたのだ。


 ゆずの前では、他人のままでいようと。


 あいつの人生を奪ったのは、俺だ。

 そんな俺が、幼なじみの顔をして隣に立つ資格なんてない。


 それに、あいつは優しいから。

 俺がここで十五年も一人だったと知れば、きっと帰ることをためらう。


 三十五にもなった男が、二十一の女の子を、こんな世界に縛りつけていいはずがない。


(グレゴールに気づかれるわけにもいかない)


 あの男は、他人の弱みを見つけることにかけては天才的だ。

 俺にとってゆずが何なのかを知れば、必ずあいつを利用する。


 それなのに。


 あいつが熱を出したと聞いて、気づけば部屋の前に立っていた。

 苦しそうな寝顔を見たら、口が勝手に動いていた。

 トマトのことだって、無意識だった。


(全然、隠せてねえじゃねえか)


 自嘲の笑いがもれる。


 握りしめたスマホが、手のひらに食い込んで痛かった。


「必ず、帰してやるからな」


 誰もいない廊下で、俺は小さくつぶやいた。


 帰還魔法の術式を、もう一度組み直す。

 今度こそ、ゆずを元の世界に帰す。


 それが、俺にできるたったひとつの償いだった。

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