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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第4話 熱の夜

 この世界に来て、十日が過ぎた。


 朝はリタに起こされて、ドレスを着せられて、書庫でミナトさんの講義を受ける。

 午後はお披露目のための礼儀作法の練習をして、夜は広すぎる部屋で一人きりで眠る。


 毎日があっという間に過ぎていくのに、夜になると、急に心細くなった。


「聖女様、お茶をお持ちしました」


「ありがとう、リタ」


 窓辺で外を眺めていた私に、リタが温かいお茶を差し出してくれる。

 城の窓から見える夜空には、月が二つ浮かんでいた。


 それを見るたびに、ここは本当に別の世界なんだと思い知らされる。


「……お母さん、心配してるだろうな」


 ぽつりとこぼれた言葉に、リタが眉を下げた。


「聖女様のお母様、ですか」


「うん。湊がいなくなってから、私が毎週土手に行くのも、本当はすごく心配してたの。それなのに、今度は私までいなくなっちゃった」


 ちゃんとご飯を食べているだろうか。

 私の部屋の明かりを、毎晩つけて待っていたりしないだろうか。


 考え出すと、胸がぎゅっと苦しくなった。


(湊も、こんな気持ちだったのかな)


 一人きりで、知らない世界に放り出されて。

 帰り方も分からないまま、夜空の二つの月を見上げて。


「あの、聖女様」


 リタが、少し迷うように口を開いた。


「ミナト様のこと、気にしていらっしゃいますよね」


「……そんなに分かりやすい?」


「はい、とっても」


 リタは困ったように笑った。


「ミナト様は、お城でもちょっと不思議な方なんです。とてもお強くて、陛下も一目置かれていて。でも、誰とも親しくされないし、笑ったところを見た人もいないって」


「笑わないの?」


「はい。それに、ミナト様が筆頭魔導師になられる前のことは、誰も知らないんです。どこのお生まれなのかも、どうやって魔法を覚えられたのかも」


(誰も、知らない……)


 リタの話を聞きながら、私はお茶の湯気をじっと見つめていた。




 その翌日、私は熱を出した。


 慣れない場所で気を張り続けていたせいだろう、とお医者様は言った。

 体が重くて、頭がぼんやりして、私はベッドの中でうとうとと浅い眠りを繰り返していた。


 夕方、扉の向こうで誰かが話している声がした。


「グレゴール大神官様のご命令です。聖女様を神殿にお移しして、癒しの祈りを」


「必要ありません」


 低く、冷たい声だった。


「医師の診立てでは、ただの疲れです。熱のある方を動かすほうが体に障る。大神官様には、私からそうお伝えします」


「し、しかし」


「お引き取りを」


 足音が遠ざかっていく。

 誰の声だったのか確かめようとしたけれど、まぶたが重くて、私はまた眠りに引きずり込まれた。




 夜中、ふと、誰かの気配を感じた。


 ひやりとした大きな手が、私の額に触れている。

 熱でほてった肌に、その冷たさが気持ちよかった。


 額の布が取り替えられ、乱れた上掛けがそっと肩まで引き上げられる。

 ぎこちないけれど、ひどく丁寧な手つきだった。


「……無理すんなって、いつも言ってんだろ」


 ぶっきらぼうで、低くて、少しかすれた声。


(湊……?)


 目を開けたいのに、まぶたが重くて持ち上がらない。

 手を伸ばしたいのに、指一本動かせない。


 額の手が、そっと離れていく。

 行かないで、と言いたかったのに、声にならなかった。


 そのまま、私は深い眠りに落ちていった。




 翌朝、熱はすっかり下がっていた。


 窓から差し込む朝日がまぶしくて、私はぼんやりと天蓋を見上げた。

 夜中の出来事が、夢だったのか現実だったのか、うまく思い出せない。


「あの、リタ。昨日の夜、誰か来てた?」


 おそるおそる尋ねると、リタは目を丸くした。


「ミナト様が、一晩中ついていてくださったんですよ。お医者様がもう大丈夫だとおっしゃっても、お帰りにならなくて」


「……一晩中」


「はい。神殿の方が聖女様を連れていこうとしたときも、ミナト様が追い返してくださったんです。明け方にお帰りになるとき、聖女様には言わなくていいって、口止めされましたけど……」


 リタは、しまった、という顔で両手で口をふさいだ。


(夢じゃ、なかった)


 私は枕に顔をうずめた。


 無理すんなって、いつも言ってんだろ。


 湊が、私が無茶をするたびに言っていた言葉だった。

 高校の文化祭の準備で徹夜したときも、受験勉強で倒れそうになったときも。

 口調も、言い方も、何もかも同じだった。


(いつも、って言った)


 初対面の人は、そんなこと言わない。


 枕の中で、私はぎゅっと目を閉じた。

 胸の奥が熱くて、痛くて、どうしようもなかった。

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