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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第3話 他人行儀な教育係

 案内された部屋は、私のアパートが丸ごと三つは入りそうなほど広かった。


 天蓋つきのベッドに、金の縁取りがされた鏡台。

 窓の外には、絵本でしか見たことのないような石造りの街並みが広がっている。


「せ、聖女様のお世話をさせていただきます、リタと申します! ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします!」


 茶色の髪を三つ編みにした女の子が、勢いよく頭を下げた。

 年は私より少し下くらいだろうか。そばかすの浮いた頬が、緊張で真っ赤になっている。


「篠宮柚葉です。聖女とか、よく分からないけど……よろしくね、リタさん」


「リタで結構です! 聖女様にさん付けなんて、恐れ多くて……!」


「じゃあ、私のことも柚葉って呼んで?」


「むっ、無理です!」


 ぶんぶんと首を振るリタに、思わず笑ってしまった。

 こちらに来て、初めて笑った気がした。


(一人じゃないって、それだけで少しほっとする)




 翌日、私は国王陛下に謁見した。


 玉座に座った陛下は、私をちらりと見ただけで、ほとんど何も言わなかった。

 決まったのは、ひと月後に民の前で聖女のお披露目をすること。

 それまでに、この国のことや聖女の役目を学ぶこと。


 そして、その教育係が。


「本日より、聖女様の教育を担当いたします。ミナト・クロウです」


 書庫の長い机の向こうで、黒いローブの彼が淡々と頭を下げた。


(よりによって、この人)


 いや、むしろ好都合かもしれない。

 毎日顔を合わせるなら、いつか必ずボロを出すはずだ。


「この国、エルディア王国には、古くから魔力を持つ者が生まれます。聖女とは、その中でも人や土地を癒す特別な力を持つ存在で……」


 ミナトさんの説明は、驚くほど分かりやすかった。

 私が首をかしげると、何も言わないうちに言い方を変えてくれる。

 難しい言葉が出てくると、紙に図を描いて見せてくれる。


(湊も、こうだった)


 高校の試験前、数学が分からないと泣きつく私に、湊は文句を言いながらも、私が分かるまで何度でも説明してくれた。


「聖女様、聞いておられますか」


「あ、はい。ごめんなさい」


「……続けます」


 ミナトさんは、一度も私と目を合わせなかった。


 だから私は、ちょっとだけ意地悪をしてみることにした。


「ミナトさん。私の幼なじみはね、甘い卵焼きが好きだったんです」


 ペンを動かしていた彼の手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「お弁当に入れないと、すごく文句を言うの。自分では作れないくせに」


「……そうですか」


「あと、トマトが嫌いで、こっそり私のお弁当箱に移してくるんです」


「聖女様。講義に関係のない話は」


「はぁい」


 素直に返事をしながら、私は机の下でこぶしを握った。


(今、ちょっと眉間にしわが寄った気がする)


 でも、気のせいだと言われればそれまでだ。

 彼はすぐに何事もなかったように講義を続け、その日は最後まで、一度も表情を崩さなかった。




 それからの数日、私は講義のたびに、湊の話をした。


 湊は小学生のころ、犬に追いかけられて木に登って降りられなくなったこと。

 中学の文化祭で、無理やり劇の王子様役をやらされて、本番で台詞を全部忘れたこと。

 高校の卒業式で、私の第二ボタンの話をからかったら、耳まで真っ赤になったこと。


 ミナトさんは、何も言わなかった。

 相づちすら打たず、ただ黙って本のページをめくっていた。


(……本当に、別人なのかな)


 五日目には、さすがに自信がなくなってきた。


 湊は私と同い年だ。二十一歳のはずだ。

 でも、目の前の人はどう見ても三十代の半ばで、落ち着いた大人の男の人だった。

 目元が似ているだけで、名前が同じだけで、私が勝手に湊の面影を重ねているだけなのかもしれない。


 一年間、誰にも信じてもらえなかった。

 だから、目の前に少しでも似た人が現れたら、すがりつきたくなってしまう。


(私、湊に会いたすぎて、おかしくなってるのかも)




 そんなふうに落ち込んでいた日の昼のことだった。


 講義が長引いて、書庫に軽い昼食が運ばれてきた。

 パンと、焼いた肉と、彩りのいい野菜が少し。


 私は本を読みながら、向かいのミナトさんの手元をぼんやり眺めていた。


 彼は資料に目を落としたまま、フォークを動かしていた。

 そして、皿の上の赤くて丸い実を、無意識のような手つきで、すっと皿の端によけた。


 トマトによく似た、こちらの世界の野菜だった。


(……え)


 私は、本から顔を上げた。


 彼は資料を読みながら、肉とパンだけを口に運んでいる。

 皿の端に寄せられた赤い実には、最後まで一度も手をつけなかった。


 湊は、トマトが嫌いだった。

 お弁当に入れると、文句を言う代わりに、黙って私のお弁当箱に移してきた。

 こうやって、何でもない顔をして。


「ふふっ」


 思わず、笑い声がもれた。


 ミナトさんが顔を上げる。

 私の視線をたどって、自分の皿の端を見下ろして。


 それから、ほんのわずかに顔をしかめると、よけていた赤い実をフォークで刺して、ひと口で飲み込んだ。


 ものすごく、まずそうな顔だった。


「……何か」


「いえ、なんでもないです」


 私はうつむいて、緩んでしまう口元を本で隠した。


(嫌いなら、食べなきゃいいのに)


 たったそれだけのことだ。

 トマトが嫌いな人なんて、どこの世界にもいくらでもいる。


 それでも、さっきまでしぼみかけていた気持ちが、また少しだけふくらんでいくのを感じた。


(やっぱり、あきらめるのはまだ早い)

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