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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第2話 聖女召喚

 冷たい。


 最初に感じたのは、頬に触れる床の冷たさだった。


 ゆっくり目を開けると、はるか高いところに丸い天窓が見えた。

 差し込む光が、真っ白な石の床をまぶしく照らしている。


 体を起こすと、そこは見たこともないほど広い広間だった。

 床には、土手で見たのと同じ模様が淡く光っていて、その周りを白いローブを着た人たちがぐるりと取り囲んでいる。


「おお……成功だ!」


「聖女様だ! 聖女様が降臨なさったぞ!」


 わっと歓声が上がって、私は思わず肩をすくめた。


(せいじょ……?)


 言葉は、ちゃんと日本語に聞こえる。

 なのに、話している人たちの口の動きが、聞こえる言葉と少しも合っていなかった。


(ここ、日本じゃない。……ううん、たぶん、地球ですらない)


 そう思った瞬間、背筋がぞくりとした。


 人垣が左右に割れ、ひときわ豪華な法衣をまとった初老の男性が進み出てくる。

 白い髭をたくわえ、穏やかな笑みを浮かべた人だった。


「ようこそおいでくださいました、聖女様。私はこのエルディア王国の神殿を預かる、大神官グレゴールと申します」


「あの……聖女って、私のことですか?」


「ええ、もちろんですとも。我ら神殿が三日三晩祈りを捧げ、百年ぶりに聖女召喚の儀を成功させたのです。あなた様は、この国を癒すために神が遣わした尊き方」


 グレゴール大神官は、うっとりとした顔で両手を広げた。

 周りの神官たちが、いっせいに頭を下げる。


(そんなこと言われても、困る)


 私はただの大学生だ。

 特別な力なんてないし、誰かを癒した覚えもない。


 それより、聞かなければならないことがあった。


「あの、すみません。私、人を探しているんです。黒瀬湊っていう、私と同い年の男の人で……一年前に、私と同じように光に包まれて消えたんです。ここに来ていませんか?」


 その瞬間、グレゴール大神官の笑みが、ほんのわずかに揺れた気がした。


「……さて。存じませんな」


「でも」


「聖女様はお疲れなのでしょう。召喚の直後は、記憶が混乱することもございますゆえ」


 やんわりと、けれどはっきりと話を打ち切られる。

 柔らかな声なのに、その目は少しも笑っていなかった。




 そのとき、広間の扉が大きく開いた。


 入ってきたのは、金色の髪に青い瞳をした、白い礼服の青年だった。

 周りの神官たちが、さっきよりもさらに深く頭を下げる。


「これが聖女か」


 青年は私の前で足を止め、頭のてっぺんからつま先まで、じろじろと眺めた。


「思っていたより地味だな。まあいい、民が喜べば十分だ」


(……初対面で、地味って言った?)


 あまりの言われように、私はぽかんと口を開けてしまった。


「クラウス殿下、聖女様は召喚されたばかりでございます」


「分かっている、グレゴール。ひと月後の披露目までに、見られる格好にしておけ」


 クラウス殿下と呼ばれた青年は、それだけ言うと興味をなくしたように私から目をそらした。

 どうやら、この国の王太子らしい。


(この国、大丈夫なのかな)


 不安が胸に広がりかけたとき、広間の入り口が、またざわめいた。


「筆頭魔導師様だ」


 誰かがささやく声がした。


 黒いローブをまとった男の人が、静かに歩いてくる。

 背が高く、少し長めの黒髪を後ろでひとつに束ねていた。

 年は、三十代の半ばくらいだろうか。

 落ち着いた、大人の男の人だった。


 その人が、ふと顔を上げた。


 目が合った。


(……え)


 黒に近い焦げ茶色の瞳。

 少しだけ目尻の下がった、眠たそうにも見える目元。


 知っている。

 私は、その目を知っている。


 男の人は、私を見た瞬間、凍りついたように足を止めた。

 その顔から、すうっと血の気が引いていくのが分かった。


 けれど、それはほんの一瞬のことだった。

 次の瞬間には、何の感情も読み取れない静かな表情に戻っていた。


「遅かったな、ミナト」


「申し訳ございません、殿下。召喚陣の魔力の乱れを調べておりました」


 ミナト。


 その名前を聞いた瞬間、私はもう立ち上がっていた。


「湊……? 湊でしょ?」


 駆け寄って、黒いローブの袖をつかむ。

 見上げた顔は、記憶の中の湊よりずっと大人びていて、頬の線も鋭くなっていた。


 それでも、困ったときに眉間にしわを寄せる癖は、何ひとつ変わっていなかった。


 男の人は私を見下ろし、そっと、袖から私の手を外した。


「人違いでしょう」


「え……」


「私はミナト・クロウ。この国の筆頭魔導師です。あなたとは、初対面のはずですが」


 丁寧な敬語だった。

 湊が、一度だって私に使ったことのない言葉遣いだった。


「名前まで同じなのに?」


「この国では、珍しい名ではありませんので」


(そんなわけ、ないでしょ)


 言い返したいのに、言葉が出てこない。


 だって、湊は私と同い年のはずだ。

 二十一歳のはずなのに、目の前の人はどう見ても十以上も年上で。


「ははっ、聖女殿は男を見る目が早いな」


 クラウス殿下が愉快そうに笑った。

 グレゴール大神官は笑っていなかった。

 細めた目で、じっとミナトさんを見つめていた。


「お疲れでしょう。部屋へご案内させます」


 ミナトさんはそれだけ言って、私に背を向けた。

 その声は、どこまでも冷たかった。


 けれど、私は気づいてしまった。


 私の手を袖から外したときの、彼の指先が。

 ひどく冷たくて、かすかに震えていたことに。


 気づいたのは、たぶん私だけだった。

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