第15話 暴かれる真実
翌朝、謁見の間には、王国中の主だった貴族たちが集められていた。
玉座には国王陛下。
その前に、縄をかけられたグレゴール大神官と、青ざめた顔のクラウス殿下が並んで立たされている。
「ゆず。本当に、休んでなくていいのか」
広間の隅で、湊が何度目か分からない言葉を口にした。
一晩ぐっすり眠って、温かいスープを飲ませてもらって、私の顔色はだいぶましになっていた。
それでも湊は、私が一歩歩くたびに、すぐ支えられるように手を伸ばしてくる。
「大丈夫。ちゃんと、自分の目で見届けたいの」
湊は眉間にしわを寄せたまま、それ以上は何も言わなかった。
ただ、私の背中に添えた手を、最後まで離さなかった。
「始めよ」
陛下の声で、カイルさんが一歩前に進み出た。
「まず、先日の聖女召喚について。神殿の召喚の間にある召喚陣の使用記録がこちらです」
広げられた記録には、あの夜、陣を動かしたのは筆頭魔導師の帰還魔法であることが、はっきりと記されていた。
神殿の祈りの儀が行われた記録は、どこにもない。
「さらに、こちらが陣の使用許可証です」
湊が、懐から一枚の紙を取り出した。
そこには、グレゴール大神官の署名と印が押されていた。
「許可を出した覚えはない、と聖女様にはおっしゃったそうですが」
広間が、ざわりと揺れた。
大神官は顔を真っ赤にして何か言いかけたが、カイルさんは構わずに続けた。
「次に、神殿の禁書庫の閲覧記録。大神官殿は数年前から、時の聖女の記録ばかりを閲覧されています。そして、こちらが神殿の裏帳簿です」
帳簿には、何人もの貴族の名前と、目のくらむような額の寄進が書き連ねられていた。
その横には、決まって同じ言葉が添えられていた。
若返りの約束、と。
名前を読み上げられた貴族たちが、次々と顔色を変えてうつむいた。
「それから、神殿で聖女様が受けた仕打ちについても、証言がございます」
広間に呼ばれたのは、あの腰の曲がった下働きの老人と、禊の世話をした年配の女神官だった。
二人は震えながらも、すべてを話してくれた。
夜明け前の冷水の禊。わずかなパンと水だけの食事。倒れるまで続けさせられた力の修行。
そして、老人の時を巻き戻すことを拒んだ私に、大神官が食事を抜いて一晩中祈らせたこと。
「聖女様は、わしのような者の十年を、勝手に消すことはできんとおっしゃってくださった」
老人は、私のほうを見て、深々と頭を下げた。
「大神官様に逆らえば、どうなるか分かっておられたはずなのに」
「最後に、もうひとつ」
湊が、静かに口を開いた。
「十五年前、この城で勇者召喚の儀が行われたことを、陛下はご記憶でしょうか」
玉座の陛下が、わずかに身じろぎした。
「加護を持たないと判定され、失敗作として城を追い出された青年がいました。言葉も分からないまま、着の身着のまま、王都の下町に捨てられた」
湊は、まっすぐに陛下を見上げた。
「それが、私です」
広間が、しんと静まり返った。
「失敗作だと判定したのは、当時神官長だったグレゴール殿。城から放り出せと命じられたのは、陛下でございました」
貴族たちのざわめきが、さざ波のように広がっていく。
十五年前の勇者召喚は、表向きなかったことにされていたのだ。
その失敗作が、今やこの国随一の魔導師になっている。
陛下は長いあいだ、黙って湊を見つめていた。
やがて、玉座から立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。
「……すまなかった」
王が臣下に頭を下げるのを、私は初めて見た。
広間の誰もが、息をのんでいた。
裁きは、その場で下された。
グレゴール大神官は、大神官の位を剥奪され、北の果ての修道院で生涯にわたる労役を命じられた。
若返りの約束で寄進を集めた貴族たちも、それぞれ罰を受けることになった。
クラウス殿下は、陛下の許しも得ずに捕縛の兵を動かし、聖女を神殿に閉じ込めることに加担した罪で、王太子の位を剥奪された。
辺境の離宮で、謹慎の身となるという。
予定されていた聖女のお披露目も、婚約の発表も、すべて取りやめになった。
「父上! 俺は、俺はただ……!」
わめく元王太子を、近衛騎士たちが引きずるように連れ出していく。
陛下は、一度も振り返らなかった。
連れて行かれる直前、グレゴールが私に向かって叫んだ。
「聖女様! お慈悲を! せめて、せめて十年でも、この老いぼれの時を……!」
私は、首を横に振った。
「あなたの時間は、あなたのものです。誰かに消してもらうものじゃありません」
それは、湊が十五年を生きてきたのと同じように。
グレゴールはがくりとうなだれて、騎士たちに連れられていった。
謁見が終わったあと、カイルさんが私に小さな包みを手渡してくれた。
「グレゴールの私室の、鍵のかかった引き出しから出てきました」
包みを開けると、見慣れたスマホが入っていた。
柚子のチャームが、窓からの光を受けて揺れている。
「……よかった」
思わず、胸に抱きしめた。
隣で、湊が自分の懐から、もうひとつの古びたスマホを取り出した。
色あせた柚子のチャームと、まだ新しい柚子のチャームが、並んで小さく揺れた。
「おそろい、だね」
「……ああ」
湊は少しだけ照れくさそうに、そっぽを向いた。
その耳の先が、ほんのりと赤くなっていた。




