第12話 神殿の企み
グレゴール大神官から呼び出しを受けたのは、力の儀から三日後のことだった。
「聖女様に、内々にお話ししたいことがございます」
使いの神官はそれだけ言って、私を神殿の奥の応接室へ案内した。
湊には、神殿の前で力を使うなと言われている。
けれど、話を聞くだけなら大丈夫だろうと思った。
それに、私も大神官に聞きたいことがあった。
(湊を捨てた人。湊の魔法を、自分の手柄にした人)
この人がどういう人間なのか、自分の目で確かめておきたかった。
応接室の窓辺で、大神官は穏やかに微笑んでいた。
「お呼び立てして申し訳ございません。どうぞ、おかけください」
勧められた椅子に座ると、大神官はゆっくりと向かいに腰を下ろした。
白い髭をなでながら、私の顔をじっと見つめる。
「聖女様のお力は、時を巻き戻すものでございますね」
いきなり核心をつかれて、私は息をのんだ。
「……どうして、それを」
「神殿には、古い記録が残っておりますので。百年ぶりの、時の聖女様。実にめでたいことです」
大神官は、目を細めた。
「時の聖女様のお力は、人にも及びます。人の時を巻き戻せば、体も、記憶も、その時へと戻る」
「記憶も……?」
「ええ。たとえば、筆頭魔導師殿を二十歳の青年にお戻しすれば、あの方はこの世界で過ごした十五年をすべて忘れ、あなた様のよく知る幼なじみに戻られるでしょう」
心臓が、大きく跳ねた。
「どうして、湊のことを」
「十五年前、あの方を召喚の儀でお迎えしたのは、この私ですから」
大神官は、悪びれもせずに言った。
「お気の毒なことでした。加護のない者を城に置いておくわけにはまいりませんでしたので。……ですが、聖女様のお力があれば、あの苦しい十五年を、なかったことにして差し上げられる」
(なかったことに)
その言葉が、ぐさりと胸に刺さった。
湊を、二十歳に戻す。
記憶ごと、何もなかった頃の湊に。
それは、この人が十五年前に湊を捨てたことも、湊がたった一人で苦しんだことも、全部なかったことにするということだった。
「……お話は、それだけですか」
私の声が冷たくなったのに気づいたのか、大神官はふっと笑みを深くした。
「もうひとつ、ございます」
大神官は、一枚の書類を机に置いた。
「先日の聖女召喚ですが。実は、あれは神殿の儀ではなく、筆頭魔導師殿が勝手に神殿の陣を動かした結果だということが分かりましてな」
(え……)
「神殿の許可なく陣を動かし、異世界の方を勝手に呼び寄せた。これは王国の法では、重い罪にあたります。聖女様のお身内やご友人から、聖女様を奪ったわけですから」
大神官は、さも悲しげに眉を下げた。
「このことが陛下のお耳に入れば、筆頭魔導師殿は地位を追われるだけでは済みますまい。投獄か、あるいは」
「そんな……! 湊は、大神官様の許可をもらって陣を使ったって」
「はて。そのような許可を出した覚えはございませんな」
大神官は、穏やかに首を振った。
(この人……!)
怒りで、指先が震えた。
湊の魔法を自分の手柄にしておきながら、今度はその罪だけを湊になすりつけようとしている。
「何が、望みなんですか」
「話が早くて助かります」
大神官は、満足そうにうなずいた。
「聖女様には、明日から神殿でお暮らしいただきたい。時の聖女として、神殿のために、そのお力を役立てていただきたいのです」
「……私が神殿に行けば、湊のことは黙っていてくれるんですか」
「もちろんですとも。神に誓って」
神に誓って、と言うその口元が、薄く笑っていた。
信用できるはずがなかった。
それでも、断ればこの人は、本当に湊を罪人にするだろう。
十五年かけて、一人で這い上がってきた湊を。
「……分かりました」
部屋に戻ると、リタが心配そうに駆け寄ってきた。
「聖女様、お顔が真っ青です。大神官様に、何を言われたんですか?」
「明日から、しばらく神殿で祈りの修行をすることになったの。数日で戻るから、心配しないで」
私は、できるだけ明るく笑ってみせた。
湊には、言えなかった。
言えば、湊はきっと神殿に乗り込んでいく。
大神官の思うつぼだ。
(湊だって、私のために黙ってたんだもん)
ずっと、守られてばかりだった。
十五年前から今日まで、湊は私の知らないところで、一人で全部抱え込んできた。
今度は、私の番だ。
その夜、私は窓辺で二つの月を見上げた。
城壁の上に、黒いローブの人影が見えた気がして、思わず目をそらした。
(ごめんね、湊)
心の中でつぶやいて、私はカーテンを閉めた。




