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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第10話 聖女の力

 城壁で話した翌朝、書庫に湊が戻ってきた。


「本日より、講義を再開いたします」


 いつも通りの黒いローブに、いつも通りの丁寧な敬語。

 まるで昨夜のことなんて、何もなかったみたいな顔だった。


 けれど、机に置かれた分厚い本の上に、小さな包みがひとつ乗っていた。

 開けてみると、焼き菓子が入っていた。


 城下で人気の店のものだと、あとでリタが教えてくれた。


(素直じゃないなあ)


 私は笑いをかみ殺しながら、焼き菓子をひとつ口に入れた。


 湊は、人前では相変わらず私を「聖女様」と呼んだ。

 けれど、書庫に二人きりになったときだけ、ときどき小さな声で「ゆず」と呼ぶようになった。


 それだけで、十分だった。


 帰すと言われたことも、忘れろと言われたことも、何ひとつ解決していない。

 それでも、もう他人のふりはされない。

 今は、そのことが嬉しかった。




 それから数日後、神殿で「聖女の力の儀」が行われることになった。


 お披露目の前に、聖女の力を王家と神殿の前で確かめるための儀式なのだという。


 神殿の大広間には、国王陛下とクラウス殿下、それに大勢の貴族たちが集まっていた。

 壇上にはグレゴール大神官が立ち、その少し後ろに、筆頭魔導師として湊が控えている。


「聖女様。どうぞ、こちらへ」


 大神官に促されて、私は祭壇の前に進み出た。


 祭壇の上には、花瓶に生けられた白い百合が置かれていた。

 花びらは茶色く縮れ、茎はぐったりと垂れ下がっている。

 すっかり枯れてしまっていた。


「この花に、聖女様のお力をお授けください」


(お力って言われても……)


 講義で習ったのは、聖女の力は祈りによって目覚める、ということだけだった。

 私は目を閉じて、言われた通りに両手を花瓶にかざした。


(お願い。元気になって)


 手のひらが、じんわりと温かくなった。


 目を開けると、百合の花びらがゆっくりと白さを取り戻していくところだった。

 縮れていた花びらが伸び、垂れていた茎が起き上がる。


 広間に、どよめきが広がった。


 けれど、花はそこで止まらなかった。

 満開だった花びらが、するすると閉じていく。

 みるみるうちに小さくなって、やがて、固い緑の蕾に戻ってしまった。


(え……?)


「おお……!」


「枯れた花を、蘇らせたぞ!」


「さすがは聖女様だ!」


 貴族たちが口々に褒めたたえる。

 けれど、私は戸惑っていた。


 癒した、というより、まるで時間が逆向きに流れたみたいだった。




「では、こちらもお願いいたしましょう」


 大神官が、ひびの入った銀の杯を祭壇に置いた。


 言われるままに手をかざすと、杯のひびが、すっと消えていった。

 細かな傷も、くすんでいた色も、まるで作られたばかりのように輝き出す。


 杯の底に刻まれた、新しい日付の工房印までが、くっきりと浮かび上がった。


 拍手がわき起こる中、私は祭壇の後ろに控える湊を見た。


 湊は、蒼白な顔で杯を見つめていた。

 その唇が、かすかに動くのが見えた。


 声は聞こえなかったけれど、何と言ったのかは分かった。


 巻き戻ってる、と。


 そして、壇上のグレゴール大神官もまた、杯をじっと見つめていた。

 穏やかな笑みを浮かべたまま、その目だけが、獲物を見つけた獣のように光っていた。




 儀式が終わった夕方、湊は書庫の扉に鍵をかけてから、私に向き直った。


「ゆず。お前の力は、癒しじゃない」


 いつになく硬い声だった。


「時間を巻き戻す力だ。花は枯れる前に、杯は割れる前に、戻っただけだ」


「時間を……」


「神殿の古い記録で、一度だけ読んだことがある。百年以上前に、同じ力を持った聖女がいたらしい」


 湊は、眉間に深いしわを寄せた。


「いいか。二度と、神殿の前でその力を使うな。グレゴールは、必ずお前を利用しようとする」


「……うん」


 うなずきながら、私はずっと気になっていたことを口にした。


「ねえ、湊。この力って、人にも使えるの?」


 湊の表情が、凍りついた。


 長い沈黙だった。

 窓の外で、日が沈んでいく。


「……使うな」


 それだけ言って、湊は目をそらした。


 答えになっていなかった。

 でも、答えはもう分かってしまった。


(人にも、使えるんだ)


 もし、湊の時間を巻き戻せたら。

 十五年前の、二十歳の湊に戻せたら。


 湊の作った帰還魔法で、二人一緒に、元の世界に帰れるのかもしれない。


 その考えは、一度浮かんだら、どうしても頭から離れなかった。

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