隣人A
「なんかAさんの起案書が膨らんでいるんですけど、どうかしました?」
まだ深酔いが残る中、すんなりと聞いてしまった。普段の俺なら気にも留めず、自分の仕事をしているばかりなのに。
「それがな、どうにもこうにもAという男の交友関係が広くてね。調査報告書が溜まるばかりなんだよ」
それはきっと、騙す相手が豊富ということだ。俺にはそう聞こえた。
隣人Aは、自分で言う通り少額の詐欺まがいの金銭トラブルが多かったようだ。しかし、多くは事件になる前に自分から金を返すなどして、警察に捕まらないような動きをしていた。そう見せかける行動がとれていると言うべきか。銀行口座の残高調査はまだ届いていない。俺はまだ金の無心はされていない。次回、会うことに躊躇いは感じるが、それ以上に今はAさんに興味を持ってしまっていた。ごくりと一回つばを飲み込み、昨晩の酒盛りを正直に先輩へ話すことにした。
「実は……ちょっと職務として、まずいかもしれないんですけど、昨日Aさんと飲んだんです」
「そりゃあ今回は隣人だからなぁ、そういうこともあるだろう、職務違反はしてないんでしょ?」
先輩の仕事の手は止まらない。俺を信用しているようでもあり、隣人である以上、ある程度の接点は仕方ないと思われているかもしれない。いずれにしても、俺の隣人が死のうが生きようが興味ないように見えた。先輩は姿勢正しく座りながらPCに向かっている。
「えぇ、仕事の話はしていません」
「なら、大丈夫。故意に情報を流してないなら気にするな」
書類の進行は淀みない。俺も手を止めずに仕事をしている。それっきりAさんの内面の話はしなかった。わざわざ夏の暑い日に俺を招き入れてくれたこと、酒盛りして笑顔を見せてくれたこと。また、次、飲みあおうと約束してしまったこと。俺は水筒の麦茶をごくっと飲み込んだ。言うべきではない。少なくとも仕事中は私語厳禁だ。
この戸惑いはなんだろうか。今まで多くの書類を裁いてきたが、今回ばかりは別だ。二日酔いの頭で考えながら仕事をする。
どうしても頭が回らないが、もう俺はAさんの書類の奥を覗いてしまったのだ。目元を抑えながらかぶりをふる。なんて早計なことをしてしまったのだろうか。好奇心は猫をも殺すというではないか。まさしく、今日の俺の業務は殺された。自然と瞼が閉じてしまう、思考が停止してしまうのだ。これも全部Aさんのせいだ。
問題は、この戸惑いの答えを得たとして、俺は一体どうしたいのだろうか。




