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殺人業務委託  作者: りゅーふぁ
穏やかな隣人
18/20

煩悶

 不自然なほどにAさんとの会話は途切れなかった。聞き上手であり、会話上手なんだろうか。いや、ここは敢えて口が上手いと言うべきか。Aさんはこちらが欲しい反応をしてくれるし、また予想外の話題も出してくれる。所謂人たらしという奴だな。気分が良くなるほどに、こいつは詐欺師の適性があると冷静な頭が警告を出してくる。ビールから始まった酒盛りは、ワインを挟んでウィスキーに至り、ちゃんぽんとなって酔いを加速させていく。


 こちらのエアコンはがんがんに効いているというのに、酩酊が止まらない。ついつい、自分の生活の愚痴を続けざまに話してしまう。酔いのせいか、だんだん鼻が利かなくなってきた。


 「答えのないことなんですが、仕事して帰って、休んで仕事して……繰り返す毎日に意味を感じなくなってきてしまいまして」


 「そういう時は日記ですよ。日々を書き留めていると、日記に書きたくなることをしたくなるんです」


 カランと手元のウィスキーで氷が音を立てた。なるほど、日記。それは良いアイディアかもしれない。日々、誰が恨みを持って申請するだとか冷たい文章を精査するより、自分の心を見つめなおす言葉を書き連ねる方がずっと生産的に思えた。


 「そうすれば……元殺人課の方が書かれている自叙伝があって、読んだことあります?」


 「いえ、あまり本は読んでいなくて」


 「読んだ後に押し入れにしまってあるんですが、今度出しておきましょう、日記の参考になるかも」


 「是非、読ませてください。興味あります」


 あぁまただ、会話のテンポが上手すぎて即答してしまう。言ってしまったことはしょうがない、俺はまた煽るように酒を飲む。


 「職員の葛藤が堪らなくリアルでぞくぞくするんですよ、お試しあれ」


 瞬間、もはや俺が殺人課であることがバレたように感じた。殺人課の本なんてピンポイントすぎやしないかと思ったが、どこまでも親切なAさんに疑問が泡のように膨らんでは沈んでいく。


 「いや、しかし酔っちゃったな……こんなに飲んだのは久しぶりだ」


 もはや自分が敬語を使っていないことにも疑問すら挟めない。上等なウィスキーの香りすら今の俺には届かない。

 机には酒の空きビンが2つ増えている。


 「お隣にAさんが住んでいて、こうして飲んでいるなんて、人生何があるか分からないな」


 「いつだって飲みに来てくれると助かるよ。仕事柄、飲む相手が同業ばかりで、ゆっくり飲めないんだよね」


 ふむ、それは飲みの席でも冷静にしなければとリラックスできないだろう。


 「イラストレーターのお仕事って楽しいですか?」


 「楽しいですよ、実力と営業の世界で大変ですが。ポートフォリオっつうのがありましてね。作品とアピールポイントをまとめたファイルを作ってある……どうぞ」


 「どうもどうも……いや、これはすごい」


 キャラクターイラストというものか、容姿端麗な女性が幻想的に描かれていた。詳細は分からないだろうが、ゲームや漫画のキャラだろうか。


 「有名作品もちょこちょこ描いて入れるとアピールになるんだよね。最新の動向も把握してる私ですよ、原作と比べてこれぐらいは描けますよってね」


 なるほどなるほど。知らない世界を知ることはそれだけで気持ちいい。

 

 結局、次回の呑み会まで約束して部屋に帰ってきてしまった。

 エアコンは調子を取り戻し、きりっとした冷風を部屋に運んでくれている。

 

 酔っぱらって火照った頭を覚まそうと、ひたすら天井を眺めながらじっと動けずにいた。

 とてもじゃないが、人から恨みを買うような人に思えない……。

 きっと、Aさんは頭が良くて、犯罪を回避できる程度に人から金を巻き上げられる天才なのだ、そうに違いない。ひたすらに自分に思い込ませていく。

 今回の申請者も執行されるかどうか半信半疑の中、申請を提出してきた。何せ警察も立件できないという話だ。殺人課で受理されて執行に至るかどうか。


 寝返りをうつと、Aさんの部屋で焚かれたお香がふわっと香った。なんだかむしゃくしゃして、ふらつきながらバスルームに向かいシャワーを浴びる。そうして徹底的に石鹸を体に塗り込み始めた。もったいないことに、頂いたお酒も嘔吐してしまった。しかし、これでいい。明日になったら、また普通に働ける。

 

 幾分か気分を変えられたところで、やっと思い出す。俺は事務処理するだけ、判子をぽんと押して右に流す。執行されようが俺には関係ない。殺されるべきかどうかは総合判断だ。冷蔵庫の麦茶を乱暴に取り出し一気に飲む。


 果たして、Aさんは殺されるだろうか。今日の出会いは誤りだったのだろうか。

 考えるたびに、冷たいエアコンの音がやけに耳に届く夜だった。


 翌日、Aさんの調書が膨らんでいたのが見えた。何か特筆すべきことが増えたようだ。

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