第72話 文官の独身寮にて
サナも基本的には黒パンぐらいしか作れていない。
しかし、ここ最近騎士や鍛冶の寮で食べられる美味しいパンがある噂は耳にしていたと。
同時に、ひとりの少女が他国から派遣されてきたことの噂が関係していることも。
文官たちが公主の食事もだいぶ改善されていた噂が嘘か真かなのを確認するのに、覗きに行くと……どう見ても小さすぎる子どもがいると何名かが目にした。
「だから、あんたが来てくれるのを心待ちにしていたんだよ」
説明を受けて、ルチャルはなるほどと、頷く。
文官らにもそろそろと言っていたガイウスの言葉の意味も少し理解できた。寮ごとの食事管理がうまくいっていない問題点はあったが、あとひとつはここの文官寮だった。
城下町や、国全体の改善については一日二日で行き渡るわけがない。しかし、城内でもそれは同じこと。
なので、ガイウスも寮ひとつひとつに気を配っていたそうだ。
「ルチャルです。よろしくお願いします~」
「あいよ。さっそくで悪いんだが、あんたの技術を見せてもらえないかい?」
「あたしの基準でいいんですか?」
「もちろんさ。いきなり追い付こうとは思わないよ」
「わっかりました~」
では、と。シュスイを使ってロールパンをひとつ仕上げたのだが。
スピードが速いことから、どしんと構えていたサナも啞然とした表情をつくらせてしまった。本気を出していないのに、やり過ぎたかと思ったが……出来上がったパンを差し出せば、サナも我に返ってくれた。
「……これが、パンなのかい?」
「基本のパンのひとつで、ロールパンといいます」
「食べていいのかい?」
「はい。お願いします」
受け取ると匂いを嗅ぎ、すぐにちぎって口に入れてくれた。味の保証はしているものの、口に合うかどうかなんて人によりけり。
好みかどうかか少し気にはなったが、サナの口角が緩んでいくのに少しほっと出来た。
「やわらかい!! ほのかに甘くて香ばしいねぇ!? これが、本来のパンなのかい!!?」
「いえ。黒パンは黒パンで独自のパンですよ?」
「そうなのかい? あたしは酸っぱくて食べにくいと思っていたんだけど」
「シチューとは抜群の相性を保証します」
「シチュー?」
などと、鍛冶の方でも伝えたレシピで、今度はシチューを作っていく。これについては、牛乳を使うのを驚かれた以外は少し感心している様子だった。
「こんな感じです」
「結構とろみのある汁物なんだねぇ?」
「黒パンと食べてみてくれませんか?」
「ああ。……こりゃ、美味いねぇ!!?」
今まで少し苦手にしていたパンの食べ方。
それをひとつ知れただけでも、喜びの感情を露わにしてくれたのは嬉しい。
しかししかし、これはまだ序の口だ。ここからもまた、最初の苦難をスタートせざるを得ないのだから。
「……見えた?」
「見えた見えた。料理長がいつも以上に笑ってる……」
「やっぱ、噂通り?」
「どんなパンだろ……」
隠れているようで悪いが、ルチャルの耳にもばっちりと隠れている人物たちの声が届いていた。
厨房の端からひょいと、顔を出してみれば……騎士寮のエクシスくらいの年代の男女が固まってこちらの様子を窺っていた。当然、目が合ったら彼らの態勢が崩れてその場にぐちゃぐちゃに倒れてしまった。
「おんや? あんたたち、仕事はどーしたんだい?」
サナは大して驚いていなかったので、この厨房にはよく来る人たちだというのはわかった。
多分、服装から見て、彼らは独身寮に籍がある文官たちのだろう。せっかくだから、彼らにも出来立てのパンとシチューを味見してもらうことになった。
次回は土曜日〜




