第68話 師の日常は
ルチャルたちの師である、リーシャ=コルク=アルフガーノ。
齢三十代にして、アルフガーノ伯爵夫人を務めながらも、職人たちの養育機関を全面的にサポートしている稀代の職人とも言われている。
祖であり、実母のチャロナにはまだまだ劣ると口にするが。幼い頃から、異能を開花させただけでなく、他者へ付与させることが可能になったのはここ十年程度。
普段は養育機関の執務室にて執務をしているが、たまには息抜きもしなくてはと、厨房に立つこともある。
今日は、そんな日だった。
「……揚げパン。ううん、焼きカレーパンがいいわね」
母との大事な思いででもある『カレーパン』。そのアレンジは自分なりに色々試したが、油で揚げなくても美味しいと感じたのが『焼きカレーパン』。違いはパン粉をまぶしても窯で焼き上げることが出来るのである。
『みゅ。ご主人様、今日は焼くんでしゅか?』
リーシャの契約精霊であるミアは、母のロティのように成長して美しくなっていた。婚姻の相手が見つかったからだ。その相手は、リーシャの夫のセシルが契約した精霊。勇ましい馬の姿も持つ男性体の彼だ。
「ええ、そうね。すぐ下の弟子たちともいっしょに作るって誘ってくれる? カレーは仕込みに時間がかかるもの」
『みゅ。伝えてきましゅ』
ミアが部屋を出て行ってから、もう一度卓上に置いたままの手紙をちらっと見た。ひとつには、ゼストリア公国に滞在しているルチャルのものもある。内容は、『要修行ばかり』と簡潔に書かれていたが、リーシャとしてはあの子らしいと思うしかない。
「一番職人としては腕が良くて、一番スパルタな子が過酷な土地に出向いたのね?」
幼くとも、リーシャが『筆頭』と認めた職人。
本人はその称号を受けても、まだまだ足りないと自分なりに修行を重ねていたのも数か月前のことだと言うのに……今頃、どんな手法で彼の国に指導をしているのか。
もう少し詳しい近況を聞きたいところだが、精霊を通じての水鏡もしないからとても忙しいのだろう。
「それだけなら……いいのだけれど」
欠点と言えば、まだ肉体は幼いから燃費が悪い。
そして、疲れ具合によって、寝起きの度合いも違う。
このふたつを受け入れてくれているのであれば、公国はルチャルを歓迎してくれているのだろう。公主と対面したことはないが、リーシャよりまだだいぶ若いとしか知らない。
【枯渇の悪食】の影響がまだ色濃く残っている地域だと噂もされているが、ルチャルのことだから……それを見越して出向いたのか。あの子が関わっているのなら、大丈夫だと思うしかない。
ミアが弟子のひとりを呼んできてくれたので、リーシャも作業着に着替えてから厨房に向かった。息抜きとは言え、まだまだ弟子たちには負けないためのパンづくりを披露するために。
そして、ひとつのパン作りがどれだけ困難で味がピカイチになるかを改めて教えるためにも。
それぞれの契約精霊に、変換を依頼して、まずはカレー用の野菜を刻むところから始めた。
次回は木曜日〜




