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パン職人の弟子の弟子。スローライフの旅へ出発  作者: 櫛田こころ


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第53話 アピールポイントがない

 ザイルはなにをしてやればいいのか、まったくと言っていいくらいわからないでいた。


 騎士らの稽古については、すぐに改善点が浮かぶので問題ないのだが。


 自身のこと、もとい、想い人の『ルチャル』についてはさっぱり不明だ。幼馴染のシュートが休暇を言い渡さなければ、まともに休まないくらいの働き者だというのは改めてわかった程度。



「……余裕だな、ザイル」

「そうか? よっ、と」



 今の稽古の相手は、幼馴染だがこの国の公主でもあるガイウス。


 よそ見しているつもりはないが、頭では別のことを考えていたのは本当。


 気にかけてくれないわけではないが、振り向いてはくれない幼い子ども。


 ルチャルへ、どうアピールしたらいいのか。まともに恋愛してこなかったため、さっぱりわからないのだ。


 模造剣を片手で繰り出してはいても、本気でないのがバレているのかで『カンコン』と乾いた音がなるだけだった。



「……どうせ、ルチャルのことだろう? 認めたら、わかりやすくなったな?」

「……うっせ。脈無し思われてんだから、焦ったりするだろ?」

「大人びていても、まだ十の子どもで初恋もはやくないか?」

「相手が俺だったら~」

「……そこは、頑張れ」



 剣戟の音が大きくなり、周囲に聞こえてはいないだろうが。団長と副団長クラスには、相談ごとついでの訓練はバレているだろう。実際、終ってからシュートには軽く小突かれた。



「公式稽古じゃないからって、駄弁ってんなよ……」

「ガイウスが仕事中だとできねぇだろ?」

「まあ、私もこういった場くらいでしか無理だな」

「下手すりゃ大勢で聞いているようなもんだぜ? ……団長とかにしかバレていねぇが」



 もうひとりの副団長のフェルナンは私用かなにかで参加はしていない。ガイウスが訓練場にいるのだから、別件で仕事か何かをしているのか。気にはなるが、別に深くはつっこまない。ザイルは古なじみではあっても部外者に変わりないからだ。



「おや、ザイルと公主様の稽古でしたか」



 とかなんとか騒いでいたら、そのフェルナンが戻ってきていた。訓練に参加するのかで、軽装ではいたが。



「よぉ。どこ行ってたんだ?」

「少し、食堂へ。ルチャルさんが起きていらっしゃいましたよ?」

「……こんな時間まで?」

「燃費の悪い体質上、仕方ないらしいと。ご飯もたくさんおかわりされていました」



 一瞬、殺気のようなものが湧き出そうになった。


 だがそれを察知した、両隣にいた幼馴染に頭を押さえらえたことで自覚できた。どうしようもない恋慕の情は、こんなにもふくらんでいたということに。


 一応成人してそこそこの年齢の男が、片想いでこんなこじれた感情を湧き出すとは思わなかった。それだけ、本気だと言うのも改めて自覚は出来たのだが。



「んじゃ、ま。ちゃんと休めてるってことか?」

「料理長たちのパンも食べていましたが、それなりに酷評を述べるくらいの元気ではいらっしゃいましたよ?」

「そこまで厳しいのか? 私も口にするが……普通に美味しいと思うが」

「高望みというより、基準が高いのでしょう。彼女の師と祖の作る方がもっと上だと言ってましたから」



 セルディアスの要とも言える、彼女の師たち。


 一度会ってみたいと思うが、どんな相手なのか。


 ルチャルのように、幼くともあんなに擦れてない逸材を輩出するのだから……各地に向かっているという兄弟弟子らも期待が高まる。


 そんな会話を、ゼストリアに来るまでしてきたが。あのときはこんな感情は生まれなかった。ただただ、短くとも楽しい旅だと思えるだけで。


 こんな、苦しい感情を持つなんて想像してなかった。


 だが、完全に辛いわけではなく……ほのかに、甘い感情も得た。それが、恋というモノだと認識してしまえば、完全な辛さにはならなかった。

次回は木曜日〜

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