第52話 祖と敬われる存在は
ルチャルが、日々精進を改めて決意している一方。
セルディアス王国の公爵家では、ひとりの女性が鼻歌まじりで調理をしているところだった。
「母上、こちらにいらっしゃいましたか?」
その女性を母と呼んだのは、現在当主のディオス公爵。若い頃の父親に似た華やかな顔立ちに、母とそっくりの髪色をしているのが特徴的だ。
「あら、ディオス? お父様がお呼び?」
「ええ。母上のパンは出来上がっているかそわそわしていらっしゃいます」
「相変わらずねぇ? もうすぐ出来上がるわよ」
「今日は何のパンを?」
「気分的にカスタードが作りたくなったから、クリームパンにしたわ」
「やった! ……失礼。公爵になった者がはしゃぐなど」
「あら? お父様だってお若い頃はそんな感じだったわ。貴方も子の親だからって関係ないわよ?」
「……そうでしょうか?」
「むしろ、うちのお兄さんの方が国王とか関係なく……忍び込んでいそうね?」
「……伯父上」
しかし、公務のため、さっさと仕事しろとかで窘められているのか……今日は特に転移の魔法で飛んできたりはしていない。
それよりも早く、待ちわびている自分の夫やほかの友人たちのために持って行こうと準備を進めた。
チャロナ=マンシェリー=ローザリオン。
現在最高位の職人の地位を持ち、元王女殿下と元公爵夫人。
今は、職人たちの育成については娘のリーシャに一任しているものの、こうして趣味ついでにパンの製造をしていることは変わりない。まだ五十手前なので、元気いっぱいのおばさんとしてのんびり生活をしているのだ。
「チーちゃぁん~、やほ~~」
外見はナイスミドルな男性だが、口調はオネエ。
彼は少し特殊な事情を持っているが、れっきとした男性で元冒険者。彼らには憧れの存在でもあるらしいが、普段は普段。
息子に伯爵の地位を継がせているので、基本はのんびりおじさんとして生活してる。
今日はチャロナたちの友人の集まりに参加することで、久しぶりに来訪してきたのだ。
「いらっしゃい。今日はクリームパンよ~」
「やった! チーちゃんのクリームパン絶品なのよねぇ?」
「……クリームパン」
「その顔で、よだれ出さないの。カイル」
「……しかし」
「はは。僕らもご相伴にあずかれるんだから、ちょっと気持ちはわかるかも」
「レクターさん、最近調子はどうですか?」
「大丈夫だよ? ちょっと風邪気味なときが多いだけ」
「医者の不用心とか言うんだから。宮廷医師にでも検診してもらったら?」
「そうだね……リーンにも心配させてるから、そうするよ」
弟子、孫弟子らが使命を果たす傍ら、彼らは彼らで表舞台からは降りているのだ。
出来ることは、皆に心配をかけずに生きていくこと。
かつての英雄譚の影は、今はもうない。自分たちの役割はきちんと果たしたのだから、今はサポートするくらいでちょうどいい。
チャロナはそう思えるくらい、娘たちやルチャルたち孫の世代を信じているからだ。
次回は火曜日〜




