第37話 公主はあれが食べたい
ガイウスは少しそわそわしていた。
ゼストリア公国の公主として、今日も一日執務をこなさなくてはいけないのだが。
ここ最近の出来事のおかげで、彼にも新たな楽しみが出来たのだ。そのきっかけはひとりの幼い少女。セルディアス王国から使者として来訪した職人の職業を持つ重要人物だ。
外見は物凄く幼いが、大人顔負けの頭の回転力に職人としての技能は目を見張るもの。作り出すパンはどれもが絶品揃い。城の者と同じ食事をすると公主として決まっている彼には、食堂と同じものが食卓に並ぶ。つまり、部下らと同じものが食べられるのだ。必然的に、ルチャルの作るパンも食べられる。
それに、彼女は気遣い上手で、わざわざ公主のおやつのことまで考えてくれるのだ。そのパンも美味過ぎて彼の心と腹をこれでもかと掴んでいる。
それくらい、朝食から『パン』を楽しみにする日が来るとは思ってもみなかった。昔から食べていた酸っぱくて固いパンの食べ方も改めて教えてもらえるくらい、ルチャルの知識は豊富過ぎて尊敬してしまう。なのに、当人は弟子のひとりとして特に何もしてないと言うばかり。
謙遜にしても、自信があるのはパンの技術だけらしい。それもまた、彼女らしいと接するたびに思うのだ。
「ルチャル、今日も……また、君のてがけた『おやつ』が食べたい」
素の意見を言い出すくらい、ガイウスは己の欲望に忠実になってしまっていた。これには、幼馴染みの騎士と冒険者が大口を開けて驚くくらい。
「おやつですか?」
「出来れば、今日まで食べたもの以外がいいんだ」
「なんでもいいんです? 甘いのかしょっぱいのとか」
「そこまで聞いてくれるのか?」
「もちろんですよ」
頼み込んだのはこちらなのに、さらにリクエストを聞いてくれるやさしさ。幼いのに、本当に気配り上手な少女だとますます感心してしまう。
「……それなら、甘い物がいい。あんこも美味かった」
「あんこでも大丈夫、ですね。また少し考えてみます」
「頼む」
「……おいおい。ルチャルに懸想してるつもりじゃねぇよな? ガイウス」
「は?」
ザイルが戯言のような発言をしたのだが、目が半分以上本気の様子なので……まさか、と思ったのはガイウスも同じだ。どうやら、ザイルは無意識のうちにルチャルを『好んで』いるようだ。本人はただ『必要以上に気に入っている』だけのつもりでいるが、シュートもため息をついているからほぼ間違いない。
とはいえ、面白おかしく返答するつもりは毛頭ないから、違うと首を振った。
「公主様があたしなんかに? あたし、子どもだよ? ザイル」
そして注目されているルチャルはけらけらと笑って、一蹴する始末。これに便乗するようにしてガイウスも何度も頷いたが、ザイルはまだあまり納得してないようだった。無意識は面倒だな、とガイウスは逆に幼馴染みが心配になってきた。
「そういう発言をすると、お前も勘違いされるぞ?」
「は? 俺ぁ、別に」
「九か十の差? まあ、ルチャルが年頃になると取り合いっことかありそうだな? 俺らが三十になる前か?」
「その頃には、さすがに私は結婚させられてそうだな?」
「俺もかみさんとかいそうだな?」
「……おーまーえーらぁあ!! からかうな!!」
からかっているつもりは毛頭ないのだが。今まで、冒険者稼業にのめり込み過ぎていた、幼馴染みの遅い春を少しばかり心配してのやり取りでしかない。
とりあえず、ルチャルにはおやつのパンを頼めたのでガイウスはそれだけで執務に打ち込めると張り切れただけだった。
次回は火曜日〜




