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チャプター 15:「女王」

チャプター 15:「女王」





 スタジオへ入った久人は、アロイのメンバーを見回した。彼の背後で、防音扉のハンド

ルが閉まる音がする。

 気配に気がつき立ち上がったのは、既にギターを担ぎ、アンプの電源を入れた魅音。

 左手では、スツールに座っていたエリカが立ち上がり、久人の姿を認めると、柚姫へと

近づいた。

 その柚姫は、ドラムセットに就いたまま、目を閉じ、瞑想するように身体を落ち着けて

いる。

 誰も口を開こうとしなかった。

 既に行う事は決まっており、久人はただ、魅音に指し示された椅子へ向かい、腰掛ける。

そして、エリカが取り出したものを見た久人は目を見開いた。

 それは、エナメルのように輝くレザーヘルメット。近代的なシルエットとは無縁の、ま

るで女将軍が被るバシネットのようなものだった。ただし、内側にはファーが貼られてお

り、また、小柄なエリカが軽々と持ち上げている事からかなり軽量である事が窺える。

 何より、久人が驚いたのはその形状である。エリカが柚姫へ被せたそれは、鼻腔から上

が完全に隠れている(・・・・・・・・・・・・・・)。言うまでもなく、ドラム奏者で

ある柚姫の視界は全く無い。また、柚姫の耳まで覆われている事から、耳当ての効果まで

狙って設計されている。しかし。それを被る寸前にイヤモニターのケーブルが見えた事か

ら、他のプレイヤーが発する音は聞こえる様子。

 久人は困惑していた。手元で殆どの操作が可能なギターやベースでさえ、完全に指板を

見ず弾く事は至難。また、部分的ではあるものの、音響的に空間を把握する為の重要な要

素である聴覚まで捨てている。

 ドラム奏者にあるまじき姿。

 久人が戸惑っている間に、ヘルメットを固定するいくつかのベルトを留めたエリカが、

柚姫の耳元で何かを囁いた。

 そして、柚姫が頷くと、それを認めた魅音がエリカとアイコンタクトを取った後、久人

へ向き直り、ピックを振り下ろす。

 演奏が始まる。

 それは何度も聴いた、妹のジューシーなディストーションサウンド。閑葉が居ない事か

ら音量的に厳しい筈の魅音のギターは、久人の耳を打ち、震え上がらせた。

 続いて、イントロから魅音の威嚇・・で硬直した久人へ、ベースの低音がぶつけら

れた。しかしそれは、暴れ狂う魅音の音を宥めるように絡み付く。低音楽器である事から、

高音成分が出ないと思われがちなエレクトリックベースだが、その実、エレクトリックギ

ターと凡そ同じ。縁の下の力持ち、などと形容されるのは、ベースの支配率が高いことの

裏付けであると言える。

 エリカによって纏められる音。

 そこへ、ドラムが合流する。

 打ち鳴らされるシンバルから、怒涛のバスセクションがスタート。テンポは早くないが

十六分音符で鳴らされるそれは、秒速八発以上。両足で地鳴りのように打たれるバスドラ

ムと、それらに乗せられる数々のビート。

 機械のように精密でいて、何故か叙情的に聞こえてしまう不思議な音。

 久人は柚姫のドラムを聞いた瞬間、彼女の姿が指揮官に見えていた。

 絶対的な支配を表すかのような無数のビート。拍の表と裏を丁寧に叩き分ける彼女のド

ラムは、敏腕指揮官の指示のようだった。

 そして、陸上から、その火力を以って攻撃対象をなぎ倒してゆく機甲師団のような魅音

のギター。

 それらを中継し、フロントエンドとバックエンドを繋ぐ参謀のようなエリカ。

 久人は、今まで欠けていたピースが、当たり前のように嵌まり込む気持ちよさを感じた。

 そして、一曲目の余韻を残さず直ぐに次の曲が始まる。めまぐるしく、怒涛の演奏が、

久人の心を走り抜ける。

 魅音が最後の音を発すると、久人は跳ねるように立ち上がり、手の痛みを無視して全力

で拍手を送る。

 魅音のギター。

 エリカのベース。

 柚姫のドラム。

 誰が欠けても成し得ない、最高の演奏だった。

 興奮し、何を口にして良いか混乱していた久人だが、鼻息を荒げ、心中を吐露する。

「すげえ…………すげえよ! クソッ! 何だよこれ! もう、何なんだよ…………」

 久人の様子を見たエリカと魅音は、その日初めて、険しい視線を和らげた。

「藤堂さん!」

 エリカの助けを借りヘルメットを脱いだ柚姫は、突然発せられた久人の声に身を強張ら

せた。

 柚姫を含め、アロイの三人が久人の二の句へ注目する。

「本当に…………本当にゴメン! 俺、全然わかってなかったよ。藤堂さんが、こんなに

凄い演奏するなんて。ずっと疑ってた自分が恥ずかしい」

 久人は自分の額を何度も掌で打った。そして、表情を引き締めた久人の真摯な視線が、

柚姫へ向けられる。

「改めて。アロイのドラムを叩いてください。お願いします」

 深々と頭を下げる久人に、柚姫は困惑した様子で視線を漂わせる。

 二人が黙り込んだ事で奇妙な雰囲気がスタジオ内へ充満するが、それは直ぐに収束した。

「ハア? 何、今更当たり前の事言ってるのよ。私達の音を乗せられるドラマーが、柚姫

以外に居る筈ないじゃない。バッカじゃないの?」

 辛らつなエリカの台詞にも、久人は怒りを感じなかった。照れた様子で、自分の頬を撫

でる。

「ああ、本当にな」

「な、何よ。気持ち悪いわね」

 素直に零す久人へ、エリカが歯に衣着せぬ言葉をぶつける。

 場の空気は自然に和んでいった。

「あれ? ねえ、柚姫ちゃん」

 微笑を溜め、状況を眺めていた魅音が、スタジオ内のライトが点滅している事に気がつ

き、柚姫へ声を掛ける。それは、スタジオの外から内部へ連絡を取る為の設備。誰かがや

ってきたのだろうと察したらしいエリカが、防音扉を開ける。

 入ってきたのは、柚姫の父だった。

「おじさま? どうしたんですか?」

「ああ、それがね?」

 早速聞きに来たのかと久人が身構えるも、東は戸惑った様子で背後の出入り口を見る。

 そこから顔を出したのは、参加してなかった閑葉だった。

「な、なんだ。閑ちゃんだったの。今日は練習来られないって――」

 魅音が気さくに話しかけるも、言い終えず、口が止まった。

 視線の先に立つ閑葉の目尻から、涙が伝い落ちる。表情に乏しい閑葉が、悲痛な顔で涙

を流していた。

 アロイの三人、久人が急いで駆け寄る。

「ど、どうしたの閑葉!」

 真っ先に声を掛けたのはエリカ。他の二人は泣き崩れる閑葉へ問おうとはせず、静かに

返答を待つ。

 震える吐息を落ち着け始めた閑葉が、目を伏せ、大粒の涙を零しながら呟いた。

「私の…………私のギターが」

 東を含め、その場に居た全員は、顔を見合わせた。





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