第六話 隣人
Dブロックに来てから五日経った。直哉の仕事は順調で親方からのウケも悪くなかった。
「俺は新入りだからって差別はしねぇ。ちゃあんと働いた分は払ってやる」
その言葉通り、特に不当な扱いもなく賃金も支払われた。
その反面、予想通りではあるが捜索活動のほうは長期戦になりそうだ。確率的には東側エリアのとりわけ歓楽街を探すほうが良いはずだ。何のツテもない女性のほとんどは体を売って生計をたてているからだ。しかしワグニの親心からか、先に西側から捜索を行っているとのことだった。
今日は鉱山の仕事が休みということで、直哉も一緒に捜索活動をすることになった。今日は西の七番地区を中心に捜索するとのことだった。丸四日捜索したにもかかわらず、直哉が住む九番地区と、その隣の八番地区の捜索が終わっただけであった。西地区だけで五十番地区まであるのだ。気が遠くなりそうだが、直哉にとっては何か目的がある、という事が生きる気力になって精神的には助かっていた。
「イブも連れて行ってみましょうか」
直哉は提案した。この先ずっと留守番という訳にも行かないだろう。少しずつテストを兼ねて外に連れ出しておきたかった。イブは学習機能があるらしいので、そのうち順応して完全な人として溶け込むことが出来るかもしれない。
家を不在にするのは少しためらわれたが、他の誰かが留守番として残っても、どのみち襲われれば逃げるしかない。それであれば、むしろ家に居ないほうが安全だという事になった。
四人で外に出ると、すぐに悲鳴が聞こえた。
見ると、隣の中年女性だった。直哉達の家が空き家だと教えてくれた人だ。
もう一人の男性に暴力を働かれているようだった。
「あれだけ金を使ってやったのに、あっさり他の男に走りやがって」
「よしてよ! あんたは恵美にも言い寄ってたじゃない。あたい知ってんだからね」
「うるせぇ。俺のおかげでノルマクリア出来てたくせに、偉そうにすんじゃねぇ」
男は拳で殴りつけた。
白昼堂々と道の真ん中での暴行である。しかし、誰も意に介した様子はない。ここでは日常的に起こっている出来事なのだろう。
「痛いわね、大体アンタのそういう所が嫌いだったのよ」
「へっ。客じゃ無くなったとたん、コロッと態度を変えやがって。おめぇらは這いつくばって俺に媚を売ってればいいんだよ」
男は更に殴る、蹴るの暴行を加え続ける。もはや女性の方はぐったりとしていて危険な状態だった。
比較的平和なブロックで育ってきた直哉にとっては無視できる光景ではなかった。
「イブ、あの女性を助けてくれないか?」
それを聞いたグレイト達は何か言いたげだった。おそらく、こんなのに毎回顔を突っ込んでたらキリがないぞといった感じか。しかし、特に制したりはしなかった。
「了解した」
イブはそう言うと男の元に歩き出し、おもむろに胸ぐらを掴んで吊し上げた。男はそれなりに大柄で、百キロに近いぐらいの体重だと思われる。その体を軽々と持ち上げたのだ。
きゃしゃな体つきをしている若い女性が大男を片手で持ち上げている。マシンだと知っている直哉でも、その不思議な光景に目を見張った。
「てめぇ何者だ」
男は言うが早いか銃を取り出すと引き金を引いた。乾いた音が響く。
直哉もこれには驚いた。いくらDブロックの住民でも、ここまで手が早いとは思ってもいなかったからだ。
「塀に隠れろっ」
ワグニが叫ぶと、グレイトがあたふたしている直哉を塀の裏側に引っ張って避難させてくれた。
「銃を下ろせ! こっちも容赦せんぞ」
ワグニが物陰からわずかに顔を出して銃口を男に向け、威嚇する。元警備員だけあって、さすがに銃の扱いは手馴れたもののようだ。
ところがその威嚇は無駄に終わった。
イブが男を地面に叩き付けたのだ。
「ぐおぅぅ」
相当に痛かったらしく悲痛なうめき声をあげる。
「ちくしょう、てめぇシーカーかよ」そう言うと、イブに向けて更に発砲した。今度は頭がはじけ飛んだ……ように見えたが実際には衝撃で頭がのけぞっただけだった。
「な、な、な……」
イブはパニックになっている男を再度掴みあげると、今度は真横に投げ飛ばした。軽く数メートル飛んだあと鈍い音とともに塀に叩き付けられた男は、そのまま動かなくなった。
「イブ! 大丈夫か?」
腹部と顔面に銃弾を受けたはずだ。マシンの体はこれほど頑丈なのか。
「ああ、キズは負ったが問題ない。修復可能なレベルだ。少し時間をくれ」
そう言って家に戻っていった。
腹部はよくわからなかったが、額には銃弾の跡があり出血していた。どう修復するのだろうか。
まあ大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。
男のほうはどうなったのだろうか。見るとグレイトが男の手足を縄で縛りあげていた。
「残念じゃが生きているようじゃ。ふぉっふぉっ。こやつの処置はどうしようかの」
「最低でも口止めしとかんとな。しかし、シーカーが居ると言い振らされれば厄介じゃな」
「うむ。……直哉、とりあえず彼女を診てやってくれんか」
隣人の女性はまだ倒れたままだったが、意識はあるようだ。直哉が近づくと怯えた表情を見せた。残念ながら、こちらにもイブの力を見られてしまっていたようだ。
「大丈夫ですか? ひどく殴られたように見えましたが」
「あ、あんたたち、一体なんなの……」
「ただの旅人ですよ。あなたに危害を及ぼすような事はしないので安心してください。それよりも、このブロックには病院のような場所はあるのでしょうか?もしよかったら、お連れしますが」
「いいんだよ、これくらいは。放っておけば治るからね。どうせお金もないし」
「そうですか……」
良く見ると他にも沢山の古傷が見えた。きっと何度もこういう目に遭ってきたんだろう。ウチで手当てしますよと申し出たが断られて、そのまま彼女の家に戻ってしまった。一応はイブの事を口外しないようにはお願いしておいたが。
「さて、コヤツの処置じゃが」
「危険な奴じゃな」
「ああ」
ここでは、このまま男を始末しても罪に問われることは無い。しかし一人の人間としてはためらいがある。基本的には今までは住民達は協力し合ってシーカーから身を守ってきたのだ。人間同士で殺しあうなんて理解ができなかった。このDブロックが特殊すぎるのだ。
「僕がやります。僕はこんな体ですから先は長くないでしょう。お二人が背負う必要はありません」
「何をゆうちょる。ワシらももう年じゃ。それを言うならワシらがやるべきじゃろう」
なかなか三人とも譲らなかった。
しばらく見合っていると、イブが家から出てきた。額のキズはずいぶんと目立たなくなっていた。
どうやって治したんだい?と聞くと、単に針と糸で縫っただけだと言った。人工皮膚ではあるが後は時間が経てば自然に治癒するらしい。
とんでもない体だな。
突然、グレイトが笑い出した。
「コヤツはこのまま逃がしてやろう」
え?と直哉が聞き返した。
「ワシら三人は、それぞれ理由は違うが既に死を受け入れた身じゃ。これ以上危険が増えたところでなーんも変わらん。じゃったらわざわざ他人を踏み台にしてまでこの世にしがみ付く事もないじゃろう」
確かにその通りだった。直哉は既に感染した身だ。いつ発症するか分からない。むしろ自分の存在のほうがDブロックにとって脅威と言える。
たとえ悪人だとしても無理に排除する理由はどこにもなかった。
意識を取り戻した男に十分に脅しを効かせて口止めをすると、縄を解いて開放した。




