第五話 Dブロック
直哉は困惑していた。
ワグニの話も含めて考えると、グレイトが入手した情報は正しいようだ。すなわち、ミユキはそもそも感染しておらず、検体に困った研究所が人体実験のために彼女を使ったのだ。外部の人間だからバレないと思ったのだろう。
何故あのとき引き返すという選択をしなかったのか。
それは、もしかすると助かるかもしれないという自分の希望のためだ。
結果的にミユキは巻き添えをくらった形になってしまった。
もし生きているなら何としても謝罪したかった。
そしてミユキは生きていた。いや、体の一部だけ生きていた。これでは謝罪もできない。この先、どうミユキと接していくべきか。
考えもまとまらない間に、車はDブロックに到着した。
グレイトが言うように、シティでくすねた高性能な銃器を門番に渡すと、検査もせずあっさりと通してくれた。
これはつまり、他にも感染者が多く入り込んでいるという事だ。当然発症するものが現れるはずだ。
「これだけ簡単に感染者が入り込めるのに、シーカー被害が出ないのは何故だろう」
「住民が見つけ次第排除するからじゃよ。ここの住民は皆、武装しちょる」
直哉の疑問にグレイトが答える。
「まぁシーカーに間違えられて殺害される事も良くあるようじゃが」
ワグニも補足する。
相当気をつけなければならない。
直哉は気を引き締めた。
とりあえず住処を決めなければならない。ワグニの娘を捜索するといっても写真がある訳でもない。名前は『カラヤ』といい、旧アジア系のルックスで三十五歳という情報はあるが、そんな人間は五万といる。
いや、五万はいないが、沢山いる。
ここDブロックはシティに匹敵するくらいの人間が住んでいる。一万人近くの中から見つけ出すには長期戦になるだろう。どうしても住処が必要だ。
ただ、ここでは規則なんてない。空いている場所であれば自由に住めば良いと門番から教えてもらったので、適当に移動しながら候補地を探すことにした。
いくつかのブロックを行き来した直哉だったが、Dブロックは初めてだった。シティにどことなく似ているようだが、建物は全て廃墟のように崩れかけており、人が住んで居るのかどうかも良く分からなかった。
「出来れば安全な場所がいいんだけど、ここでは難しいんだろうな」
直哉がつぶやくと、意外にもイブが教えてくれた。
「比較的治安が良いのは西側だ。川を挟んで東側はいわゆるスラム街となっている。西側も決して他のブロックに比べると良くは無いがな」
「ほほう、お嬢ちゃん良く知っとるな」
「シティのデータベースにあった情報だ。ここDブロックとシティは物資の貿易が盛んだからな。西側の鉱山でとれる資源をもとに武器類が作成されて、それをシティに輸出している。このDブロックの主たる収益源だ」
逆にシティからは薬や電子機器類などを輸入しているらしい。そういえばワグニの娘さんは、その貿易で行き来する車両に忍び込んでDブロックに逃げ込んだのではないかと言っていた。
「それならシティの追っ手がここまで来るかもしれんな。お嬢ちゃんが連れ戻されなければ良いが」
その可能性はある。
だがDブロックに逃げたというのはシティの連中も知らないはずだ。
発見されない事を祈るしかなかった。
イブの情報に従い西側のエリアに進む。
相変わらず廃墟のような建物が続くが、よく観察すると、所々に補強された跡があったり新しく廃棄されたらしきゴミがあったりと生活感がうかがえる。どうやらDブロックの人間は普段、あまり外を出歩かないらしい。
「ブロック内といえどもシーカーが徘徊する恐れが高い場所じゃからの。そうそう用事も無いのに外には出んじゃろう」
なるほど。ブロック内部とはいえ安心できない訳か。感染者が入り込んでも今まで壊滅せずにやってこれたのは、つまりそういう事だろう。緊張感が違うのだ。
しばらく進むと、人が住んでなさそうな手ごろな建物を見つけた。かなり傷んでいるようだから補強が大変だと思われるが贅沢は言っていられない。住む場所があるだけマシだ。囲いがあってシーカーが入り込むのに時間が稼げれば、他の住民が始末してくれるだろう。
協力し合うといえば聞こえがいいが、隣人を放置してシーカーが増えれば自分も危険になるからだ。
おそらく大丈夫だと思うが本当に空き家かどうか確認しておいた方がよいだろう。とりあえず隣の家らしき扉をノックしてみる。
何度かノックするが反応がない。見た感じ誰かが住んでいるようなんだが留守なのかもしれない。
仕方が無いので、反対側の隣家をノックする。
こちらも何度かノックをして暫く待つが誰も出てきてくれなかった。
と、諦めかけた時にようやく反応があった。
「誰だい?」
頭上からの声だ。見上げると、二階らしき場所の窓から顔が覗いている。
四十歳前半かもう少し上くらいの中年女性だ。髪の毛はパサついており、今まで寝てました的な雰囲気だった。
「申し訳ない。ワシら隣の家に住もうかと思うんじゃが、隣が空き家かどうかご存知かいの?」
グレイトが丁寧に話しかける。
まだこのブロックの勝手が良く分からないためか、慎重な話し方をしている。
女は一瞬しかめっ面をしたが、ここ最近は誰かが出入りするのは見てないよ、と教えてくれた。
そして「まぁ勝手に住めばいいんじゃない」と言って顔を引っ込めてしまった。
結構適当なんだ。これがDブロックなのか。
直哉は少し驚いたが、そういう世界なのだろう。慣れるしかない。今まで住んでいたEブロックでは、定期的に集会を開き、そこで新しい住民の紹介がされていた。住民はそれぞれ仕事が割り当てられ、皆で役割分担して助け合いながらブロックを運営していたのだ。グレイトの住んでいたGブロックも似たようなものと聞いていたが。
何はともあれ、空き家という事が確認できたのでここに住むことになった。
建物は見た目ほど痛んでおらず、少し手直しすれば十分に生活できるレベルになった。というか、イブの馬鹿力が非常に役に立った。何故か頼んだ事はやってくれるようだ。そういう風にプログラムされているのだろうか。
「シティから色々と持ってきたので当面は生活できると思うが、やはり何か食いぶちを探さんとな」
一通り作業が終わり、一服すると今後の話になった。
「イブは何か情報を持ってないか?」
困ったときのイブだ。
「Dブロックでは近くの鉱山から資源を集めて、武器を作ったり、資源のまま売り払ったりしているはずだ。鉱山労働者の数が不足気味らしいから、それに名乗りを上げれば良いだろう」
鉱山か。なかなか重労働になりそうだ。直哉はそれほどガタイが良いわけでもなく、お世辞にも肉体労働者向きとは言えないが、そもそもDブロックで簡単に仕事にありつけるなんて考えてなかった。多少体が悲鳴をあげようが生活できるのなら大歓迎だ。
「決まりだ。僕が鉱山に行くのでグレイトさんは、ワグニさんと一緒に捜索活動をお願いします」
「おいおい何を言うんじゃ。当然ワシも働くぞい」
「大丈夫ですよ。こう見えてもEブロックじゃあバリバリ力仕事をやってたんですからね。二人分稼ぎますよ」
丸っきり嘘だ。
しかし、捜索活動も重要だ。早く見つかれば、もしかすると今ある物資だけで足りるかもしれない。そう言ってグレイトを説得した。
「わたしはどうすればいいのだ?」
忘れていた。
イブはマシンであるが見た目は人間だ。それも若い女性だ。当然良からぬ輩が寄ってくるだろう。乱暴されるかもしれない。
そうすると、あの破壊力で返り討ちにするかもしれない。
それはマズイ。
イブにそう話し、家の中でじっとしているようお願いした。
逆に留守番として適任かもしれない。
考えてみれば直哉たちは車に乗ってやってきた。何人もの住民が見ているだろう。車は高級品だ。それなりの物資を持っていると思われるに違いない。いや、物資を持っていなくても車自体が略奪対象になりうる。強盗してくる輩は返り討ちにしてしかるべきだ。
翌朝、早速直哉はDブロックの西側出入り口に向かった。ここで鉱山労働者を集めて移動するらしい。日雇い労働のようなもので、あらかじめ連絡もいらないようだった。
驚いた事に、直哉より若い子供もいた。年齢を聞くと十二歳と言う。一年前に父母ともシーカー被害に遭い、一人で生活しているらしい。
「こいつはガキのくせに、意外と力があるんだぜ。負けんじゃねぇぞ、新入り」
と親方が笑った。
それを聞いて、他の男達も爆笑していた。
ギスギスした人ばかりでも無いようだ、このDブロックは。
◆
無事に一日の仕事を終えて戻るとグレイトが早速尋ねてきた。
「どうじゃ、仕事のほうは。やっていけそうか?」
作業は単純で、ハンマーで岩を砕き運搬するだけだった。運搬したあとは、また別の担当が石を区分したり精鉱するらしい。そちらの仕事ならグレイトにも出来るかもと思ったが、今のところは現場担当しか募集していないらしい。
「仕事は全然問題ないんですけどね、ちょっと心配事があります」
一日仕事をして、直哉はある違和感を感じていた。
できれば話したくないが、生活を共にしている仲間を危険に晒してまで隠すことはできない。
気は進まないが打ち明ける事にした。
「実は力仕事はそんなに得意なほうじゃないんです……。なのに今日一日働いてみたところ、驚くほど体が軽いんですよ。渡されたハンマーも今までなら振り上げるだけで精一杯のような大きな道具だったのに、それを何度も振り下ろして岩を砕いたのに殆ど体の疲れもなくて」
原因として思い当たることは一つしかない。
「つまり、発症が近いかもしれんと?」
グレイトが代弁してくれた。
「はい。おそらく体が徐々にゾンビ化しているのでしょう。それに伴ってパワーが増大しているのだと思います」
シーカーは人の数倍のパワーを持つ。原因と思われるウイルスに感染すると、筋力が異常に発達するとかの研究結果が出ていると聞いた事がある。が、研究なんぞしなくても、シーカーに襲われた経験を持つものならば誰でも知っている。
やつらはまるで紙でも引き裂くかのように人間の体を素手で簡単に壊してしまう。
直哉は、自分の体がそれに近づいているのを実感していた。果たして、あと何日生きる事ができるのだろうか。今までは感染していると分かっていても実感がなかった分、恐怖は無かった。しかしこれからは違う。徐々に変貌していく自分の体を、いつまで正気を保ってコントロールできるのか不安で仕方がなかった。
「あまり考え込まん事じゃな。たとえ感染してなくても、今の世は常に死と隣あわせじゃ。明日シーカーに喰われるやもしれん。十個あった危険要素が十一個になったくらいじゃと思えばよい」
かなり適当な励ましである。
しかし若干気持ちが軽くなった気がしないでもない。
「もし発症してしまったら……そのときは処置をお願いしますね」




