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第四話 イブ

 グリーンマンの怒りは頂点に達しているようだった。そして、その怒りの矛先はサエキに向けられていた。


 おそらく今から始まる緊急の幹部会議で、防衛主任であるグリーンマンは責任を問われることだろう。しかも以前から指摘をされていたことだ。扉は原始的な金属製の鍵で開くものではなく、電子ロックにするべきだとか、入退出の記録をコンピューターで行うべきだとか。


 しかし世界が崩壊した今、電子機器は非常に高価なものだった。それを理由にセキュリティ部分はおざなりにされていたのが現状だ。そもそもシーカーが徘徊する世界で、果たしてセキュリティが必要なのだろうか。


シティで罪を犯せば外部に追放されてしまう。このシティという比較的安全なエリアで生活する人々にとって、外部に放り出されるというのは死刑に近い仕打ちだった。とても安易な理由で罪を犯そうとする人間は居ないだろう。


 サエキがグリーンマンの立場だったとしても、きっと対策をとらなかったに違いない。


「貴様、わざとだな? 俺を失脚させようとしてこんな事をしやがって」


 しかしその言葉でグリーンマンに対する同情の想いは完全に消滅してしまった。


「主任、私はこの研究に命を懸けています。助手の和人だってそうです。特にここ半年は、このセカンドプロジェクト……いえ、もはやファーストプロジェクトと言っても過言ではないでしょう。ようやく我々に希望が見えてきた所なのです。イブを失くした事は他の誰よりも残念でなりません」


 サエキの迫力に押されたのか、グリーンマンはそれ以上暴言を吐くことはせず、幹部会議にはお前も出席するんだと言い残して去っていった。


「和人、昨日の夜は確かにヒューマンモードにしていたのだな?」

「はい博士。最近は、夜間はヒューマンモードである程度自由に生活させるようにしていました」

「うむ。研究モードだと外に出たとたん、シーカーの餌食だからな。不幸中の幸いということか」


 研究モードだと基本的に命令しなければ体を動かさないようにしているため、シーカーに襲われても防御できないだろう。ヒューマンモードであれば、身を守るために頭に埋め込まれたチップが適切な判断を行うため、シティ外部に出ても生き延びることは十分に可能だった。


 しかし、それが幸か不幸かは現段階ではサエキにも分からなかった。


 緊急で開かれた幹部会議では、出だしはグリーンマンが叩かれたものの、話題はイブの外部への影響に終始した。


「確認しましたところ現在ヒューマンモードに設定されているため、たとえ連れ出した警備員が外部でシーカーの餌食になったとしてもイブだけは生き残ることが出来ると考えられます。しかしながら、自由に行動可能なイブが警備員に従って外部に出たということは、何らかの洗脳が行われた可能性があります。自発的にシティに戻ってくる可能性は少ないでしょう」


「マシンなのに洗脳ができるのかね?」


「ええ、人間の洗脳とは異なりますが。合理的に、たとえば研究所が悪人に乗っ取られてイブの身が危険だから脱出する、などの理由を上手く作れば従う可能性があります」


 サエキはその他に、エネルギー源がミュー鉱石のためあと数年は稼動が可能なことや、高性能チップを利用しているため、ある程度人間とコミュニケーションが可能なことも説明した。


「それでは他の人間に混ざって生活することもできるのかね?」

「ある程度は可能と思われますが、やはり人工知能であるため限界があるでしょう。しかし、更に大きな問題点があります」

「何だ」

「ベースは人間の皮膚や細胞を元にしていますが、あくまでマシンです。骨格や駆動部分にはかなり強力な金属の部品を利用しており、人間の数倍のパワーがあります。研究が完成し、日常的に生活する際にはパワーセーブ機能を搭載する予定だったのですが」


 どこかのブロックに辿り着き、人間ではないことが発覚した場合はどうなることだろうか。もし、イブを武力で排除しようとした場合、おそらく身を守るために応戦するだろう。これだけのパワーである。通常の人間なんて紙くずのようにひねり潰されるだろう。


 回収に向かうべきです、とサエキは進言した。

 しかしシティにも余裕がある訳ではなかった。回収に向かうなら当然、それなりの装備と人員が必要だ。シーカー対策でほぼ手一杯の状況であることは承知していたので、サエキもそれ以上何も言わなかった。


          ◆


 イブ達が乗った車の行く手を遮るように大量のシーカーが現れた。


「数が多すぎる」

「ああ、しかし北側のルートはもっと酷いはずじゃ」

「仕方が無い、ここは迎え撃つかの。あまり使いたくはなかったが、シティでかっぱらった銃と弾丸じゃ。できるだけ無駄弾は使わんように仕留めてくれい」


 六十歳はそう言うと銃を他の二人に渡そうとした。

 しかし直哉は斧で戦うと言った。


「銃はお二人で使ってください。僕は既に感染した身です。コレで十分です」

 そう言って飛び出した。


「気をつけるんじゃよ。お前さんもそれ以上傷を受けたら発症が早まってしまうぞい」

「ではワグニさんよ、あんたには右側を頼むかの。ワシは左をやる」

「あいわかった」


 イブはしばらく状況を見ていたが、やはり相手の数におされ気味なのは明白だった。身を守るためには自分も参加する必要がありそうだ。

 車を降りると前方で斧をふるっている直哉のもとに向かった。後ろから二人の爺さんが戻れと叫んでいるが無視だ。


「ミユキ、危ないぞ!戻れ」

 直哉も叫んでくるが、イブは叫び返す。

「黙れ。わたしの事よりシーカーの殲滅に注力しろ。ほら、二体近づいているぞ」

 そういうと、イブは直哉に近づいてきた二体の頭を手刀で叩き割った。頭を割られたシーカーはもちろんその場で動かなくなった。


「ほら、ぼさっとするな。こちらもきているぞ」

更に一体のシーカーをとび蹴りで葬り去ると、直哉と背中合わせになって前方のシーカーに集中するよう命じた。とりあえず背後から掴まれない限り何とかなるだろう。


 グレイト達の援護もあり、およそ百体以上のシーカーは次々と倒れていった。

 比較的、道幅が狭かったのも幸いしたようだ。一度に相手をしなければならないシーカーの数が少なくて済むからだ。


「君は本当にミユキなのか?」


 全てのシーカーを排除して車に戻ると直哉が尋ねてきた。


「わたしの名はイブだ。でも四ヶ月以上前の記憶が無いので、あなたたちの言うとおりミユキなのかもしれない。仮にそうだったとしても、既に体のほとんどはマシン化されている。脳にもチップが埋め込まれていて、わたしは単なる人工知能だ。人間ではない」


 つまり物質としてミユキの一部は残っているかもしれないし、各々の細胞自体も生きてはいるが、人間としてのミユキは死亡したも同然だ。イブはそう言った。


「なんてこった」

 六十歳が頭を抱える。名をグレイトと言っていた。直哉と一緒にシティを訪ねてきた人物だ。

 この者たちは、ミユキという人間の仲間だったのだろう。仲間の死というのは人間にとって悲しい出来事だ。また人間とは死亡した人の体を丁重に扱う生き物だ。イブの体に乱暴を働くという事もなさそうだった。


 しかし、この者達が言うような研究所が危険という話も信憑性がなくなった。ミユキという人間にとっては危険だったのだろうが、イブは単なる研究対象として作成されたものだ。それを研究所がわざわざ壊すという事はないだろう。


 イブは皆にそう伝えると、シティに戻るよう依頼した。


「ノーと言うのであれば、ここで降ろしてくれ。わたしは歩いて戻ることにする」


 そう言って飛び降りようとしたイブを直哉が引きとめた。

「ま、待ってくれ。君はミユキではないかもしれないが、体の一部はミユキなんだ。細胞も生きていると言ったよな。もう少し一緒にいてくれないか」


 徒歩で引き返すにしても、何百ものシーカーに囲まれたらどうするのだ、と彼らは指摘する。

 確かにその可能性はゼロではない。先ほどは大量に銃を使用したため、シーカーが集まってくる可能性も高い。計算結果では二十七パーセントの確率でシーカーの群れに出くわすと出た。


「わかった。ところでわたし達は何処に向かっているのだ?」


「Dブロックだ」


 ワグニが運転席から答える。

Dブロックの情報もイブのメモリにはインプットされていた。非常に危険な場所だ。暴力が支配し、住民は自らの身を自らの力で守りながら生活をしなければならない。女性の多くは娼婦として稼いだお金でボディーガードを雇いながら生活するか、力のある人間に保護されながら生活していた。


「何故そんな危険な場所に行く?」


「ワシの娘が居るかもしれんからじゃ」


 ワグニの娘は五年前に感染の疑惑を掛けられた。シティで検体にされる事を恐れ、Dブロックに逃げ込んだという。ワグニはそうとは知らず、研究所の警備員となり娘を探し続けていたそうだ。


「Dブロックに逃げたというのを知ったのは最近じゃ。じゃがワシ一人の力じゃどうする事もできんかっての。そんなときにあんた達が現れたんじゃ」


 ひょんな事からグレイトと仲良くなったワグニは、Dブロックで娘を探す手助けをする事を条件にグレイトの逃走に手を貸すことになったらしい。無論、もう後戻りは出来ない。シティに戻ればたちまち罪人として捕まってしまうだろう。


 全てを捨ててDブロックへ行くようだ。


「ワシらにとっても、ある意味、渡りに船なのかもしれん」

 グレイトが言った。

「実は直哉が感染していての。他のブロックには間違いなく入れてもらえんじゃろう。Dブロックなら賄賂を渡せばいくらでも入ることができるからの」


 イブは直哉の情報も保持していた。半年前から研究所で治療のための研究として数多くの抗ウイルス薬を投与され続けて居る。成果はほとんど無いことも知っていた。


「グレイトさんは感染してないんだから、娘さんが無事見つかったらGブロックに戻ってくださいよ」

「ふぉっふぉっふぉっ。何を言うか。もうお前さん達と一緒でええよ。戻ってまたリーダーにされたらかなわんわい」

「あんた、リーダーだったのかい?」

 ワグニが驚いて声をあげる。

「ああ、シティに行くときにちゃんと若いやつに引き継いできたから大丈夫じゃよ。今は肩の荷が降りて自由を満喫しとるぞい」


 そう言ってグレイトは大声で笑った。


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