第七話 二十八番地区
その後も直哉は順調に仕事をこなし、ワグニ達は相変わらず捜索を続ける日々が続いた。イブも一緒に出かけ、時には人間とコミュニケーションもとった。時折不審に思われる事もあったが、今のところは何とか人間としてやっていけてるようだ。
今日も直哉の仕事が休みの日だったため、四人で捜索活動を行っていた。今日は二十七番地区だ。
いつもの通り片っ端から住居を訪ね、護身用としての銃器の売込みを行う。価格は非常に高く設定しておいたため、めったな事で売れることはなかったが、それで良かった。
とにかく住民の顔を見て話をするのが目的なのだから。会話に応じてくれる人がいれば、『カラヤ』という旧アジア系の女性を知らないか、と聞き込みのような事もやる。
とても荒い方法ではある。
やらないよりマシ、というレベルだ。
捜索を開始して一時間程経ったとき、辺りが騒がしくなった。
逃げろ、シーカーだ、等の言葉が遠くで聞こえる。
住民達は素早く異常を察知して、皆住居に逃げ込んだ。まるで災害が発生する直前の小動物達のようだった。
「発症者が出たぞ! 隣の二十八番地区だ。戦える者は武器を持ってすぐに参戦してくれ。他は念のため住居に篭るんだ。急げっ。既に大勢やられたらしいぞ!」
二十七番地区と二十八番地区は隣り合っており、特に仕切られているわけでもなかった。つまり、すぐさまシーカーを排除しないとここも危険という事だ。
数人の住民達が武器を持ち、二十八番地区の方へ向かっていく。
「どうしましょう。僕らも参戦しますか?」
「そうじゃな。ワシらの家から離れておるが、あまりにも被害が大きくなると収集がつかんからな」
銃は常に携帯していたので大丈夫だ。直哉はどちらかというと、銃より鈍器のほうがよかったが今は持っていなかった。イブは素手だが全く問題ないだろう。
二十八番地区まで行くと、思ったよりも被害が大きいようだった。まるでブロックの外かと思えるほどシーカーが彷徨っていた。
しかし住民達は怯んだ様子もなく、次々とシーカーを排除していく。
さすがDブロックの住民だ。
グレイト達も遠距離から銃でサポートする。特にワグニの腕前は素晴らしかった。数十メートル離れている距離でも、きっちりとシーカーの頭を打ち抜いていた。
二人が打ち漏らして距離を詰めたシーカーがいれば、それを近距離で迎え撃つべく直哉とイブは陣取ったが、全くと言っていいほど近寄られる事はなかった。
「直哉、左手の一角が手薄じゃ。イブと共に向かってくれんか」
「オーケー」
細い路地裏から時折数体のシーカーが現れる。きっとその向こう側に何体か潜んでいるのだろう。路地裏は建物に挟まれて道が狭くなっている、広範囲から襲われる心配はなさそうだった。前方だけに注意していれば良い。ワグニ達がいるから、背後から襲われる事もないはずだ。
銃の腕前が今一つな直哉であっても大丈夫だろう。
少し危険だが、十分に近づいてから慎重に一体ずつ仕留めていく。
しばらく道に沿って進むと十字路に到着した。
「ここまでにしておいた方がよさそうだな。一旦引き返すか」
十字路を越えて進むと、最悪背後から襲われる可能性もある。イブに背後を任せてもよいが無理はしない方が良いだろう。
引き返そうとすると、十字路の左手側から一体のシーカーが姿を現した。
「コイツを仕留めたら打ち止めだ」
それを落ち着いて仕留めようと照準を合わせたものの、シーカーはそのまま右手の道に進んでいった。気がつかなかったのだろうか。いや、確かに一旦こちらに顔を向けていた。気付いていないはずがない。
それとも、逃げたのか?
いや、奴らにそんな知能は無いはずだ。
そのとき女性の悲鳴が聞こえた。誰かが襲われている。
「イブ、急ぐんだ」
シーカーが姿を消した右手の道に入ると、こちらに逃げてくる女の子が見えた。まだ子供だった。
後ろには数体のシーカーがいる。しかし、こちら側にも三体のシーカーが居る。女の子は前後を挟まれた形になってしまっている。
「物陰に隠れろっ! こいつらは銃で何とかしてやる」
直哉が叫ぶが女の子は恐怖で凍りつき、その場で立ちすくんでいる。
くそっ。これでは銃は使えない。狭い路地裏だ。直哉の腕では外れた弾が女の子に当たってしまう恐れがある。
「イブ、シーカーを排除してくれ!」
「了解した」
仕方なくイブに頼む。だが間に合うのか。もうシーカー達は女の子の目と鼻の先に居た。
イブが一番近くにいたシーカーの脳天から拳を叩き降ろし一体目を葬り去る。その後軽くジャンプしたあと蹴りで二体のシーカーを排除する。
これで、こちら側のシーカーは排除できた。残るは女の子の向こう側の数体だ。
イブが女の子の元に駆け寄る。
しかし、既に手遅れだった。両足を半分ほど噛み砕かれており、まさに胴体部分まで牙がかかるところだった。
イブが残りのシーカーを排除し、直哉の所に戻ってきた。
「間に合わなかったな。やがてこの子もシーカーになるだろう。どうするか?」
極めて機械的にイブが尋ねてくる。
マシンだから感情も無いのだろう。
イブの質問の答えは分かりきっている。
両足を喰われた状態で発症しないなんてありえない。今すぐトドメを指すという解しかない。
直哉も今だけはマシンのような感情の無い頭脳が欲しかった。
女の子は恐怖に顔を歪ませながらも、両手だけで這いずりながら直哉達のほうに移動してくる。
「……た、助けて」
銃口を向けた腕が震える。
まだ子供だ。
そして、まだ生きている。
これを打てというのか。
この場から逃げ出したかった。
しかし逃げたところで、このキズならものの数分で発症してしまうだろう。今やるしかないのは分かっている。
パンッ
と銃声が響き、女の子の頭が弾けた。
「躊躇しては駄目よ」
振り返ると銃を構えた女が立っていた。
「あなた、よくそれで今まで生き残ってこれたわね。あれくらいで腰を抜かすなんて。それとも今まで平和な場所に住んでたのかしら?」
直哉は呆然と立ちつくしたまま、言葉を発することすら出来ないでいた。
「それにしても、そっちの彼女は何なのよ。素手でシーカーを倒す人間なんて初めて見たわ」
イブの事を言ってるらしい。
「グローブとブーツにSS合金で出来たプロテクターを仕込んでいるのだ。素手ではない」
「へぇ。それは随分と贅沢ね。でも例えそうだったとしても、一撃で頭を砕く威力は無いはずだけど。って、話してる場合じゃないわ。あなたたちも気をつけてね」
立ち去ろうとした彼女だったがイブが引き止めた。
「あなた、名前は何という?」
「私? 私はレイラよ。あなたは?」
「優奈だ」
「そう、じゃ優奈ちゃん、またね」
レイラと名乗った女は、旧アジア系だった。確かに年齢も三十台半ばに見えた。そうか、イブはこんな状況でもちゃんと捜索活動の事を忘れずにカラヤを探していたのだ。
当たり前か。マシンなのだから。
シーカー騒ぎでごった返そうが、目の前で惨事が起きようが関係なかったな。
それにしても気になるのは、イブが偽名を使ったことだ。
「イブ、どうして偽名を?」
「身を守るためだ。イブという名が広まれば、シティに連れ戻されるかもしれん」
「え? 君は戻りたいと言ってなかったか?」
Dブロックに向かう際、途中で確かに戻ると言っていた。イブは研究材料として作られたから研究所が一番安全なんだと。
「ああ、言った。だがわたしも学習した。研究材料なら、不要になれば破棄されるだけだ。博士も私の完成度は十パーセントと言っていた。それなら、更に完成度を高めるために作り直されるかもしれない」
なるほど。研究材料なのだから当然か。
「この体はミユキという女の体が一部残っている。きっとお前にとって大事な人なのだろう。それであればわたしを裏切る可能性も少ないと判断した」
イブは少し人間に近づいているのかもしれない。もっとも、人間の感情もデータとして計算しているだけに過ぎないのかもしれないが。
「一応、お前に合わせて日系の名前にしておいた。妹という事でどうだ?」
直哉は笑った。
マシンのくせに生意気な。
「ああ、それでいこう。よし! 残りのシーカーをやるぞ」
「了解した」
「……それ、妹っぽくないな」




