第二十八話 膠着
ゼロが捕らえられてから一週間が経過した。
相変わらず腹部に取り付けられた機械のせいで身動きがとれない状態が続いている。
兵士らしき人間の声が聞こえる事もあったが、特に有効な情報は入ってこなかった。ウォルツォーネの声も全く聞こえてこない。もう既にこの場所には居ないのだろうか。
その後ついに、博士を捕らえたとの声が聞こえてきた。ということは、ガンマとアトムも捕獲されたと考えるべきだろう。
殺害したとの情報ではなかったため、まだ生存している可能性がある。であれば、まだ引き続きゼロの第一優先事項は博士の護衛である。この身が自由になれば博士の救出に向かわなければならない。
そしてまた、静寂の日々が戻ってきた。
銃声も全く聞こえない。
時折聞こえる声から推測するに、一個中隊くらいの兵士が存在すると思われる。これだけ大所帯の軍隊がインドエリアを移動するとなると、非常に多くのシーカーに襲われるはずである。
銃声が全く聞こえないということは、マシンが片付けているとしか考えられない。それも二体や三体ではない。すくなくとも十体以上は居ると見るべきだ。
そうなると、この腹部の機械を外すことが出来たとしても逃げ出すことは不可能に近いだろう。今のところは機をうかがう他にない。
さらに数日の時を経て、状況に変化が訪れた。
突然辺りが騒がしくなったのだ。銃声も響き出した。
最初は単発だったが、そのうち乱射に近いものとなった。ときおり聞こえてくる兵士の声も余裕が無いものになってきた。
「どうした?早く奴らを何とかしてくれ!」
声が近い。ゼロが乗る装甲車を運転している兵士が発してるのではなかろうか。外にいる人間に向かって叫んでいると思われる。
「退却だ! 強引に突っ切れ」
「馬鹿野郎! あんな大群、突っ切れるわけないだろ!」
「無理でもやるんだよ。先頭車はもう行っちまったぜ」
緊迫したやりとりが聞こえてくる。これだけ強力な軍隊でも対応できないというのは、どれほどの大群なのだろうか。または、Sブロック周辺にいた強力なシーカーが出現したという事も考えられる。
いずれにせよ、今のゼロには何のアクションも取ることができない。
その体にGが掛かる。
装甲車が急激にスピードを上げたのだ。それは、強行突破を選択したという事になる。そして、重い物体が何度も車に激突する振動が伝わってくる。しばらくの間、順調にシーカーを跳ね飛ばしながら走っていたが、長くは続かなかった。どうやら大群に埋もれてしまったようだ。
「うぎゃあぁぁ」
兵達の叫び声が聞こえる。生きたまま喰われる声だ。
そして訪れる静寂。
おそらく装甲車の外は大量のシーカーが彷徨っていると考えられるが、高性能なセンサーが働かない今は何の音も聞くことが出来なかった。
ゼロは今、装甲車の中で身動きが取れない状態だ。頑丈な車体に守られているため、シーカーが中に侵入することは難しい。そういった意味では安全なのだが、逆に、中の人間が息を引き取るまで何日でも何ヶ月でも諦めず群がってくるはずだ。
まさに詰み状態である。
ここが何処かは分からないが、誰かが通りかかって助けてくれるなんて幸運は万に一つも期待するべきではないだろう。
更に四日が経過した。
ゼロのエネルギーは、あと一年は余裕で持つだろう。それまでに脱出できるのか、また、脱出したところで護衛対象の博士の所在が不明な今、何処に向かうべきなのか判断が難しい。
そのときメインチップから予備のチップへと信号が届けられた。
腹部に取り付けられた機器のバッテリーが切れたようだ。各パーツからの復旧信号が到達した事が判明した。
これで体は自由である。
メインチップに電源供給する回路の接続が復旧すると、予備チップは役目を終えて停止した。
改めてセンサーで辺りを探知する。
どうやら付近には人間は全く存在しない。シーカーのみだ。
意外なことに、近くにシーカーは十三体しか存在しなかった。車の装甲が厚くて中に人間が居ると認識されなかったのか、それともゼロがマシンだからなのか。原因は不明である。
後部扉を破壊して、一旦外に出てから運転席に乗り込んだ。
どこに向かうべきか。
彼等は、『先頭車は既に行った』と話していた。地面を観察すると、確かに車両が移動した痕跡がある。連中の仲間が博士を捕獲している。となると、その後を追うのが一番近道だろう。
六十三時間ほど車を走らせたところで燃料切れとなってしまった。その後は仕方なく徒歩で痕跡を辿ったが、残念なことに途中で痕跡も消えてしまっていた。今までの経路から行く先を予測して進むしかない。
やがてゼロのセンサーが小さな集落を検知した。規模的に住人は五十に満たないと推測される。この規模であればよほど強力な武器がない限りゼロ一人で問題ない。
「止まれ」
集落に近づくと、住民達が姿を表した。ゼロに対して銃を突きつけている。治安の悪い地区ではこの対応は当然のことだ。相手にしてみれば、不審な人間が近づいて来たとしか見えないだろう。まずは状況を話して安心させる事が必要だ。
「何者だ?」
男が詰問してくる。
「怪しい者ではない。ある組織の人間を追っているのだ。二週間ほど前にここを装甲車が通らなかったか?」
シティの装甲車とみられる痕跡は、途中から消えてなくなっていた。だから必ず此処を通ったとは限らない。住民に聞くしかないだろう。
しかし相手の男はにやついている。
「さてね……。答えてやってもいいんだが、手ぶらじゃねぇ」
男がそう言うと、周りの連中もへへっと下品に笑った。
「何が可笑しいのだ? わたしは一般的な質問をしているのだが」
ゼロが言い返すと、ぎゃははと連中が腹を抱えて笑い出した。
「なぁ、あんた。ここまでどうやって来た?仲間は居ないのか?」
こちらの質問には答えていないのに逆に質問されてしまった。しかし、情報を貰うためには譲歩が必要だとゼロは判断した。
「途中まで車で来て、そこから徒歩だ」
「ほぅ。あんたが乗って来た車をくれるってんなら質問に答えてやってもいいんだぜ」
「なんだ。車が欲しいのか」
「まあ何でもいいんだがよ。とにかく此処ではギブ&テイクだ」
「燃料切れの装甲車でいいなら好きにするがいい。此処から七十五キロ先に放置してある」
「はぁ? てめぇふざけてんのか。それじゃあどうやって此処まで来たんだよ」
「先ほど答えた通りだ。歩いてきた」
「武器も無しでか?」
「必要ない。シーカーなら素手で倒せる」
明らかに交渉が上手く行ってない。それはゼロにも理解できたが、理由が全く分からなかった。目の前に銃を突きつけた男が一人残ったが、他の住民達はつまらなさそうに引き上げていった。
「オレ達は盗賊集団とは違う。だから理由もなく危害を加えたりはしない」
「ああ、理解した」
「だが生きるのに精一杯だ。せめて気持ちくらいの物資は提供して欲しいものだな」
そう言い残して男は去って行った。
どうやら物資と情報は交換条件らしい。博士の居場所をつきとめるためには何とか物資を確保しなければならない。
物資と言うからには、食料、銃器類、弾薬、燃料あたりか。装甲車ももちろん物資に入るが、先ほどのやりとりから希望されていないと判断した。
装甲車の燃料は空だが中には銃器がいくらか残っていた。それを取りに戻るというのも選択肢の一つだ。
だが往復百五十キロの道のりを考えると非常に非効率だ。それに、大量のシーカーに襲われる可能性もある。
結局、その辺りで小動物を捕まえるのが最適だと判断した。
ゼロのメモリには食用動物に関する情報はあまり記録されていなかった。住民達がどのようなものを好むか、そもそも食する事ができるのかどうか不明だが、とにかくイヌネコ系からリス、ネズミに至るまで手当たり次第に収集した。順砂漠地帯のため、あまり大した収穫はなかったが。
「あんた、これを一人で集めたってのか?」
「ああそうだ。これで交換条件は満たしたか?」
「……銃もないのに一体どうやって」
小石を投げて捕獲した事を言うべきかどうか。
あまり人間ばなれした事をすると不審がられると博士から聞いていたので止めておいたほうが良いかもしれない。
「わたしは生まれた時から厳しく訓練されて育った戦士だ。これくらいの事は容易い」
博士が作成してくれた言い訳を使った。
それを聞いた住民達の表情が恐怖に歪む。
「まさか、素手でシーカーを倒すというのも本当の事なのか?」
「なんだ、嘘だと思われていたのか。何なら今ここで見せてもよいが。それで質問に答えてくれるのであれば」
ゼロが少しだけ格闘の構えを見せると、途端に住民達は態度を変えた。
「すまなかった!あんたを騙すつもりは無かったんだが実は……」
「お、おい!」
他の住民が遮った。
「まずいぞ……」
「じゃあどうしろって?」
「大丈夫だって。こっちには銃があるんだぞ」
皆、かなり動揺しているようだ。そしてそのままゼロから離れていった。
「あんたの追ってる組織とか何とか……」
「ああ、装甲車に乗った軍隊だ」
「それなんだが……」
「どこに向かったのだ?」
「すまねぇ! み、見てないんだ」
突然、男は恐縮して両手をあげた。まるで謝罪しているようだ。
「見てないという事は、ここは通らなかったという事か」
「ああそうだ。つい物資が欲しくて何かあるような事を言っちまった」
「何を謝ってるんだ? ここには来なかったという情報をくれたのではないか。それとも、その情報は嘘なのか?」
「と、とんでもねぇ。本当に見てないんだ」
「それなら良いんだ」
シティの痕跡を辿って来たが、痕跡は途中で消えてしまっていた。とりあえず、それまでの痕跡から向かった方向を推測して進んで来たのだが、はずれだったようだ。
そうなるともう、完全に手詰まりである。無闇に動いても博士の居る場所に到達できる見込みは無いだろう。となれば、状況が変わるまでは第二優先事項である自身の安全を確保する方向に切り替えるしかない。
とはいえ、何処へ行くにしてもシーカーに襲われる可能性は排除できない。まずは防衛設備のしっかりしたブロックを目指すのが良いか。
「この近くに大きなブロックは無いのか?」
「へ?」
「シーカーから身を守りたいんだ。防衛設備のしっかりとしたブロックに行きたい」
「す、すまねぇ。オレらは外の事は何も知らないんだ。それよりあんた、本当に怒ってないのか?」
何に恐縮しているのか全く不明である。戦闘のプロという類の人間に対して恐れがあるのだろうか。
しかし付近の情報が全くないというのは致命的だ。
捕獲されていた間、メインセンサーさえ正常であれば何処にどれ位移動したのか判別できたのだが、あの特殊な機械のせいで自分の居る位置が全くわからなくなっていた。
「ここは何処だ?」
「……『インド・南エリア』だが」
「なぜ隣接しているブロックの情報すら無いのだ?」
「オレ達は外の世界はあまり知らないんだ。一番近いのはおそらくアンカトレアだが、あそこは止めたほうがいいぜ。なんてったってシーカーがうようよ居やがる」
「そんなに居るのか」
「ああ、何十万と居るぜ」
アンカトレアは『インド・南エリア』の最南端に位置するブロックだ。となると、かなり南に移動して来た事になる。近くには既に壊滅したBブロックとMブロックがあるだけだ。であれば、大きなブロックへの移動も困難だ。
「それでも行くしかないな」
「本気か?」
「ああ。千人以上の住民がいるブロックだと聞いた。バリケードなどの防御設備も充実している事だろう。ここよりはマシなはずだ。だが……」
何十万というシーカーをどうするかが問題だ。いかにゼロと言えど、到底立ち向かえる数ではない。
まずは偵察が必要だ。
「ギブ&テイクといったな。車をもらいたいのだが、何を提供すればいい?」
ゼロは尋ねた。
だが、拒否された。
おそらく存在しないか、あっても台数が少ないのだろう。徒歩で偵察するのは危険すぎる。囲まれたらアウトだからだ。
そのとき頭部に衝撃がはしった。人間であれば、間違いなく気絶するほどのものだ。
振り返ると、木刀をもった男が立っている。
その表情は引きつっていた。
「ダン!何をするんだ」
ゼロと会話していた男が叫ぶ。
「ちくしょう、何だコイツ!」
今度は腹部に木刀を打ち付けられた。別の人間からの攻撃だ。
ゼロは即座に戦闘態勢に入った。これで次の攻撃は防御、もしくは回避することが可能だろう。もっとも、センサーで検知できている範囲では強力な武器は存在していないため、それほど警戒する必要はないのだが。
まずは頭部に攻撃した男を捕獲し、周囲を確認する。
近くに居た四名の男は瞬時にゼロから距離をとって銃をこちらに向けた。
向けられている銃はそれほど威力の強いものではない。これではゼロの体に大きなダメージを与える事はできないだろう。とはいうものの、不要な戦闘はさけるべきである。
捕まえた男を盾にして逃走することにした。
「ば、化け物だ……」
「言っただろう、わたしは強力な戦士なのだ。お前たちでは勝てん」
「すまない!許してくれないか。コイツらにはもう手出しさせないようにする」
「信用できんな」
「あんたに貰った食料は返す。少ないが俺らの持っているものも渡そう」
食料などいくら貰っても意味がなかった。
もちろん彼らには分からないだろうが。
「食料などいらん。かわりに車をもらおう。嫌とは言わせないぞ」
シティの装甲車が使っている動力源は、精製したミュー鉱石からエネルギーを取り出すタイプのものだ。ここの連中がミュー鉱石を持っているとは考えられない。となると、やはり車を手に入れてアンカトレアに向かうしかなさそうだ。
ところが連中の答えは想定外のものだった。
「車がないだと?」
「そうなんだ。俺らはアンカトレアから地下通路を通ってここまで来たんだ」
「なるほど。では、その地下通路を通ってアンカトレアに行こう。案内してくれ」
幸運にも良い方向にあてが外れた。
これで何十万というシーカーを回避することが出来るかもしれない。地下にもシーカーが入り込んでいる可能性はあるが、この者たちが通ってきたのだから大丈夫だろう。
「いや、あの通路はもう使えねぇ。俺らが通った後にタイプCが配置されちまった」
「タイプC? 何だそれは」
「強化されたシーカーだ。アンカトレアが作り出した悪魔なんだよ。……でもあんたなら大丈夫かもな」
住民はゼロを地下通路に案内してくれた。中は迷路のようになっているらしい。
「道がわからないな。誰か案内してくれないか」
「本当にすまねぇ。俺らじゃとてもじゃないが戦えないんだ。あんただけで行ってくれないか」
男はかなり恐怖している。無理強いしても無駄のようだ。まあ迷路になっていたところで道を記憶しながら進めばいつかは辿り着くはずだ。時間を掛けていくしかない。
話を聞いたところ、タイプCとはおそらく以前に遭遇した強力なシーカーのことだろう。住民によると他のシーカーをコントロールする能力もあるらしい。博士が調査していた電気信号と何か関係している可能性もある。




