第二十九話 再会
「戻れ。ここもダメだ」
ウォルツォーネは撤退の合図を送った。
これで何度目になるのか。
アンカトレアに近づこうとすると、必ず何万というシーカーの群れに行く手を遮られる。ある程度予想はしていたことではあるが、これほどとは思わなかった。
「これだけのマシンを抱えながら、何を手間取っているんだ! ぐだぐだやらずに正面突破すれば済むことだ」
シティ第一遠征部隊隊長の苛立った怒鳴り声が背後から聞こえてきた。その声に臆することなくウォルツォーネは返答する。
「全然足りんな。百体のマシンでも何十万のシーカーには勝てまい」
「田舎者のリーダーにそんな事がわかるものか。だから貴様のブロックは壊滅したのだよ」
「否定はせん。だが私は常に最前線で戦ってきた。安全な場所でふんぞり返っている人間には分かるまい。視界の全てを埋め尽くす程のシーカーがどんな物なのかを。死線を乗り越えて来た男の言葉が信用できないのなら好きにするがいい」
ウォルツォーネはわざと威圧的な態度を示した。
四流村への侵略を避けるためにシティへの協力を受け入れたものの、決して服従した訳ではないことを改めて認識させるために。
「ならサエキのマシンを使え。奴らの性能はシティのマシンより上だ」
「無理だな。博士の命令に従うようハードコーディングされていると聞いた」
「それが生ぬるいと言ってるんだ。サエキは頭さえ残っていればよい。手足を切り落としてでも従わせろ」
「断る。彼の管理については私に一任されている。シティ本部からな」
隊長はそれでもぶつぶつと文句を言っていたが、やがてあきらめたようにその場を離れた。所詮は本部に逆らえない只の能無し人間なのだ。管理を任されていると言ったウォルツォーネの言葉が正しいかどうかの確認すらしていない。
「リーダー、見てもらいたいものが」
ルービックが声をかけてきた。
彼女もシティへの協力を約束してウォルツォーネと共にここまで来ていた。
案内されて移動した場所には大きな穴が存在した。巨大な隕石が激突してできたクレーターではないかと思えるほどの大きさだ。
「ずいぶん深いな。あれは装甲車か?」
「そのようです。落下したときの衝撃で大破しており使い物になりません。中を確認させましたが人はいませんでした。脱出できたのではないかと」
「死してゾンビとなっただけかもしれないがな」
「いえ、周囲のシーカーが殲滅されていました。おそらく中の人間が処置したのでしょう」
この高さから落ちて無事だと言うのも妙な話ではある。それとも単に運が良かっただけなのか。
「まぁどちらにせよ我々には関係なさそうだな」
「実は、内部に地下通路らしきものを発見したのです」
「ほう」
「少し偵察させましたが、かなり奥まで続いておりました。もちろんこれがアンカトレアに繋がっているというのは楽観しすぎですが……」
「調査する価値はあるか」
「はい、そう思います」
ウォルツォーネは地下通路を進むことにした。もちろん装甲車で乗り入れる事はできないため、部隊を分けて何名かを待機させる必要がある。
隊長も同行すると言ったのには驚いた。てっきり待機組に入るかと思っていたからだ。
「見くびるなよ。俺も実戦派なのだよ。その気になれば貴様なんぞ蹴散らしてくれる」
そういきまいて先頭近くを進んでいる。
時々出現するシーカーを銃で仕留める姿は、確かに頭でっかちの官僚とは違うと分かった。しかし、出来れば銃の使用は控えて欲しいものだ。シティには潤沢な弾薬があるとしても遠征時の物資は限られているし、何より狭い通路での乱射は甚だ迷惑だ。
「リーダー、なぜ閃光を?」
ルービックが不思議そうに尋ねてくる。ゼロ達の動きを封じる際に使った閃光とよばれる大剣は、確かにこの狭い通路では邪魔で仕方がない。それに、サエキの戦士たちは二体とも捕獲した。この剣は既に用済みであり、ルービックが不思議に思うのも無理はない。
「ゼロが行方不明だからな」
本当の理由は他にある。しかし、彼女にはまだ知らせなくても良いだろう。
「無事でいる可能性は極端に低いと思いますが。あれだけの数に囲まれて、しかも特殊シーカーも複数いましたし」
「念のためだ。それにゼロの動きを封じ込めておくためのターミネーターは既にバッテリ切れとなっているだろう。彼女が自由になっていても不思議ではない」
地下通路の進行は困難を極めた。
思ったより分岐が多かったのである。その都度、手分けして進路を確かめる必要があった。
どれくらいの距離を進んだろうか。
今まで人が二~三人程度しか通れないような通路だったのが急に広くなり、もはや地下通路というよりかは地下都市と呼ぶほうが相応しい景色に変わっていた。
「……これは、単なる地下通路とは思えないですね。明らかに何らかの目的を持った人間が造り出したものと思われます」
「ああ、驚いたな。これを造るのは容易な事ではないぞ」
「リーダー、あそこに扉らしきものがあります」
今までは通路と通路を繋ぐだけの扉ばっかりであった。しかし今度はいよいよ本番だ。もちろん確証はないが明らかに今までの物と造りが違う。
「ダメですね。内側から鍵が掛けられているみたいです」
ルービックがカチャカチャと取っ手を動かしたり、ノックしたりするが扉は何の動きも見せなかった。
そうこうしている内に気の短い隊長が兵士に破壊を命じた。
「待つんだ、まだ相手がどういった組織の者かわからないんだ。ここは慎重に行くべきだ」
「うるさい。ここの指揮官はあくまでオレだという事を忘れた訳ではないだろうな?おいっ、いいからやれっ!」
兵士たちはウォルツォーネと隊長の顔を見比べた後、恐る恐る小型の爆破物を準備し始めた。
と同時に頭上から声が聞こえてくる。
「待ってください。今開けますので壊すのは止めてください」
反射的に見上げると、スピーカーのようなものがあった。
もしかするとどこかにモニターも備え付けられていて我々の行動も監視されていたのかも知れない。
油断だった。
もし相手がその気ならば一瞬のうちに部隊は全滅していた事だろう。
敵はシーカーだけでは無いのだ。特に、今居る場所は間違いなく人の手で造られたものだ。警戒して然るべきである。『インド・南エリア』に入り、あまりにもシーカーの数が多いために対人意識に欠いてしまっていたのだ。
扉が開けられて、中から若い男女が出てきた。
見た事のある顔だ。
「君たちは……」
「僕らも驚きましたよ。どうしてここに?」
ウォルツォーネが以前、マドゥから逃れている最中に出会った謎の連中だった。
驚くべきパワーでシーカーの群れを薙ぎ払いながら進行していた連中だ。あの時はひたすら驚くばかりだったが、今は違う。サエキの戦士を見たからだ。
彼らはマシンだ。断言できる。
決して生身の人間が持てる力ではない。
「アンカトレアに向かっている。そういえば君たちも向かうと言っていたな。もう既に?」
「ここがそうですよ。正確には、アンカトレア地下居住区ですが」
「なんだと? そんな馬鹿な」
何がどうなっているのか。
地上には何十万というシーカーがひしめき合っており、その根源はてっきりアンカトレアとばかり思っていた。
それが、いつの間にか到達していたとは。
……いや、違う。
彼らは『アンカトレア地下居住区』と言った。きっとここが全てでは無いのだろう。
「小僧、その後ろの扉はどこに通じている」
隊長が言葉を発した。
見ると彼らの後ろには更に奥に続くとみられる通路がある。
「この先にはアンカトレアの幹部達が居ます。でも、断固として中には入れてくれません」
「やはりな。どけ! 俺がこじあけてやる」
「待ってください。彼らを刺激しないでください。僕たちが今交渉中なのです」
「知ったことか。おい!こいつらを排除するんだ」
隊長がウォルツォーネに命ずる。
シティ第一遠征部隊の任務はアンカトレアの制圧だ。これは従わなければならない。何より、マドゥ壊滅の真相究明はウォルツォーネの一番の目的でもあった。
「我々の任務はここの制圧だ。あくまで立ちはだかるというのであれば、戦わねばならない」
「だめです。僕らはどうしてもここの幹部に会って話さなければならないんです」
「君らとは戦いたくない。退けぬか?」
「退けません」
穏やかな口調とは裏腹に強い意志を感じる。
戦うしかないのか。
あの時の光景を思い浮かべる。はっきりとは分からないが、おそらくシティの量産タイプよりも手ごわいだろう。
となると、ゼロよりも上かどうか?
閃光を持ってきた理由は外にあるが、場合によってはここで使用せざるを得ない。長時間動きを止めておくためのターミネーターをもう少し余分に持ってくるべきだった。
「何をやっている!問答無用でやれ」
再び業を煮やした隊長が怒鳴りだした。
「気をつけるんだ。相手はおそらくマシンだ。心してかかれっ」
ウォルツォーネの忠告も聞かず、隊長は銃をぶっ放した。
女のほうに的中したが、思ったとおり効いていない。やはりマシンだ。
「こ、こいつ!」
驚いた隊長が慌てて連射する。しかしまるっきり的が定まっていない。弾丸は空しく宙を舞う。
その隙に女戦士が隊長の懐に飛び込み、正面から拳を叩き込んだ。
シーカーを一撃で沈める拳である。人間の頭を砕く事など造作もない事なのだろう。隊長は言葉を発する間もなく意識を刈り取られてしまった。いや、もはや生命ごと刈り取られてしまったのかもしれない。それほどの一撃だった。
ウォルツォーネは全てのマシンに攻撃をしかけるよう指示を出し、逆に兵士は安全のため後方に下げた。無駄死にさせる必要はあるまい。
「可能な限り生け捕りにするんだ」
こちらのマシンは二十体いる。相手は二体。十倍だ。これだけの戦力をもってしても一抹の不安はある。
シティのマシンよりも強力とされるガンマやアトムは、五倍の戦力で何とか制圧する事ができた。果たして彼らはどれくらいのものか。
ウォルツォーネの不安は見事に的中した。
まるで子ども扱いである。
「ルービック! 男のほうを引き付けておいてくれ。閃光を使う」
言うが早いか、大剣を振り上げて女戦士に向かっていった。もう既に数体のマシンが沈められている。
信じられん。なんてパワーなのだ。ゼロをはるかに上回るのではないか。
だがスピードはそれほど他のマシンと変わらない。これであればルービックでも何とか相手をすることは可能だろう。
そして、閃光を力いっぱい振り下ろした。
ここで避けられれば全てが終わってしまう。ウォルツォーネは思わず天に祈った。
次にがつんと確かな手ごたえを感じたとき、天に感謝した。
しかし急がなければならない。閃光で流れる電流はほんの一瞬だ。おそらく十秒程度しか動きを止めることは出来ないだろう。
焦る手でターミネーターを取り出し、女戦士の腹部に素早く巻きつける。
何とか一体を無力化することに成功した。
たったこれだけの作業であるのに、大仕事である。気分的には一万体のシーカーを沈めたような疲労感に匹敵する。
もちろん、だからと言って休憩する訳ではない。だが閃光が出力するエネルギーは甚大なため、一度利用すると一分間の充電時間が必要なのだ。ウォルツォーネは一分間がこれほど長いと感じたことは今までなかった。
男戦士の攻撃を避けるルービックの表情はほんの少しも余裕がない。本来であれば、悠々とさばくことのできる速度にもかかわらずだ。一撃で致命傷になるという事実が彼女を追い詰めているのだろう。この一分が長いと感じているのはむしろ彼女のほうかもしれない。
ようやく充電が完了し、男戦士に向かっていく。それと同時に相手も状況が変わったことに気が付いたようだ。
「イブ! どうしたんだ! 何をされた?」
女のほうに駆け寄ろうとするところに狙いをさだめ、閃光を薙ぎ払う。
今度も避けられることはなかった。女戦士に気を取られていたのだろう。避ける素振りは全く見られなかった。
確かにヒットした事を確認した後、ターミネーターを取り出そうと大剣を手放した瞬間、腹部に強烈な衝撃が走った。まるで装甲車に跳ねられたような衝撃だ。
間違いなく体は宙を舞っている。何が起こったのか全く理解できない。
「リーダー!」
ルービックが駆け寄ってくる。
一瞬、意識が飛んでいたが彼女の声で戻ってこれた。
「……ぐっ。どうしたのだ私は。な、なぜ倒れている」
「彼に攻撃されたのです。こんなに吹き飛ばすなんて、信じられない威力です」
百キログラムを遥かに超える人間、それも鍛え抜かれた軍人の体をたったの一撃で吹き飛ばしたのだ。男戦士も並々ならぬ性能を持っているということか。しかし今はそんな事はどうでもよい。
「……そうではない。なぜあいつは固まらなかったのだ?」
「わかりません。閃光は確かにヒットしました。それは自分もこの目で見ました」
焦って充電が終わってないのに使ってしまったのか?
いや、そんなはずはない。確かに完了している事を確認したのだ。であれば、故障ということか。
非常にまずい展開となった。次からは相手も警戒してくるに違いない。何か作戦をたてる必要がありそうだ。
とにかく、今はこの場を離れることが重要だ。
この短時間に3分の一ほどのマシンを破壊され、大きなダメージを追ってしまった今は撤退するしかない。だが何としても女戦士だけでも捕獲しなければならない。今を逃すと次のチャンスは万に一つも無いだろう。
ウォルツォーネは残っている殆どのマシンに対して男戦士を攻撃するよう指示を出した。同時に兵士たちには女戦士を運んで撤退するよう伝えた。後はマシン達がどれだけ時間を稼いでくれるか、だ。ここで大量のマシンを失うのは非常に痛手だが、それだけの価値は十分にあるはずだ。
それにしても、何故閃光が効かなかったのか疑問に残る。今のままだと何の情報もなく、サエキに伝えたところで対策を練る事もできないだろう。
そもそもシティの知らないマシンが居る事が謎だ。それはつまり、シティ以外の人間がマシンを造ったという事になる。文明が滅びた今、果たしてそんな事が可能なのか?
いや、現にシティの人間は造り出せたのだ。この広い世界のなかで、他にも旧世界の文明が残っている場所があっても不思議ではない。
「ここまで来ればもう安全でしょう」
ルービックが安堵したように言った。
地下通路は幾度となく分岐があり、我々がどの道を通って撤退したか分からないはずである。彼女の言うとおり、もう安心しても良いだろう。
「ぐおぉぉぉ!」
突然、先頭を進む兵たちの叫び声が聞こえて来た。
「何事だ?」
先の戦いで手持ちのマシンは二体しか残っていない。この状況で大量のシーカーに出くわすのは最悪と言える。
だが敵はシーカーではなかった。
「ゼロ!」
やはりあの戒めから抜け出して来たのだ。
「そ、そんなまさか……」
ルービックも驚いている。
最悪の相手だ。まだシーカーのほうがマシだった。ここは何としても戦闘を避けなければならない。
だがどうやって?
果たしてマシン相手に交渉ができるものなのか。
「ゼロ、この場は停戦にしてくれないか?今は我々が戦っている場合ではないのだ」
「断る」
何の感情もなく即答された。
こちらには閃光もターミネーターもあるが、ゼロには確か多少の学習能力があると言っていた。もしかすると、今度は避けられるかもしれない。そうなれば絶対に勝つ事はできない。
「後ろから強力なマシンが追って来ているのだ。ゼロ、貴様よりも強いマシンがな」
「そんなはずはない。我々より強力なマシンは居ないと博士から聞いている」
「本当だ。そのうちの一体を捕獲した。あれだ」
先ほど捕らえた女戦士を指差す。
「ああ、そのマシンなら情報はある。イブだな。博士が造った第一号マシンだ。確かに私よりも強力だが、その一体しか存在しない」
マシン相手に信じ込ませるにはどうすれば良いのか?
データが全てだから何を言っても無駄なのだろうか。
ぐずぐずしていると男戦士に追いつかれてしまう。
「私たちを殺すとサエキも無事では済まないぞ」
「博士は生きているのか?」
「ああ、私たちの支配下にある。大人しく従ってくれないか。強力なマシンが追って来ているのは本当なのだ。それに、もしかすると第一号マシンのイブとやらよりも……」
「分かった。従おう」
「!?」
「従うと言った」
どういう訳か、サエキの名前を出したとたんにゼロは従順になった。
もしや、単純なマシンであるが故に人を疑う能力に欠けているのか。我々が本当にサエキを確保しているかどうかなんて、ゼロには分からないはずなのだ。
仮に敵がサエキの名をだせば簡単に従ってしまう事になるのではなかろうか。
全くもって諸刃の剣である。
「博士はどこに居る?」
「この先のキャンプだ」
「すぐに向かってもらいたい」
「安心しろ。もとよりそのつもりだ」




