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第二話 ダーマ研究所

「ドクター・サエキ。先日の研究報告は一体何だ? まるで進展が無いではないか」


 部屋に入るなり、シティの防衛主任であるグリーンマンは剥げ頭を光らせながら毒づいた。


「こんな状態が続くと研究費をカットせざるを得んぞ」

「し、しかし最近は検体の数も減少してきてますし……」

「言い訳はいらん! 大体、市民の血税を何だと思ってるんだ。皆、シーカーの脅威を一刻も早く拭い去るために頑張って働いているんだ。肝心なお前らがのほほんと研究してるなんぞ申し訳が立たんわ!」


 グリーンマンは報告書を机に叩きつけると怒鳴り散らした。

 決して甘い気持ちで研究を続けている訳ではない。サエキ自身も数年前に妻を亡くし、シーカー対策に掛ける情熱は誰よりも強かった。


 そもそもシティの防御機能がもっと高ければ、妻も助かったかもしれないのだ。サエキは逆に防衛主任であるグリーンマンに対して怒りをぶつけたい気持ちでいっぱいだった。


「とにかく、来月の報告までに何らかの結果を出したまえ。いいか、お前の代わりなんぞ、いくらでもいるんだからな。よく覚えとけっ」


 捨て台詞を残してグリーンマンは部屋から出て行った。

 以前、シーカー被害が増えて来てるにも関わらず防衛担当に人員が裂かれないと不満を漏らしていたのを聞いた事がある。これは八つ当たり以外の何でもない。しかし研究所の人事については彼が大きな権限を持っていることも事実だった。


 高ぶった怒りはなかなか収まらないが、それでも何とか心を落ち着けようとしていると扉がノックされた。


「博士、私です。よろしいでしょうか?」

 助手の和人だった。


「ああ、入れ」

「失礼します」


 和人も以前にシーカーに家族を奪われ、是非研究の手伝いをさせて欲しいと嘆願してきた人間だった。


「久しぶりの検体です。今回は本人からの希望でわざわざ他のブロックからやってきたそうです」

「何?」

「まだ少し話を聞いただけですが、東のEブロックがシーカー被害により壊滅した模様で、その生き残りだと言っていました。現在、隔離部屋に置いています」


 通常検体は、シティ近辺で被害に遭遇し、強制的に研究所に連れてこられた人間がほとんどだ。ところが今まで検体となった人間で生き残った者は無く、その情報が広まってしまったために誰も快く検体になろうとは思わなかった。逆にシーカーから傷を負わされて感染の可能性を指摘されると、検査をせず他のブロックに逃走する人間もいるくらいだ。


 その実情を知らないか、知ってて僅かな可能性に賭けたのか。

 どちらにせよシーカーが彷徨うなか、このシティまで辿り着く事ができるのであれば状態はかなり良いと思って大丈夫だろう。これは幸運だ。


 和人と共に、モニタールームに入る。ここでは、隔離部屋に設置されたカメラの映像を見ることができる。その映像を見ながら助手の和人が説明する。

「ご覧の通り老人が一人と、若い男女の合計三人です。感染者は若い男性だそうです」

「検査は行ったのか?」

「まだです。感染者以外の二名だけ検査しますか?」

「いや、三人ともやってくれ。……ああ、検査はお前自身でやるんだ。決して結果は誰にも言うな」


 和人は少しいぶかしげな顔をしたが、特に何も言わず隔離部屋に向かった。


 そして一時間後、検査を終えた助手の和人がモニタールームに入ってきた。


「結果が出ました。申告どおり、若い男性のみ陽性です。他の二名は問題ありません」

「うむ、わかった。彼らには私から説明しよう」

「博士自らですか?」

「ああ」


 サエキはモニタールームを出る際、一度立ち止まって和人を振り返る。

「和人、お前はここに居なさい。そして、この検査結果のことは決して誰にも言うな。これは命令だぞ」


 そう告げると、状況が良く分からず困惑している和人を残し、サエキは隔離部屋に入った。


「大変でしたな。ブロックが壊滅したとか。私はシティで研究をやっておりますサエキと申します」

「受け入れていただき、ありがとうございます。僕はEブロックに住んでいた直哉といいます。」

 感染している男性がお礼を言った。まさか礼を言われるとは思わなかった。門前払いされる事を懸念していたのだろうか。


「して、検査の結果はやはり陽性なんじゃな?」

 老人が尋ねてくる。


「ええ、残念ながら申告どおり感染しております。あなたたちは、ここシティで抗ウイルス薬の研究にご協力いただけるという事で間違いないでしょうか」

「開発に成功すれば助かる可能性がある、というのは本当なのでしょうか」

「もちろんです。ただし、このダーマ研究所を立ち上げてから二百年。残念ながら研究の成果は芳しくありません。決して淡い期待はしないでいただきたい」


 サエキは一応釘を刺したが、彼らもその辺りの事情は承知していたのだろう。特に驚く様子はなかった。これから自分がしようとしてる事は人の道に外れることだ。サエキは心を決め、次の言葉を放った。


「では検体として体をご提供いただくのは、感染している若いお二方という事でよろしいな?」


「え?」

「なんじゃと?」


 予想通り驚きのリアクションがとられる。


「ええ、事前の申告では男性のほうだけ、という事でしたが検査の結果、女性の方も感染していることが判明しました」

「そんなはずはない! ワシらが検査したときは確かに陰性じゃったぞ」


 老人が猛然と抗議してくる。当然だろう。


「大変お気の毒ですが、検査は当ダーマ研究所で直接行ったものなので信用できます。間違いありません。おそらく辺境のブロックに出回っている検査薬が劣化していたのでしょう。良くある事です」


 サエキは毅然と言い放つ。現在行っている研究を進めるために、なくてはならない検体だ。特に感染していない若い女性の体は、最近力を入れているセカンドプロジェクトに必須のものだった。


 とはいえ、突然すぎて彼女も心の整理が付かないだろう。ここは少し時間を置いた方が賢明だと考え、サエキは席を外すことにした。


「心中お察しします。我々も出来る限りのことは致しますが、感染していると判明した以上、ここに長くご滞在頂く訳にはいきません。もし検体としてご協力いただけない場合は、心苦しくはありますが……」


 そう言葉を残し、サエキは一度隔離部屋を後にした。


「博士! 一体どういう事ですか?」


 案の定、助手の和人が突っかかってくる。


「騒ぐでない。これは防衛主任からの命令なんだ」

「なんですって? グリーンマンさんが……」

「ああ、ただ彼は遠まわしに言っただけだがな。決して自分では責任をとらない、明るみに出ても知らぬ存ぜぬで通すだろうよ。汚い男だ」


 これで和人も同罪となってしまった訳だ。申し訳ないが、これからは同じ十字架を背負ってもらうしかない。


          ◆


 半年後、サエキはシティのリーダーも出席する幹部会議で熱弁を奮っていた。


「以上のとおり約半年の間、新型の抗DIV剤を始め、いくつかの試験薬を投与しましたが、現在のところ目立った効果は現れておりません。ただし通常の感染者とは別の変異を遂げた細胞も見つかっており、もうしばらく研究を続ける価値はあると考えております」


 そこでプロジェクターに移している資料を別のものに差し替える。


「では、ここからはセカンドプロジェクトに関するご報告となります。ご存知の通り、こちらは感染者の治療では無く、マシン化して再生するためのプロジェクトです。本プロジェクトは、この半年で大きく進展がありました」


 なお一層の力強さを込めた声で報告を続けた。


「ご覧ください。これは若い二十歳前後の女性の検体を改造したものになります。体全体がほぼ無傷の状態で手に入ったことが幸運でした。人体をベースに約八十パーセントの部分を人工細胞に組み替え、脳細胞は旧・韓国で作成された高性能小型チップと融合させてあります。これにより、通常の人間とほぼ同じ動作を取る事の出来るマシンが誕生しました」


 サエキは少しの間、説明した内容が幹部達の頭の中に浸透するのを待った。


「完成度はどの位なんだね?」


「まだ十パーセント程度です。今のところは、チップがほとんどの動作を制御しています。生前の記憶も無く、単なるロボットに過ぎません。しかし今後改良を重ねることにより、生前の記憶を保ったまま再生できる見込みです。動作も直接、大脳から指示できるようになるでしょう」


 女性が走ったりジャンプしたりする映像が流れ、幹部達が驚きの声を上げた。


「うーむ。この映像だけ見てると普通の人間と変わらんな」


「実は課題が二つ残っております。まず、エネルギー源となるミュー鉱石の量が不足しております。この鉱石は、およそ百キロ先の山脈までいかないと採取できません。現状のシティにある分だけでは、およそ十体のマシンしか作成できないでしょう」


 しかしこれは、それほど難しい課題ではなかった。

 シティには旧世界から引き継がれた装甲車等の乗り物が多く残されていた。また各地から取り寄せた化石燃料などのエネルギー源も十分に保有していた。百キロ程度の移動は全く問題ないだろう。


「もう一つが非常に大きな課題なのですが……」

 サエキはわざと言葉を詰まられた。


「完全な状態でチップと融合させるには、より厳選された遺伝子を組み込んだ細胞を注入する必要があります。その為に必要な遺伝子はある程度数が絞られてはいるものの、組み合わせはおよそ四千通りありまして、何よりも一度試験を行うと母体のほうが……」


「ややこしい話はいいんだ。要は何が必要なんだ?」


 気の短い幹部が説明を遮った。


「コホン。えー、要するに人体実験として検体をおよそ三百人、運が悪ければ千人近く集める必要があります」

「何だと?」

「人体実験に使った母体は、ご覧の通り、人としては終焉を迎えることになります。そして検体としては安定した状態、すなわち感染しながらも発症していないものが必要となります。入手は非常に困難でしょう」


 なんだい、それじゃあ後百年くらいかかんるじゃあないのかね。


 一人のぼやきを皮切りに次々と野次が飛び始めた。最初に研究がもう直ぐ実るかのような報告を行った後の事だっただけに落胆しているのもあるだろう。しかしこれも作戦の内の一つだった。


「確かにご指摘のとおりです。しかし研究を急げという事であれば方法は無いわけではございません。実は検体は、感染者である必要はありません」


 その言葉の意味を幹部たちは直ぐに理解できないようだったので、言葉を付け足した。


「通常の健康な人間でも実験は可能です。研究を急ぐ手段として考えられるのはそれしか無いと言う事です」


「実験に使った検体はどうなる?」


「先ほどもご説明しました通り、記憶もなくなり、もちろん元の状態に戻ることもできません。脳死しか認めないという我々の定義にあてはめますと生きている事になりますが、心臓もありませんし、もはや人としては死んだも同然です」


 つまり市民の命を犠牲にするなら研究を加速させる事が出来るということである。

 そして、サエキはただの研究者であるから、このような検体を集めるのは自分の範疇外だと言った。


 幹部の一人が強く机を叩く。

「貴様! 我々に大量虐殺を犯せというのか? そこまで話をしておいて、手を汚すのは我々だと?」


「私はあくまでも研究結果をご報告したまでです。この研究所が出来てからおよそ二百年。その間、大きな成果もなく月日が経ちました。シーカーの被害は収まる様子がありません。その中で、一つの研究が前進した事をお伝えしたかったのです」

「ぐぅ……」


 幹部のうめき声だけが静かな場内に広がる。


「以上で報告を終わります。それからこれはサンプルが少なくて信憑性に欠ける情報なのですが、母体は若い方が成功し易くなります。年老いていると、手術途中に脳細胞が死滅する確率が高いようです。また、性別は女性のほうが約三十パーセントほど成功確率が高いと思われます」


 それだけ告げるとサエキは静まり返った場内を後にした。


 サエキも本来であれば人の命を奪うことなく研究を続けたかった。いや、まだその想いは断念していない。しかしこのままだとグリーンマンに研究を潰されかねない。それを繋ぎ留めておくための一つの手段だったのだ。


 一人の女性を犠牲にした、人として許されない手段でもあった。

 そして今後更に犠牲は増えていくのかもしれない。


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