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第一話 Eブロック

 Eブロックで暮らす百三十五人に悲劇が訪れたのは、とある冬の日曜日だった。

 三日ほど寒い日が続いた後の、少し暖かい週末のことである。


 数百年前の日本で使われていた『三寒四温』という言葉のとおりだな、とミユキは思った。去年亡くなった母親から教えてもらった言葉だ。


 ミユキが十七歳になる誕生日に母親は亡くなった。

それから一年。今日は十八歳の誕生日である。


 だから畑の手入れはお休みしてもいいか、と自分で自分にサボる言い訳を伝えていた。

 そんな事を考えていたからか、突然自分の名前を呼ばれて少し驚いた。


「ミユキ!」


 同じEブロックで生活する同い年の直哉が叫びながら駆けてくる。普段冷静な直哉にしては、珍しい慌てようだ。何かあったのだろうか。


「シーカーが入り込んだ! すぐ逃げるんだ!」


 ……シーカー。


 シーカーとは探索するものという意味であるが、ここでは違うものを指している。

生きている人間を探すためだけに動き回る、生ける屍達の事をそう呼んでいるのだ。


 生ける屍、すなわちゾンビ。


 このゾンビのせいで世界は数百年前に壊滅した。

 原因は、数百年たった今でも分かっていない。何らかのウイルスに感染してゾンビ化する、という事だけは確かなようだった。


人々は各地に点々とブロックと呼ばれる防御拠点を築き、シーカーから身を守りながら細々と生きながらえている。


「どうして? この前バリケードを補強したばかりじゃない」

「そんな事は後だ! すぐそこまで来ているぞ」


 直哉が来た方向をみると、見覚えのある人物がふらふらと歩いているのが見えた。ミユキも良く知っている人物だ。特に仲が良かった訳ではないが、何といってもたかが百人余りのグループで生活していたのである。顔と名前を知っている人は沢山いた。


 その人物は、バリケードを管理している渡辺という中年男性だった。別に足が悪いわけではない。ふらふらと歩いているのは、残念ながらシーカーになってしまったという証拠である。


 直哉はミユキの手を掴むと引きずるようにしてブロックの北側出入口に向かった。どうも南側の出入口からシーカーが進入したらしい。他の住人達も大声で叫びながら、北側出入口に向かっている。


「みんな、北側の武器庫に向かえ! 南は奴らでいっぱいだ」

「リーダーはどうしたんだ?」

「リーダーもやられたらしい」

「なんだって?」

「母さんが畑に取り残されてるの! 誰か助けて!」

「立ち止まるな! とにかく逃げるんだ」


 普段は穏やかなEブロック内が騒然としている。


 武器庫に辿り着くと、住民たちは次々と獲物を手にした。といっても、既に一度は滅んだ後の世界である。銃やマシンガン等はあまり出回ってなかった。せいぜい斧や鉄の棒くらいである。


数千人が暮らす大きなブロックでは銃も製造されており、ある程度個人でも確保できていたが、このEブロックのような小さなエリアではそんな上等なものは無かった。


 ミユキも手ごろな重さの鉄パイプを掴むと、迫ってくるシーカー達を迎え撃つ。シーカーを倒すには、頭部に強いダメージを与えるしかない。ゾンビだからだ。非力なミユキの力でも、何度か頭に鉄パイプを叩き込むことにより倒すことができた。一対一で戦う限りは、油断さえしなければ限り大丈夫だろう。


 しかし……。


「ダメだ! 数が多すぎるぞ。おい、サキ! 南側の扉はちゃんと閉めたんだろうな?」

「閉めれる訳ないじゃない。もう私が気づいた時には手遅れだったのよ!」

「バカヤロウ! それを早く言え。これじゃあ時間の問題……ぐあぁぁ」


 男性が一人、噛み付かれてしまった。


 今まで均衡を保っていたバトルは、その一角が崩されることにより次々と崩壊していった。

 どうやら南側の扉が開け放たれたままのようだ。次々とブロック内にシーカーが進入して来ているのだろう。


「もう無理だ。外に出るしかない」

 直哉が言うと、数人で北側の扉を押し開ける。その間にも、次々と住人たちはシーカーに飲み込まれていった。


 扉が開くと、皆ブロックの外に逃げ出した。やはりブロックの外にもシーカーが沢山さまよっていたが、ブロック内に比べ、広い分だけ拡散している。このままブロック内に留まるよりかは、他のブロックに逃げ込むほうが生き延びる確率が高いだろう。


 問題は、何処に逃げるかだ。


「Gブロックに逃げよう」

「そうだな、それしかないな」


 直哉の提案に、他の住民も同意する。

 徒歩で辿り着けるブロックのなかで、比較的、受け入れてもらえる可能性が高いのがGブロックだった。


 住民達は迷わずGブロックへと急ぐ。シーカー達から逃げながら。


 しかし、一人、また一人と住民の数は減少していった。

 どうしても足の遅い弱者からシーカーの餌食になっていってしまう。次に体力が尽きたものが脱落していく。


 シーカーが現れてから数百年。

 このような光景はもはや特別なものではなかった。ほんの三ヶ月前もCブロックが壊滅し、その生き残りの数名がミユキ達の住むEブロックに移住していたのだ。


 ブロックでの生活が安定し、人口が増えて収容ができなくなると、また新たなブロックが作成されて溢れた人々を移住させる。それと同じくらいの頻度で壊滅するブロックがでてくる。人類は一進一退を繰り返していた。


「見えたぞ! Gブロックだ。ミユキ、もう少しだぞ」


 気がつくと、生き残りは直哉とミユキの二人だけとなっていた。

 逃げている途中ではぐれてしまった人もいたので、他にも生き残りがいるかもしれないが。


 Gブロックにたどり着くと、見張りの人に呼び掛けて救出をお願いした。


 助かった……のかな?

 弾む息を整えながら、あらためて辺りを見回す。やはり直哉しかいない。


 確かブロックを脱出した直後は数十人は居たはずだ。今ここに居ないということは、おそらく絶望的だろう。あっというまに百人以上の住民が飲み込まれてしまった事になる。あらためてシーカーの恐ろしさを思い知らされたミユキだった。


 二人は迎え入れられたもののすぐに隔離部屋に連れて行かれた。


 通常、他人がブロックに入るには感染していないかの検査が行われる。感染しているものを招き入れてしまったら、どういう事になるか明白だからだ。感染者は、発症していない限り見た目は人間と変わらない。また、自分でも自覚がない。だから検査をしないと判別できないのだ。


 シーカーに軽く引っ掻かれただけであれば、感染しない例も多々ある。そのため怪我している人間を全て排除するわけにもいかない。二人は壮絶な状況から逃げてきたので、あちこちに傷を負っていた。それはシーカーに負わされたものなのか、転倒などで負ったものなのか必死だったので覚えていない。検査結果が陰性であることを二人とも強く祈るしかなかった。


 隔離部屋の頑丈な扉が開き、初老の男性が入ってきた。


「久しぶりじゃの、直哉」

「ご無沙汰してます、グレイトさん」


 どうやら直哉の知り合いらしい。

 頭髪と髭は見事に白く染まっていて年齢を感じさせるが、逆に肌のハリや体全体から発せられる気力は三十台と言ってもおかしくないくらい若々しさを感じる。


「このブロックのリーダーをしているグレイトさんだよ、ミユキ」


 直哉は何度かGブロックに行ったことがあるので、それで知り合ったのだろうか。


「それにしても大変じゃったのう。まさかEブロックが壊滅するとはの」

「ええ、原因も何もわかっちゃいませんが、おそらくは住民の不注意だろうと。ブロックの外に通じる扉をちゃんと閉めずにバリケードのメンテナンスをしていたようです」


 メンテナンスの担当責任者は渡辺という人物だった。危機管理がずさんだと良く指摘されていたし、何度か住民達と口論になっているのも聞いたことがあった。そのときは、渡辺が『大丈夫だ。何かあったらオレが責任をとるから』と言っていたような記憶があるが、シーカーになってしまったのにどうやって責任をとるというのだろうか。


 やはりブロックを運営するには細心の注意が必要だったのだ。


「うむ。それで検査の結果なんじゃが」

 グレイトが声のトーンを落とした。よからぬ結果ということなのか。


「お嬢ちゃんの方は大丈夫じゃった。じゃがな、直哉。お前さんは残念ながら黒じゃ」


 そのしわがれた声が静かに染み渡る。

 それは死刑宣告だった。感染している以上、ブロック内に迎え入れられることはない。時間が経てば発症する可能性が高いからだ。しかし、発症していない限りはシーカーからは狙われる身だ。外に出された途端、追い回されることだろう。そして、さらに酷い傷を負えばそのまま発症してシーカーになってしまう。


 さすがの直哉もショックだったようだ。青ざめた顔をしている。

隔離部屋の中に重たい空気が流れた。


「直哉、無責任な事じゃと思うが、シティへ行ってみんか?」

グレイトが提案する。

「シティ?」

「ああ、シティじゃ」


 確か一万人以上が生活する、このエリア最大のブロックだったはずだ。ミユキも話には聞いたことがあるが、もちろん行った事は無いし、行く気もなかった。


「しかし、受け入れてくれないでしょう」


 直哉の言うとおり、シティは極端に外部からの人の侵入を拒否していると聞く。そうすることにより、安全を確保しているのだ。いくら感染しているか検査する技術があるとはいえ、百パーセント安全かどうかの保証は現在でもないのだ。生活している規模がここまで大きくなると、壊滅したときのダメージも大きい。外部の人間を拒絶するのはある意味仕方が無い事なのかもしれない。


「ああ、おそらくな。じゃが、どうせこのまま死を待つのであれば、一度、シティの検査機関にその体を提供してみてはどうかの?もしかすると、助かるかもしれんぞ」


 グレイトの話では、シティでは感染者を救済するための研究が行われているらしい。その被験者にならないか、という事だった。要するに、人体実験だ。


「ワシも出来るだけのことはしよう。武器や食料も決して多くはないが、可能な限り準備する。何とかシティには辿り着けるじゃろう」



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