第十七話 村
移動を続けるウォルツォーネ達を取り囲む景色に変化が現れ始めた。
マドゥを離れてから二千キロ以上移動したから当然だろう。
「ルービック。今はどの辺りだろうな」
ウォルツォーネは、もはや側近であるかのように彼女を傍に置いていた。戦闘面では申し分がないし、普段の行動は冷静沈着だ。強さよりも、むしろそれを高く評価していた。
自分がすぐに熱くなるという欠点を持っているというのもあるが。
「おそらく『アジア・南エリア』に入った所だと思われます」
「やはりそうか」
シーカーの大群から逃げ続け、とうとうインドを抜けてしまった。そろそろ物資も限界に近づいている。兵はともかく住民の体力は危険な水域まで達していた。
「前方に集落がありますが、あの大きさではとても我々を受け入れる事はできないでしょう」
「うむ、しかしもう限界だ。交渉して数人でも良いから受け入れてもらうことにしよう」
彼女はその言葉に一瞬とまどいの表情を見せた。
「もちろん皆と行動を共にしたいという思いは変わらん。しかしこのままでは共倒れになってしまう。仕方が無いのだ」
マドゥのように数千人規模のブロックであれば百名くらいは何とかなるかもしれないが、大体は百名、二百名のブロックばかりだ。そこに八十名の受け入れを求めるのは無理がある。
数名ずつ、分かれて受け入れてもらうしかなかった。
ブロックや集落を見つけては、少しずつ、体力的に厳しくなってしまった人間から優先的に送り出していった。難色を示された時には、物資も多目に手渡し、時には装甲車ごと引き取ってもらった。
「すまぬ。私に力がないために皆には本当に迷惑をかける。これからも守って行きたかったが残念だ」
ウォルツォーネは住民と兵を送り出すたびに謝罪をした。
受け入れてもらっても、その先の生活は保証されていない。もしかすると酷い目に遭うかもしれない。それに、アンカトレアからのシーカーが此処まで来ないという保証もないのだ。
しかし、このままでは確実に飢えてしまう。
これが唯一の選択肢であった。
「自分はどこまでもリーダーに付いていきます」
そう言ってくれた数名の兵士と共に、新たにブロックを建設するべく移動を続ける。装甲車は四台手放したので、残りの一台で移動していた。
まずはブロックの建設場所を決めなければならない。当然、水源を始めとした資源が手に入りやすい場所である必要がある。既にブロックが建設されていると資源の奪い合いになる可能性もあるので、避けたほうが良い。
しかし小さな集落では問題ないだろう。そこの住民にも協力してもらい、その土地の情報も仕入れながらブロックを建設することとしよう。建設後にブロックに招き入れるという条件で協力してもらうというのも一つの方法だ。
そのようにルービックと相談していると、人が住んでそうな集落に辿り着いた。
「この規模だと、五、六十名くらいか。集落としては大きいほうだな」
「もう少し小さいほうが良いでしょうか?」
「うむ、しかし既に物資は底をついている。更なる移動は無理だろう。ここで何とか受け入れてもらうしか生き残る道はないな」
「まずはブロック建設に友好的かどうか話をきく必要がありそうです」
「ああ」
少し離れた場所に装甲車を停めると、ウォルツォーネは一般人が良く利用するタイプの鈍器だけ装備した。さすがに偃月刀を持ったまま交渉は出来まい。あまり大勢で乗り込んでも警戒されるだけなので、ルービックと二人だけで向かうことにする。それに、この二人であれば何かあっても対応しやすい。
「危険だと思ったらすぐに車を出して逃げるんだ。私たちの事は気にしなくて良い。自分で何とかする」
兵達にそう伝えてから集落の入り口に向かう。特にバリケードのような囲いはなく、各自で自分の住居部分のみを補強してシーカーの侵入を防いでいるだけのようだ。
おそらく、今までそれほど多くのシーカーに襲撃されなかったのだろう。人数に比例して襲来するシーカーの数も増えるものだが、この地はそれ程でもなかったようだ。
この防御体制であれば、アンカトレアからの大群が少しでも流れてくれば一瞬で壊滅してしまうだろう。早くブロックを築いてここの住民達も迎え入れてあげたほうが良さそうだ。
二人の訪問に気がついたのか、住民らしき女性が歩み寄ってきた。
「めずらしいわね、こんな場所に人が立て続けに来るなんて」
「我々の他にも?」
「ええそうよ。で、あんたたちは?」
「新たにブロックを建設する場所を探して旅している。できればこの近くにしたいのだが」
女は値踏みするような感じで二人を交互に見てきた。
二人はどういう関係かと聞かれたら何と答えようか。
まさか夫婦には見えまい。
いや、嘘を付く必要は無いのだ。正直にブロックが壊滅した事を話せばよいだろう。
「向こうに止まっているいかつい車はあんた達のものよね?」
既に監視はされていたらしい。
バリケードは大したことないが、周囲の状況にはちゃんと気を使っているようだ。シーカーの襲撃に少しでも早く対応するためだろうか。
「そうだ。近くまで乗り入れると警戒されると思ってあそこに停めている」
女は少し考えると、「ちょっと待ってて」と言って建物の中に入っていった。おそらくリーダーか責任者のような人間に相談しに行くのだろう。
数分後に、女が建物の中から出て手招きしてきた。
建物に入ると、まず武器を手にした数人の男が目に付いた。この数なら、例え突然襲い掛かられても大丈夫だ。ルービックも余裕の表情をしている。
奥には、青白い肌をした男性が座っていた。位置的に彼がボスのようだ。まるで病気のようにひょろっとしているが。
「話は聞いた。この近くにブロックを作るんだって?」
「ああ、我々は住む場所を探している」
「何故オレらにお伺いを立ててきた?」
男が不思議そうに尋ねてきた。
「当然だと思うが? 我々が此処に住めば、必然的に付近の資源を使うことになる。資源が豊富にあるのなら問題はないが」
そう説明しても、あまり反応がなかった。遠く離れた地だ。文化の違いというやつだろうか。このエリアでは周りの事は気にせず好きに資源を使えば良いのかもしれない。
そのとき外から人が入ってきてボスに耳打ちした。
みるみるうちに、その表情がひょろっとした体に似つかわしくないような険しい表情に変わっていく。
「急用が出来た。ここで待っててくれ」
男は言葉通り慌てて部屋を出ようとして、一瞬考え込んだ後に「お前らも来い。キャス、見張ってるんだ」と言って武装した男達も連れて行った。
キャスと呼ばれた女だけが建物の中に残った。
女はいつの間にか銃を手にしている。
「タイミングが悪かったようだな。出直すとしよう」
ウォルツォーネは建物を出ようとしたが、キャスがそれを許さなかった。
「だめだよ。それじゃあアタイが怒られちまうからね。あんたらは此処にいるんだ」
「別に遠くに行くわけではない。車に戻るだけだ」
そう言っても何故か納得してくれなかった。
銃を突き付けられたところで大した問題ではないが、逆らって関係が悪化するのは避けたい。これからも彼らの協力が必要なのだ。
さてどうしたものかと見合っていると、ダン、ダン、と銃声が聞こえてきた。
何か異常事態が発生している。
「おい、今のは銃声ではないのか? 何が起こっている?」
問いかけても彼女は頑固に道を塞ぐだけだった。
仕方なく強硬手段に出ることとする。ルービックに目配せすると、彼女は鮮やかな動きでキャスから銃を取り上げたうえに打撃を与えて気絶させた。まばたきする程の間に行われた早業である。時間にしてコンマ一秒も掛からなかったのでは無いだろうか。
しかしその素晴らしさよりも、これだけの合図でこちらの意思を読み取ってくれた事のほうが頼もしかった。
「とにかく銃声のあった方に向かうぞ。シーカーが出現したのかもしれん」
当然この言葉も不要であった。半分独り言だ。
外に出ると他の住民たちも急いでいた。皆、重装備だ。バリケードが無いのはシーカーの襲撃が少ないからではなくて、住民たち自ら危険を排除できるだけの力があるからなのかもしれない。
銃声は途切れることなく続く。
いくつかの崩れかけたコンクリートの建物を超えると現場が見えてきた。思ったとおりシーカーの襲撃だった。
その数は二体。
二体?
「どういう事だ?」
「自分にもわかりません。特殊なシーカーなのでしょうか?」
ルービックも不思議そうにつぶやく。
なによりも、動きが通常のシーカーとは異なっていた。素早いのだ。いや、決してそれはルービックのような鍛え抜かれた、且つ才能のある人間が持つような速度ではない。人間としては、凡人のスピードだ。
しかし人間と同じ速度で動くシーカーというのは聞いた事がない。大抵はノロノロと歩き、子供でも十分に逃げる事ができるくらいの動きなのだ。
突然変異なのか?
だとしたら厄介だ。
住民たちが次々と銃撃するが、人間並みのスピードで走り回る標的にはなかなかヒットしない。体には何発も着弾しているようだが、ゾンビだから頭を打ちぬかなければならない。
「厄介だな、あのスピードは」
「はい……。い、いえ、それどころではありません。異常です。」
「ん?」
「奴ら、頭を打ち抜かれても平気のようです」
「なんだと?」
「数発はヒットしているようです。ここからでは距離が遠いので見間違いかとも思いましたが、間違いありません。頭がのけぞっただけで全く動きが衰えません」
それはどういうことだ?
脳にダメージを与えても死なないゾンビ。
「まさか……。ではどうやって倒すというのだ?」
ルービックの返事はなかった。
またたく間に住民達の戦死者が増えていった。死なないシーカーが出現したのだ。当然である。事態の異常性を理解した住民たちが次第に逃げ出していく。青白い顔をしたボスも真っ先に逃げ出していた。
それを見たシーカーのうちの一体が、鉄アレイのようなものを投げつけた。そのスピードは素晴らしく、放物線すら描くことなく一直線に標的に向かって進んでいった。まるで弾丸のようである。
そして標的はボスの後頭部だった。もちろん即死だ。小型の爆弾が作動したかのように頭部が砕け散った。もし狙って投げたのだとすれば見事なコントロールである。死なないだけでなく、道具を使いこなすだけの知能も持っているというのか。
住民たちは更に混乱し、パニック状態になって逃げて行った。
「我々も一旦退きますか?」
ルービックが冷静に問いかけてくる。
しかしここを逃げたとしてどこに行こうか?
物資はもう底を突いている。せめてこの地で補給したい。
「いや、迎え撃つ」
「わかりました。では自分も戦います」
「お前は車に戻り、万一の事があったら逃げるんだ」
「自分はどこまでも付いて行くと言いました」
彼女の静かな瞳の奥に強い信念を見たウォルツォーネは、それ以上何も言わなかった。
二体のシーカーが近づいてくる。
男性一体、女性一体。シーカーといえば、あちこちが食いちぎられていて、腐りかけの肉がただれて悪臭を放つようなおぞましい個体ばかりなのだが、この二体は非常に綺麗な外観をしていた。
体のあちこちに銃弾を受けて衣服は穴だらけになっており、血液のような赤黒いものが点々と付着している。そこだけ見ればシーカーと変わりがないのだが、皮膚の状態や色は生きている人間と遜色はなかった。何より、瞳が死んでいない。
銃撃されている現場を目撃していなければ、通常の人間だと勘違いしてしまうくらいだった。
鉄アレイのような飛び道具がまだあるのかどうか分からないため、慎重に距離を詰めながら打って出るタイミングを計る。
女シーカーが殴りかかるべく飛びかかろうとした瞬間を見計らい、カウンターで顔面を狙った。タイミングはぴったりだ。
しかしウォルツォーネの放った攻撃は虚しく空を切る。シーカーがダッキングで避けたからだ。やはり、こいつらは通常のシーカーとは全く動きが異なっている。そもそも攻撃を避けようとすることが無いはずなのだ。
頭部はダメだ。まずは避けにくい胴体を狙うしかない。ゾンビだから頭部以外を攻撃しても有効打にはならないだろうが、まずはダメージよりも少しずつ体を破壊していき、動きを鈍らせたほうが良いだろうと判断した。
シーカーが次の攻撃を繰り出すのと同時に、真横から薙ぎ払うように鈍器をぶつけた。
がつんという確かな手ごたえが伝わると同時に、右手に軽い痺れを覚える。
なんだ、これは……。
まるで巨大な岩を叩いたような感覚だった。
硬すぎる。とてもシーカーの体とは思えない。
「くっ、リーダー。自分の攻撃は全く効きません」
隣で男シーカーの相手をしていると思われるルービックも声に余裕がなかった。こちらも彼女のほうを見る余裕はないし、見なくても状況は分かる。ウォルツォーネの攻撃すら跳ね返したのだ。彼女の打撃が効く訳がない。
ただ、スピードは並みの人間と大差ない。ルービックであれば、避けるだけなら楽勝だろう。当面の間、相手をしておいてもらうことにする。
「すまぬ、何とか引き付けておいてくれ。これは一体ずつ何とかするしかなさそうだ」
鈍器を両手で握り締め、深く腰を落とす。
先ほどは片手で殴りつけただけだったので、今度は両腕でしっかりと腰を入れた打撃を与えるのだ。たかが一体の相手にこれほどまでに力を込めて攻撃するのは初めてのことだった。普段は軽く一振りしただけて二、三体のシーカーを蹴散らすことが出来たのに。
女シーカーが髪をすくい上げる。その髪には所々に赤黒いねっとりとした粘着物が染み付いていた。粘着物はおそらく住民達の帰り血だ。ウォルツォーネはその姿を見て戦慄を覚えた。きっとゾンビ化する前はブロンドの美しい女性だったのだろう。今でも生きていた頃の面影が手に取るように分かる。
綺麗なシーカーだ。
その美しさが逆に恐怖をあおる。
「こい!」
恐怖を打ち消すために、言葉を理解できるはずもないシーカーに挑発を投げかけた。
すると、意思が伝わったかのように、美しい死神は殴りかかってきた。
放たれた拳をがっちりと受け止め、体制を崩したところに攻撃を叩き込む。
それが心に描いたストーリーだった。
身長二メートル十センチ、体重百四十キログラム。
全身を筋肉のヨロイで包まれた闘神は次の瞬間吹き飛んでいた。
相手はたかが百五十センチ程度の細身の女である。
攻撃を受け止めた左腕は完全にしびれて使い物にならなくなってしまっている。
「……き、貴様。一体何者だ?」
その問いかけは完全に無視されて、容赦なく次の攻撃が繰り出されてくる。
右腕一本で地面から跳ね上がり、何とか攻撃をかわした。
「リーダー、味方の兵が駆けつけてくれました」
ルービックの言葉と同時に装甲車の音が聞こえてくる。
「あいつら、逃げろと言ったのに」
口ではそう言いつつも、この状況下では非常にありがたかった。装甲車の中には威力の高い銃器も大量にあり、例え単発では効かなかったとしても、さすがに全身穴だらけにしてしまえば、いかに特殊なシーカーといえども無力化できるのではないだろうか。
兵達は装甲車を降りると着々と狙撃体制に入った。ただ、このままではウォルツォーネ達が邪魔になり発砲ができないだろう。何とかして引き離さなければならない。
その方法を考えていると、何とさらに一体の女シーカーが加わった。
いや、よく見ると人間だ。
目の前にいる美しい死神と、どことなく雰囲気が似ている。
「ガンマ、アトム! 撤退するぞ。急いで車に戻るんだ」
その女は、他の二体に向かって叫んだ。
「良いのか? まだ盗賊達は殲滅できていないぞ」
「かまわん、博士からの撤退命令だ」
「わかった」
信じられないことに言葉を交わした。
いや、やはりこいつ等はシーカーでは無かったのか?
「待ってくれ、貴様らはシーカーでは無いのか?」
「我々がシーカーだと? 違うな」
「では何故人々を襲うのだ」
「知らん。博士から、ここの盗賊達を殲滅しろと命令されてやっただけだ」
盗賊?
ここの住民達が?
そう言われてみれば、思い当たるふしがある。
「急げ」
女はそう言うと他の二体、いや、二人をひき連れて戻っていった。
「ま、待ってくれ」
ウォルツォーネは後を追った。
「リーダー!」
「ルービック、兵達と車に戻り、奴等を追うんだ。決して攻撃はするな。」
何者なのか確認が必要だ。
必死で追いかけたが、追いつくことはないまま見失ってしまった。
「申し訳ありません。機材の撤去に手間取ってしまい遅くなりました」
「仕方が無い」
どのみち相手も車があるのだ。ガス欠寸前の装甲車では追うことも出来まい。
さて、ここの盗賊達はどうしようか。
頭を失った盗賊集団なんぞ大した脅威ではないのだが。




