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第十六話 もう一つのMブロック


「どういう状況になったのだ? 私は途中から記憶がなくてな。気が付いたら奴らは居なくなっていたんだ」

「よくわかりません。何故かシーカーはここを超えて通り過ぎて行ったんです」

「通り過ぎた?」

「ええ。兵がほぼ壊滅して、恥ずかしながら自分は死を受け入れました。闘う事をやめてしまったのです。申し訳ありません」

「詫びる必要はない。この状況で文句を言う奴はおらん」


 ウォルツォーネはまるで自分へ言い訳するように兵をかばった。


「日が暮れていたので屋根に上り、最後に星を見ながら逝こうと思ったんです」

「銃か」

「そうです。引き金を引きました。……でも動かなかったんです。おそらくシーカーをやたら叩きまくったので壊れてしまっていたんでしょう。その時、気が付いたのです。屋根の上から見ると、奴らの動きがおかしいことに」


 その女性兵が言うには、まるで何かに向かって集団で行進しているようだったと。

 不思議な行動だ。


「自分はそのまま朝まで屋根の上で過ごしました。朝方になるまでシーカーの行進は続いていたんですけどね。どうしてこれだけの数が押し寄せて来たんでしょうか?」

「私にもわからん。アンカトレアが何か関係しているという噂もあるがな」


 真相を突き止めたかったが、今はこの者達を守ることが優先だ。

 生き残った兵や住民と合流し、北の拠点に向かうことにした。


「リーダー。どうして北に?」

「すまぬ。もはや私にも安全な方角がわからんのだ。しかし北の拠点には物資の蓄えがいくらかあるはずだ。まずはそこで体力を付けよう。お前たちも食事をとってないのだろう」

「すみません、戦闘用の食料を持っていたので、自分たちは既に……」


 兵はそう言って申し訳なさそうな顔をした。


「そうか。まぁ私の事は心配するな。大丈夫だ。拠点には食料以外に装甲車もあるはずだ。それに乗って安全な場所まで移動するんだ」


 西の拠点と違い、北側からあまり攻め込まれることがなかったから食料や弾薬は豊富に残されているはずだった。シーカーの大群にやられてなければ。


「リーダー、拠点が見えてきました。無事のようです」

「よし、疲れている者は休んでくれ。体が動く者は物資を装甲車に積み込んでくれるか。五台で移動するとしよう」


 かなり大型の装甲車だったため、詰め込めば三台でもいけそうだ。だが蓄えは多いほうが良い。まずは北東のVブロックを目指す予定にするが先は見えない。可能な限り物資は詰め込んでおいたほうが良いだろう。


「いつでも出発できる状態になったら、数日間はここで待機するぞ」

「どうしてですか?」

「まだ新たにシーカーの大群がやってくるのか見極めるためだ。もしかすると今回ので打ち止めかもしれん。交代で見張りについてくれ。特に夜は注意するんだ」


 兵も住民も疲れ果てている。出来ることなら悪夢がこのまま過ぎ去って欲しいところだ。単なる希望的観測ではなく、既にありえない量のシーカーが発生しているのだ。更に増えるとは考えにくい。


 装甲車であれば、シーカーを発見してからでも余裕を持って逃げることが可能だ。


          ◆


 一ヶ月後、悪魔の行進はやってきた。もしかすると大丈夫なのではないか、という考えが頭によぎり出したときであったため、ショックは小さくなかった。

 日の出と同時に奴等は現れた。


 ウォルツォーネは北西にあるVブロックに進路をとった。

 敵対はしていないものの、それほど友好関係にあるブロックではない。物資や生活空間の確保は期待できないだろう。Vブロックを経由して、最終的には『インド・東エリア』の中心地に存在するMブロックへ移動するつもりだ。


『インド・南エリア』のMブロックと、『インド・東エリア』のMブロック。数年前に、同じブロック名である所以で一度交流があった。こちらから軍事面で技術提供を行ったという貸しがあったのだ。今のところ、それにすがるしかない。


 最悪、そこがダメなら一からどこかにブロックを築くしかないだろう。何としても、この生き残った八十三名は守ってみせる。


「リーダー、Vブロックが見えてきましたが様子が変です」


 運転している兵が前方を指差して叫ぶ。


「こ、これは……」


 ブロックを囲むバリケードにはおびただしい数の屍が積み重なっていた。まるでマドゥの惨劇そのままであった。


「少し離れた場所に装甲車を停めるんだ。私が様子をみてくる」

「リーダー、自分も行きます」


 数人の兵も名乗りを上げてくれた。


「ああ助かる。しかし銃器類の使用は禁止だ」

「承知しております」


 名乗りを上げてくれたのは、がっちりとした体格で剣を携えた四名の男性兵たちと一名の女性兵だった。


「ん?おまえは……」

「はい、南街警備担当のルービックであります」


 マドゥで惨劇が起こった後、ウォルツォーネが最初に発見した生き残りの女性兵だった。


「そうか。さっきも言ったが銃器類の使用は禁止だぞ」

「心得ております。自分は元より剣での戦闘が本分であります」

「わかった。無理はしないでくれ」


 開け放たれたままの扉からVブロック内部に足を踏み入れる。予想通り、内部にも大量の屍が積み重なっていた。あの大群がここにも押し寄せてきた事は間違いなさそうだった。


 ウォルツォーネは時折姿を現すシーカーを軽くなぎ払いながら進んでいく。


「生き残りは存在しそうにないな」

「そのようです」


 兵も、ここの住民らしきシーカーの脳天に剣を叩きこむ。


「あるいは我々と同じくこの場を離れたか、だな」


 Bブロックやマドゥのように軍事面に絶対的な誇りがなければ、早々に応戦を諦めて逃走という選択をした可能性が高い。


「しかし、どこに逃げたのでしょうね」

「わからんな。どこに逃げたにしても苦しい状況に変わりはないのだがな」


 ブロックの中で安定して物資が供給されている状況と比較すると、逃走生活は実に苦しい。それはこれからの自分達が身を持って知ることになるはずである。何としても早く『インド・東エリア』に辿り着いて安定した生活を手にいけなければならない。


 たとえ向こうのMブロックから受け入れ困難と言われたとしても、近くに新たにブロックを建設する際のサポートくらいはしてもらえるに違いない。


「生存者ゼロだ。引き上げるぞ」

「はっ」


 ウォルツォーネは遥か北西にある、もう一つのMブロックに向かって車を最大スピードで走らせた。


 車は南エリアを抜け、インドの東側に位置するエリアに突入していった。目的地は東エリアの中心地だ。次第に住民達の表情に疲れの色が見えてくる。無理も無い。装甲車ではシャワーやベッドといった生活スペースは全くないのだ。


 そんな場所で何日間も生活するのは流石に厳しいだろう。


 先を急ぎたい気持ちはあるが、二~三日に一度はキャンプを張って疲れをとる事にした。もちろんシーカーが少ない場所が見つかればの話だが。


 そしてようやく、目的地のMブロック近くまで辿り着いたときだった。


「シーカーの数が異常です」

「ああ、そうだな。あの先がまさしくMブロックではないのか?」

「ええその通りです」


 マドゥの惨劇ほどではないが、尋常ではない数のシーカーがMブロックに集結していた。今まさにMブロックはシーカーに襲われているのだ。


「救助に向かうぞ」

「え? し、しかし……」

「戦えるものだけでよい。一部の兵は、ここで住民を護衛してくれ」


 大量のシーカーを見て兵もたじろぐ。だがウォルツォーネは雄たけびを上げながらシーカーの群れに突入していった。


「突入だ! 銃の使用も認める。だが人間には当てるなよ!」


 突撃に賛同してくれた三十名程の兵とともにMブロック周辺のシーカーに殴りこみを掛けた。


「うりゃぁぁぁ!」


 いつものように部隊の先頭で傍若無人に暴れまわる。これは復讐だ。ウォルツォーネからマドゥでの暮らしと住民達の貴重な命を奪い取った、得体の知れない何かに対する復讐だった。得体が知れないがゆえに目に見えるシーカーに矛先をぶつけた。


 ウォルツォーネと同じく部隊の先頭で暴れまわっている者がいた。


 ルービックだ。

 派手なパワーはないが、ウォルツォーネも時折見失うくらいの素早い動きで次々とシーカーを仕留めている。


「ほう、貴様なかなかやるな」

「ありがとうございます。リーダーの近くなので、まるで死ぬ気がしません」


 これだけのシーカーに囲まれているというのに、会話にも余裕がある。


「南街の護衛をしていたと言ったな。いつからだ?」

「はい、三年前からです」

「その前はどこに配属されていたのだ」

「兵に志願してからすぐに南街に配属されました」


 それは勿体なかったな、とウォルツォーネは思った。これだけの腕前であれば、是非直属の部隊に配属させて目一杯活躍させておけばよかった。採用のときに腕前を見抜けなかった自分に腹が立った。女性兵も多数雇い入れているため、そもそも採用した時の事も覚えていなかったが。


 まてよ……。

 ここ数年は、新人を配属して暫くの間は直属の部隊で様子をみるようにしていたのだ。


「おかしいな。配属直後は私の部隊に入ってから派遣先を決めるはずなのだが」

「……そ、そうだったんですか。自分にも何故だかわかりません」


 ルービックが少し慌てたのが気になったが、別の異変が発生した。


「なんだ?あれは」


 前方から大きな車がゆっくりと進んでくる。屋根の上には銃を構えた人間がいて、時折発砲している。決してマシンガンのようなものではないのに、これだけの大群のなか、どうやって車を前進させているのだろうか。


「キャンピングカーのようですね」

「ああ、だが何故これだけ取り囲まれても前進できているんだ。とにかく近くまで行こう。相手の銃にやられないように、こちらも旗を振って人間であることを認識させるんだ」


 ウォルツォーネは、その光景が信じられなかった。


 キャンピングカーの後ろにはもう一台車がいた。合計二台で進んで居るのだが、驚くべきは車の前方で斧を振るっている男女二名だった。


 男が軽く一振りしただけでシーカーの頭が粉々に砕け散った。女もすさまじい破壊力をもってシーカーを仕留め、動かなくなった屍を蹴り飛ばして車が移動するスペースを確保している。


 闘神と呼ばれた自分がパワーで引けをとる事は無いと思っていた。

 この光景を目にするまでは。


 ルービックも同様に衝撃を受けているようだった。

「な、なんなの……。彼らは」

「分からん。信じられないパワーだ」


 どおりで車上の人間が銃を乱射してないはずだ。

 前方の二人が道を切り開いたあと、横から寄ってくるシーカーを銃で仕留めるだけなのだ。後ろの車からも時折男が顔を出して銃で攻撃している。


「あなたたちはMブロックの人ですか? 中にはもう入れません!引き返してください」

 前方の男が叫んできた。


「中はどうなっている?」

「壊滅です」

「なんだと?Mブロックが壊滅?」

「そうです。昨晩から大量のシーカーに襲われました。もうほとんど生き残っていません。僕達もなんとか此処まで逃げてきました。ブロック内はシーカーで一杯です」


 なんということだ。

 最後の希望だと思っていたMブロックまで壊滅してしまったとは……。


 ダメだ。とにかく皆の安全確保が先だ。

「退けーっ!」


 ウォルツォーネは大声で叫ぶと、部隊を退却させた。

 Mブロックを襲撃しているシーカーの群れから離れた場所まで移動し、ひとまず心を落ち着かせた。


 ショックだった。

 この男の話によると、Mブロックのリーダーも死亡したようだ。


 それよりも深刻なのは、アンカトレアから遥か遠く離れたこの地まで異常なシーカーが到達していることだった。

 どこまで逃げれば良いというのか。


「Mブロックの人ではなかったんですね」

「ああ。名前は同じMブロックではあるが、我々は『インド・南エリア』のMブロックに居たものだ」

「南エリアじゃと? ワシらはそこに向かって旅しとるんじゃが」


 キャンピングカーにいた老人が身を乗り出してきた。

「ほう、南エリアのどこかな」

「確かアンカトレアとか言ったかのう」

「何?一体何の理由でアンカトレアに行くのだ?」


 悲劇の発端かもしれないアンカトレアのキーワードが出てきて思わず怒鳴ってしまった。その様子をみて老人達は驚きを隠せない。


 どうかしていたようだ。まさか遠くの地からアンカトレアに向かう者たちが原因であるわけは無いだろう。


「すまない。つい大声をあげてしまって。我々のブロックも壊滅してしまい、気が立っていたのだ」

「いいんじゃよ。しかし、このシーカーの量は異常じゃのう。インドはこんなにシーカーが多いんかの?」

「そうではない。得体の知れない何かが起きて居るのだ。そのために我々のブロックも壊滅してしまった。アンカトレアに近づくほど、シーカーの量は増えるぞ」


 ウォルツォーネはマドゥの惨劇を包み隠さず話した。Bブロックとともにインドエリアで最高峰の軍事力をもつエリアが立て続けに壊滅した事を。


 そして無謀な旅はあきらめて引き返すように促したのだ。


 しかし彼らは話を聞いても簡単に引き返そうとはしなかった。とても正常な人間の判断とは思われない。


「何故にアンカトレアに拘るんだろうな……」


 着々と出発の準備を始める彼らを尻目に木陰でタバコをふかしている男に尋ねてみた。およそ、このメンバーに似つかわしくない風貌だ。まるで品の悪い盗賊集団の長であるかのようだ。


「馬鹿だからじゃねぇの? まぁ俺は一度死んだ身だからよ、この先どうなってもいいんだがね」

「いや、決して投げやりな姿では無いぞ、彼らは。何かがあるはずだ」

「そうだねぇ、きっとものすげえ儲け話があるんじゃねぇか? そうでもねぇと俺はやってられんな」


 まるで他人事のようである。

「なんだ。お前は仲間であるのに何も聞かされてないのか?」

「仲間だと?」


 汚い髭の男は一瞬驚いた顔を見せた後、腹を抱えて笑い出した。

「俺があいつらの仲間だって? こりゃあ傑作だ」


 まるで世界中の人間を馬鹿にしているような笑い方だった。

 ダメだ。この男は少し頭が弱いらしい。


 それにしても気になる。

 例の噂とマドゥの悲劇。そして異常な状況のなかでアンカトレアを目指す者達。


 単なる偶然なのだろうか。


 是非彼らと一緒にアンカトレアに行ってみたい。

 しかし生き残った兵と住民を見捨てるわけにはいかなかった。


「リーダー、準備が整いました」

 ルービックがかしこまって声を掛けてくる。


「うむ」

 ウォルツォーネは不思議な連中に別れを告げると、さらに北東へと移動を開始した。


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