第十五話 マドゥの闘神
マドゥの闘神とも呼ばれているウォルツォーネは、生まれて初めて死というものが具体的な形となって見えた。
幼少の頃より、死とは常に隣合わせであった。大人たちが次々とシーカーの群れに飲み込まれていくなか、何十体ものシーカーを吹き飛ばし、薙ぎ払い、たった一人で生き残った事もあった。
何度も死の恐怖を味わった。
それでも、今までは全て打ち勝ってきた。強引に力でねじ伏せて来たのである。
偃月刀を手に入れてからの彼は、更に豪快さが増した。一振りで何体ものシーカーを薙ぎ払う姿をみて、人は彼を闘神と呼んだ。
「うりゃぁぁ!」
大地を揺るがすような掛け声と共に彼が一振りすると、まるでダイナマイトが炸裂したかのように十体近くのシーカーが吹き飛んだ。しかもそれは単発ではない。鍛え抜かれた肉体からは次々と攻撃が繰り出される。
既に一万体以上は仕留めたのではないだろうか。
ウォルツォーネは、手に持っていた武器を地面に突き刺すと、深く溜息を吐いた。その瞳には、どす黒い海が映っている。
シーカーで出来た海だ。
何万なのか想像もつかない。
いつも、死は突然来るものだと思っていた。それは油断したときなのか、それとも敵対している隣国から刺客が送られたときなのか、はたまた毒を盛られたときか。
しかし、現実はどれでもなかった。
このまま力の限り戦い続け、命が燃え尽きるまで突き進む。
これが死の形だった。
「リーダー、撤退してください! もはやこれまでです。生きている者もほとんど感染しております。我々が盾になりますので、その隙に……」
「ならん!私も魂が尽きるまで戦うぞ」
「いけません!マドゥには沢山の人が残っております。それを見捨てるおつもりですか」
「しかし……」
「さ、早く。我々が未だ人間であるうちにお願いします」
それでも未だウォルツォーネは退く事が出来ずにいた。彼の性格というよりかは、幼少の頃より染み付いて来たスタイルだったからだ。どれだけ危険な状況に陥ったとしても、常に前進を続けて強引に道を切り開いて来た。
「……リーダー。マドゥには私の家族も残っております。何とぞご決断を」
ウォルツォーネは、生まれて初めて後退した。
部下達を犠牲にして逃げ延びる。耐え難い屈辱だ。
しかし自分はブロックのリーダーだ。住民を守る義務がある。
ひたすら感情を殺しつつ、わずかに残った兵と南街の住民を連れてマドゥに撤退した。
「これからどうするか、皆の意見を聞きたい」
マドゥに戻るとすぐに幹部を集め緊急会議を開いた。シーカーの大群がここに到達するまで一日もないだろう。早急な決断が必要である。
「篭城しかありません。それほどの数ならば、いかに我がマドゥといえど殲滅は困難です」
「しかし隣国とは敵対中じゃ。間違っても援軍は望めまい。このまま永遠に篭城するというのか」
「だいたい篭城するにしても近隣の街や集落はどうするというのだ? このままでは見殺しになってしまう」
状況は最悪だ。
マドゥも捨て、更に北に退くしかないのか。しかし数千人もいる住民を連れて移動するのは無謀だ。そもそも何故これだけ大量にシーカーが発生したのか。
ここより南には、壊滅したであろうBブロックと最南端にあるAブロックの二つしか存在しない。
「Aブロックはどうなったんだろうな」
ウォルツォーネは尋ねた。
「アンカトレアでありますか?」
Aブロックは通称、アンカトレアと呼ばれていた。その昔、抗ウイルス薬の開発に成功したというデマが流れたが、その発祥元となった地だ。
「そうだ。Bブロックが壊滅したのであれば、アンカトレアも無事では済むまい。情報を持っている者はいないか?」
ウォルツォーネが幹部達を見回すと、一人、含みのある表情を持った者が居た。その者に、話せと目で合図を送る。
「通商人の話なのであまり信用はできませんが……」
「かまわん」
「はい。およそ百年前にアンカトレアのリーダーが代替わりしたときの事です」
「たしか抗ウイルス薬の開発に成功したというデマが流れた時のことだな」
「ええ、抗ウイルス薬の話については以前より何度もデマが流れておりますが、どうやらその時は本当に開発に成功したようなのです」
もちろん通商人の話では、と付け加えられた。誰もが噂など信じていないからである。
そもそも本当に開発に成功したのであれば、今とは真逆の状況になっているはずである。すなわち、シーカーの数は減少していくのではないだろうか。
「今の状況の説明にはなりそうにないか……」
ウォルツォーネが呟くと、その幹部は少し不服そうな顔をした。
「次の話が重要なのです。アンカトレアの当時のリーダーが開発に携わったとの事ですが、その薬のために権力争いに巻き込まれて命を落としたようです」
「なるほど。それが本当なら、抗ウイルス薬の開発に成功したというのは丸っきりデマと切り捨てられないかもな。だが百年も前に薬が誕生していたのなら、やはり今のように大量のシーカーが発生している事の説明がつかん」
「はい、私もそう思います。ただ、権力争いの後にアンカトレアのリーダーに就任したのは、殺されたリーダーの孫だということです。そして、復讐のために特殊な研究を始めたとか。その研究が何なのか全くわかりませんが、今の状況に関係があるのかもしれません」
復讐のための研究……。
抗ウイルス薬を作り出す技術を使った何か、という事だろうか。
ゾンビウイルスの研究かもしれない。銃か何かでゾンビウイルスを打ち込めば感染してシーカーになる、というものだ。
しかし、わざわざそんな事をするよりかは単純に銃で撃ち殺したほうが早いか。いや、何千人も兵士がいる中に打ち込めば、かなり厄介なことになるだろう。
またはBブロックのような重火器の弾薬に組み込んで使うとか。
「確かに関連は否定できないな……。その『何か』の影響でシーカーが大量に発生し、復讐劇のとばっちりが来ているのであれば迷惑千万ではあるがな」
アンカトレアに行って事実を確かめたいところだが、もちろん不可能だ。ここより南に位置するBブロックを越えて、更に南にあるブロックだからだ。もはやBブロックにさえ到達困難な状況だ。
結局は何も案が出ないまま時間だけが過ぎ去ってしまった。おそらくあと数時間でシーカーの群れがここに到達することだろう。
そのとき、一人の兵士が駆けつけてきた。
「も、申し上げます。ただ今隣国からの使いが来て、援軍を送るから受け入れて欲しいとのことです」
兵士はそう言うと書状を差し出した。
「援軍だと?要請していないのに何故だ」
自問しておきながら答えは誰もが知っていた。敵国は常にスパイをマドゥに送り込んでいるのだ。その事実を知りながら放置しておいた。適当に泳がせておいて、ここぞと言う時に利用するためである。
「リーダー、書状には何と?」
ウォルツォーネが書状に目を通すと、待ちきれないとばかりに幹部たちが尋ねてくる。
突然、援軍という希望の光が差し込んだのだ。はやる気持ちはわかる。しかし、書状にはとんでもない事が書かれていた。
「援軍をくれるのは確かなようだ。だがしかし、マドゥが支配下に入ることが条件と記載されている」
「なんですと?」
「つまり、今行っている隣国との戦争で敗北を認めるなら保護しようという事だ」
「ふざけておる!リーダー、そのような条件は断じて呑めませんぞ」
「わたしも反対です、リーダー」
幹部達は次々と否定的な言葉を発する。無理も無い。戦況は決して悪くなかったのだ。
勝ち戦で、何を好き好んで自ら負けを認めようか。
しかし今回の事件が状況を百八十度変えてしまっている。それにつけ込んだ、隣国の智謀だ。
「リーダー、これはもしや、隣国の仕業では?」
「南からのシーカー大量発生がか?」
「ええ、我々のブロックを乗っ取るために起こしたことだとしたら……」
隣国とアンカトレアが手を結んでいるとの情報はなかった。もしかすると、秘密裏に行われていたのかもしれないのだが。
「いや、それは無いだろうな。この状況は隣国の奴等にとっても危険すぎる。下手したら自分達の国にまで被害が及びかねん。いや、むしろそれを危惧しているのではないだろうか。ここがやられたら次は奴等が危険な状態になる」
マドゥの兵力も利用して防ごうという考えなのだろう。その上でマドゥを支配下にできれば儲けもの、くらいの思いではないだろうか。
背に腹は変えられない。他に生き残る道はなさそうだった。
「皆、よく聞いてくれ」
ウォルツォーネは熟考の末に決断を下した。
隣国の支配下に入る。しかし、条件として住民達の生活水準は確約する、というものを盛り込んだ。ここだけは絶対に譲ることができないと。
幹部達の意見は二分したが、断行した。
書状をしたため隣国の使いに渡すと、ウォルツォーネは大きく息を吐いた。
「よし、援軍が来るまでの期間、何としても死守するぞ。まずは手分けして、近隣の住民を全てマドゥに集めるのだ。各集落の設備ではとてもじゃないがシーカーの大群に対応できないからな」
マドゥに終結させると、戦力面でもメリットがある。およそ二千五百の兵力を全て一箇所に集中して防衛ができるからだ。
援軍到達までおよそ一週間といったところだろうか。
そう考えていたが、実際には三日で到達した。恐ろしく早い到達だ。おそらく既に出発していたのだろう。もしや本当に『隣国の仕業』となのだろうか。
援軍の数は千を超えていた。
合計四千ほどの兵士でシーカーの群れを迎え撃ったのだ。
通常であれば圧勝である。
しかし今は通常ではない。
攻撃をくらい動かなくなったシーカーの乗り越えるようにして次のシーカーがやってくる。
「シーカーなのか、屍なのか、もはや全く分からない状態です」
シーカーの屍というのは言葉として変ではあるが、他に良い表現がない。
城壁の周りには大量の屍が積み重なり、それを乗り越えるようにして次のシーカーが押し寄せてくる。もはや城壁を乗り越えてくるのは時間の問題だった。
一体どこから、これほどの数がやってくるのだろうか。マドゥより南には、壊滅したBブロックとアンカトレアしか存在しない。アンカトレアが原因だったとしても、これほどの数が存在するというのは理解しがたい。
異次元の世界から続々と転送されてくるとしか思えない数だった。
「リーダー、七番扉近くの城壁が破られました」
もう逃げ場もない。
全ての住民にも武器を手にとって対抗するように指示してある。こうなる事を暗に伝えて置いたのだ。
「南西側も広範囲で破られました。大量にシーカーが押し寄せてきます」
もう自分の役目は終わった。
住民達を守れなかったのだ。
ウォルツォーネは静かに立ち上がると、戦場に向かう、と言って部屋を後にした。
今度はもう誰も咎めなかった。
◆
どれくらい刻がたったのだろうか。
ウォルツォーネはいつの間にか意識を失っていたようだ。体に覆いかぶさるシーカーの残骸を押しのけると、それぞれの体のパーツが動くことを確かめながら立ち上がった。
運動機能に致命的な障害は無いようだ。
その動きを察知した一体のシーカーが、足を引きずりながら近寄ってきた。元マドゥの兵士だ。
すまなかった……。
そう詫びながら、兵士の首を跳ね飛ばした。
「誰か、生きている者はいないか?」
あたりを見回したが屍ばかりだ。
生存者を求めてマドゥの城内を探し回る。途中、何体かのシーカーが残っていただけで生存者は見あたらなかった。
何故、自分だけが生き残ってしまったのか。
ブロックが壊滅するなら、当然、運命を共にするものと決めていたのに。
ウォルツォーネはその場でしばし呆然とたたずんでいた。
それにしても、あれだけ居たシーカーの大群は何処に行ったのか?
途中から記憶がなくなってしまい、状況がよく分からない。まさか全てのシーカーを殲滅させた訳ではないだろう。ウォルツォーネがシーカーの残骸に埋もれてしまっていたため、気付かれずに通り過ぎていったのだろうか。
十五年間必死で頑張って育て上げたMブロックは無残に壊滅してしまった。それ以上に数千人という住民の命の重さが胸に突き刺さる。想定外の事態だったとはいえ何とか対応は出来なかったのだろうか。
生き残ってしまったがために、大きな罪の意識が心にのしかかる。
もはや生き続けても仕方が無い。
それならば、アンカトレアまで乗り込んで、元凶をこの目で確認してやる。
到達できる見込みは千に一つもないだろうがな。
そして歩き出したウォルツォーネは奇跡を見た。
「リーダー!」
女性兵が一人、生き残っていたのだ。
「リーダー、無事だったんですね!」
「おお、生き残ってくれたのか」
「運がよかったんです」
「他にも?」
「兵は自分を含めて五十三名です。あとは住民が三十名」
「そうか……。案内してくれるか」
たとえ百名に満たない数だったとしても、生き残ってくれていて嬉しかった。
と同時に、この者達を守らなくては、との思いも湧き上がってきた。




