第十三話 補給
一ヶ月もすると、イーサンの体は随分と良くなった。
仲良しごっこをするのは思ったほど大変でもなく、治療にも専念出来て、ある意味天国だった。
「お前さん、そろそろ大丈夫なんじゃないのかね? ワシは早くあんたとはお別れしたいんじゃがな」
グレイトが目ざとく問いかけてくる。
「冗談はやめてくれよ、爺さん。確かに体は動くようになったけどよ。シーカーに襲われれば一瞬だ。全快とは言わんが、せめてあと一ヶ月くらいは勘弁してくれ」
本当は何とかなりそうだったが、イーサンは弱音を吐く振りをした。何しろ外はシーカーがうじゃうじゃ居てるんだ。全快を待つに越したことはない。
「それにしても多いな」
明らかにシーカーの数が増している。人の住む場所が近いということか。
「そうじゃな。そろそろ物資の補給もしたい所じゃから、丁度いいかもしれん」
「どうやって調達するんだい?」
「貨幣が使えればいいんじゃが、難しいじゃろうな。ここは既に上海エリアではないからの。銃器類との物々交換になるじゃろうな」
この人数の割にはえらく銃器類のストックが多いと思っていたが、そういう事か。長期の移動を見込んで準備していたらしい。やはり、何か目的を持って西に移動しているな。
イーサンは俄然、興味が湧いてきた。
「よかったらオレが持っている銃器も使ってくれ。一人では多いくらいあるからな」
「ほほぅ、何か訳ありじゃな」
「まさか。助けてくれたお礼だ。他意はないさ……お、前方に集落が見えてきたぞ」
小さな集落だった。おそらく人が住んでいたとしても百人に満たないくらいだろう。大した物資がありそうには見えない。
「相変わらず良い双眼鏡じゃな。お前さんとサヨナラすると、その双眼鏡がなくなるのが唯一惜しまれるのぅ。そうじゃ、お礼はその双眼鏡でどうじゃ?」
「これはオレの生命線だ。渡す訳にはいかねぇ」
なかなか口の悪い爺さんだ。
「んで、集落のほうはどうじゃ?」
「残念ながら、小さな集落だ。物資は期待できねぇな」
「……そうか。まぁ日も暮れてきたし、一応寄ってみるかの」
安全そうならここで一泊するということだろう。
イーサンはどうも人間というヤツが信用できないため、わざわざ人気のある場所で一晩過ごすのは気が進まなかった。
しかし体も随分と回復したし、何かあっても自分の身くらい守れるだろう。
もちろん、この連中が正面きって襲われて遅れを取ることはないだろうが、いかんせん他人に甘すぎる。この爺さんでさえ口ではあんな事を言いながら、たった今でもイーサンが懐からナイフを取り出せばあっさりと殺すことが出来そうだ。
まぁ、その後に得体の知れない男女にやられてしまうだろうが。
「柵があるな」
数メートルおきに杭のようなものが立てられ、その間をワイヤーが張りめぐられさている。簡易的な柵だ。シーカーの進入を防ぐためのものだろうが、明らかに強度不足である。
とはいうものの、シーカー達も目の前に獲物がいない限りは柵を壊してまで進入しようとはしない。そういう意味では実に合理的な柵であった。住居から離れた場所に柵を作っておけば、なかなかシーカーが超えて来る事はない。ごく稀に進入してきたシーカーだけを排除すれば良いのだ。
「これじゃ車が入れないな。壊すか」
「いや、ここの住民に迷惑が掛かる。どこかに入る場所があるはずじゃから、探すんじゃよ」
面倒だが、もう暫くはコイツらと行動を共にしなければならない。従っておいた方が良さそうだ。イーサンはしぶしぶ双眼鏡で入り口らしき場所を探した。
「あの辺りから入れそうだな」
一部だけ柵の形が変わっていて、扉のようになっている場所があった。近くまで行ってみると、確かに扉だった。特に鍵は掛かっておらず、レバーのようなものを回すだけで開いた。これも考えてみると合理的だ。シーカーには、この扉を開けるような知能は無い。逆に、ここの住民達は鍵を持たずに手軽に出入りが出来るという訳だ。
柵を超え、中心らしき場所まで車を進めると数軒の住居が見えてきた。なかなかしっかりとした造りだ。一番近くの住居の傍に車を停めると、グレイトが車を降りた。
「カラヤさん、大丈夫じゃとは思うが一応コイツを見張っててくれ」
そう告げてイーサンをけん制したが、警戒すべきはここの住人達だろうとイーサンは思った。本当に甘い奴等だ。よそ者を簡単に受け入れるような住人達だったらとうの昔に滅びているはずだ。
念のため、密かに隠していた銃の位置を再確認する。もしもの時のためにベッドの下に隠して置いたのだ。ここの住民達が襲ってきたら、すかさず銃を取り、このカラヤという女を排除して車を走らせるためのシミュレーションを頭の中で展開しておく。いかに狙撃の達人でも近距離で隙を付けば何とかなるだろう。
長年、死と隣りあわせで生活してきたため、常に生き残るためのルートを確保しておくよう体に染み付いていた。ただし今のところは体内警報機が発動していない。大丈夫とみて間違いないだろう。もっとも例の一件で警報機の信憑性が少し薄れてはいるのだが。
グレイトが住居に近づくと、ドアが開き中から女が出てきた。手には銃を持っている。ここからでは良く聞こえなかったが、女が何かを告げるとグレイトは持っていた銃を地面に置き、そのまま両手を挙げて歩いていった。
しばらく話したあと、グレイトが車に戻ってきた。
「食料は分けてくれるそうじゃ。じゃが少しの間、ここで働くことになりそうじゃな」
「どういうこと?」
カラヤが尋ねる。
「銃器との交換を申し出たんじゃが、断られた。今のところ足りているらしい。それよりも柵の復旧作業をしてくれと頼まれた。最近、シーカーに襲われてかなりの被害が出たんじゃと」
「私達が超えてきた柵のことね」
「そうじゃ。柵の復旧作業は危険を伴う。食料はそれとの交換条件じゃ」
確かにシーカーが彷徨うなかで柵の復旧作業をするのは危険だ。外部の人間に任せれば、最悪被害が出ても自分達は痛くもかゆくも無いということか。
「仕方がないわ。他に物資を調達できる場所があるという保証もないものね」
「ああ、燃料もいくらか分けてもらえるらしい。しかし、もう一つ条件があっての。銃器類は車に置いたまま持ち出し禁止だ。下手に使われると危険じゃとさ」
それを聞いてイーサンは思わず悪態をついてしまった。
「冗談じゃねぇぜ。もし囲まれちまったらアウトじゃねぇか。オレはごめんだね」
「お前さんは黙っとれ」
やはりこの甘チャン達はダメだ。イーサンは、いっそのこと此処の住民を皆殺しにして物資を奪いとろうかとさえ思った。
「グレイトさん、それなら僕とイブでやりますよ。燃料も補給できるなんて好都合じゃないですか。僕らならどうせ銃も使えないんだし」
直哉が進言してくる。
「うーん。そうじゃな。……いや、念のため皆でやろう。一人でも多いほうが安全じゃしな。お前さんもやるんじゃぞ。嫌なら此処でお別れじゃ」
「なんだと?」
「まぁ車くらいは返してやるわい」
「……チッ。わかったよ」
いざとなったら一人でも逃げてやることにする。車のキーだけは何とか確保しておかなければならない。
◆
優しそうな住民達でよかったと直哉は思った。
銃を含む武器類の使用は禁止され、車のキーも預けることになってしまったが、生命線ともいえる物資を提供してもらえる事になった。この先もこういう人達に恵まれるならインドに辿り着く事もそう難しい事ではないように思えてきた。
直哉達は此処の住民に案内されて、被害を受けたという柵の場所まで移動した。かなりの広範囲に渡って柵は壊されている。これだけ荒らされたということは、被害は柵だけに収まらなかったのではないだろうか?
不思議に思って住民に尋ねてみた。
「襲われたのはいつなんですか? かなり大勢のシーカーにやられたみたいですね」
「一週間くらい前よ。最初は一体だけだったんだけどね。そのシーカーを排除するために銃を使ってしまって……」
なるほど。それでシーカー達が集まって来てしまったということか。
直哉は銃の腕は下手だが、特に訓練しなくても良いかと思っていた。今までどおり鈍器で戦うほうが性に合っていたし、どのみち撃てばシーカーを呼び寄せるきっかけになってしまうのだ。
しかし今は鈍器すら持つことを許されていない。こうなると頼りになるのはイブだけだが、よそ者のイーサンがいる前でイブの力を見られるのは避けたかった。
「じゃあ私はここで見張っているから、よろしくね」
ジェーンという名の女が銃を持って見張りに立った。年齢は聞いていないが、直哉と同じか少し年下くらいに見えるから十六、七といったところだろうか。手馴れた感じで銃を持っている。小さい頃から扱っていたのだろう。
作業は、地面に杭を打ち込んでワイヤーを張り巡らすだけだ。単調ではあるが、どうしても杭を打ち込むときの音でシーカーが集まってきてしまう。銃も鈍器もないため、杭でシーカーの頭部を殴り倒すしか方法がない。
一度に集まってくる数は多くても二、三体だから何とか対応はできていた。
「キミ、見かけによらず力があるじゃない」
直哉の動きを見てジェーンが感心したように言う。
「単に慣れているだけさ。それよりも、出来れば斧が欲しいところだね。これじゃあ倒すのが大変だ」
「そう?結構簡単に倒しているように見えるけど。まあいいわ。後でブラウンさんに相談してみる」
翌日からは斧の使用も許可されたため、シーカーの排除が随分と楽にはなった。
杭を打ち込む作業はかなりのハードワークだったが、相変わらず、体には疲れが見えない。インドに辿り着くのが先か、発症してしまうのが先か。直哉はそんな不安な気持ちを振り払うかのように丸三日間、作業に打ち込んだ。
直哉達は全面的に信用されている訳ではないため、車に戻る事も許されず、住民達から用意された家で寝泊りをしていた。食事は提供されていたし、ちゃんとしたベッドで眠る事もできたので不自由は無かった。特にジェーンは直哉たちに気を使ってくれて、食事等はかなり優遇された内容になっていた。
明日には何とか作業を終わらす事ができるだろう。ようやくインドに向けて再出発できる。
そんな事を考えながらベッドに横になっていると、ドアがノックされた。
「どうしたんだい」
ドアを開けるとイブが立っていた。
「シーカーだ」
「ん?」
「かなりの数がいる」
「なんだって? どういうことだ」
「わたしのセンサーが足音を検知した。少なくとも百体以上だ。すぐに逃げる準備をするんだ」
イブの言葉と同時にイーサンが部屋から出てきた。
「おい、何か嫌な予感がするぜ。変わった事は起きてないか?」
「シーカーらしい」
「何?」
「百体以上のシーカーがこちらに向かっているらしい」
「何だと! どうして分かった? いや、そんな事を言っている場合じゃねぇな。すぐにオレの車を返してもらわねぇと」
イーサンはそう言って外に駆け出していった。
「どうしたんじゃ?」
騒ぎを聞いてグレイト達も部屋から出てきた。
「直哉、早く逃げる準備をするのだ」
イブが急かしてくる。
「待ってくれ、イブ。僕たちだけならともかく、ここの住民も合わせて総出で戦えば何とかなるんじゃないか?どうして逃げるんだ」
「いや、検知できているだけで百体だ。おそらく、それの数倍はいるだろう。念のため接触は避けたい」
「おい、何が起こっているんじゃ。シーカーが入り込んだのか?」
「え、ええ。そのようです。イブのセンサーが検知したようですが、数が非常に多いようです」
イーサンの言うとおり、車を返してもらうべきだ。
外に出て車を停めてある場所までいくと、イーサンが住民達と言い争いをしていた。
「ダメだ、ブラウンさんに聞いてからじゃないと」
「そんな事を言ってる場合じゃねぇ! シーカーがすぐそこまで来てるんだ」
そう叫んだイーサンは、住民の一人を殴り倒してしまった。
「おい、やめるんじゃイーサン!」
すぐに直哉とグレイトで取り押さえる。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……。何とかな。ちくしょう!何て奴だ。いきなり殴りやがって」
「申し訳ない。じゃがな、緊急事態なんじゃ。すぐにブラウンさんとやらに言って、車のキーを返してもらってくれないかの。一刻を争うんじゃ」
「一体何があったんだ?」
グレイトが住民に説明し、皆に連絡してもらう事になった。
「あそこ! 来たわよ」
「間に合わんかったか」
見ると数体のシーカーがこちらに歩み寄って来ていた。
「とにかく住民達が来るまで防ぐんだ。イブ、行くぞ」
直哉は斧を持つと、迫ってくるシーカーの群れを片っ端からなぎ払った。
銃が無いため、グレイト達も斧で応戦している。
「こりゃあ、多いわい」
「グレイトさんは下がっててください! 僕らが何とかしますから。カラヤさんも危険です!」
そうは言ったものの、数が尋常ではない。直哉とイブが必死でシーカーを排除するが、回り込んだシーカー数体がグレイトに襲い掛かった。
「うぉ!」
グレイトがバランスを崩して倒れ込んだ。直哉はすぐさま駆け寄ったが、間に合わない。
シーカーの牙がグレイトの喉元に迫る。
グシッ
鈍い音と共にシーカーの頭が粉砕された。
「ヘッ。これで貸し一つだぜ、爺さん」
親指を立てたイーサンがグレイトを見下ろしていた。
「イーサン、ありがとう!」
直哉は礼を言うと再びシーカーの群れに向かっていった。




