第十二話 Zブロック
一人旅で一番気をつける必要があるのは何と言ってもシーカーだ。
仲間がいれば、多少囲まれても何とか排除ができる。
イーサンが乗っているワンボックスカーは、それなりに装甲化されているため少数のシーカーであれば問題がない。しかし何十体に囲まれてしまうとアウトだ。せめて二人居れば車を走らせながら銃で攻撃できるのだが。
しかしまあ、これまでも一人で生き抜いて来たのだ。シーカーが集まりそうになる前に、虫の知らせという体内警報機が助けてくれていた。だから一人で生き延びてこれた。これからも、これに頼って生きていくつもりだ。
適当に休憩をとりながら、西へ西へと車を進める。シーカーは疎だ。もしかすると、あのバケモノみたいな奴らが排除しながら進んだのかもしれない。
丸三日走ると、小さな集落が見えてきた。イーサンは一キロメールほど手前で車を停めて、双眼鏡で観察した。こういった場所には人が住み着いている可能性が高い。濛々と生い茂った髭をさすりながら暫く観察していると、シーカーが数体うろついているのが見えた。
人が居ると見て間違いない。
物資は今のところ足りているため、略奪は必要ないだろう。高性能な武器でもあるなら話は別だが、こんな場所にあるとは思えない。
慎重に辺りを見回しながら集落を抜ける。
体内警報機は発動していないので、そこまで気をつける必要はないのだが。
無事、集落を抜けて更に西へ進むとやがてブロックが見えてきた。おそらく『上海・西エリア』の最西端にあるZブロックだろう。イーサンはここで物資の整理をすることにした。仲間達が残した物資のうち、銃器類は一人では持て余すほどだったので、これを売って弾薬に回すのだ。食料は特に調達しなくても、まだ大丈夫のようだ。
略奪するつもりはないので愛想よく応対し、無事仕事を済ませる。
一服しながら何気なしに畑のほうをみていると人影が見えた。
ブロック外に設置された畑だ。周りにはシーカーの進入を防ぐために簡易的に柵が設けられている。何となく気になったので、その人影のほうに向かうと、数人の男たちが女を押さえつけているのが見えた。同業者だ。
女が一人で畑に出ているところを襲っているのだろう。盗賊達の出で立ちには見覚えがある。ボロボロの黄色いバンダナを付けているのは大規模な盗賊集団『ザック』グループだ。イーサンは一度、奴らには痛い目を遭わされていたため、次に会ったら報復を考えていた。いい機会だ。幸い、奴らの本拠地はここから遠いため、本体が攻めてくる事はないだろう。
盗賊は三人だった。腕っぷしには自信があったので全く問題はない。おもむろに盗賊の一人を蹴り飛ばすと頭部を踏み抜いた。突然の出来事に驚いた顔を見せる盗賊達を、イーサンは愉快な気持ちで挑発した。
二人同時にイーサンに殴りかかってきたところを受け止めて、力づくで弾き返す。まずは大きく体制を崩した右側の男をターゲットに選んだ。男へ一瞬で距離をつめ、拳で顔面を殴りつける。グローブには鋼鉄製のプロテクターを仕込んでいるため破壊力は抜群だ。男はブロックしたにもかかわらず、一撃で地面に這いつくばった。
振り向くと、最後の一人は既に逃走体制に入っていた。
仕留めるには銃が必要だ。しかし、ここで銃を使えばシーカーに囲まれてしまうだろう。
最後の一人は放置することにして、たった今殴り倒した男に止めを刺すと辺りを見回した。
乱暴されていた女は、何が起こったかわからず震えたまま地べたに座り込んでいた。イーサンの事を恐怖の面持ちで見つめている。
女か。
しばらくヤッてないな。
顔を見ると特に美人という訳でもなく、畑仕事で日焼けした肌は手入れもされず放置されていた。しかし、体はそれなりにイケていた。年齢もイーサンと同じ三十台半ばに見える。濛々と生い茂る髭のなかから黄色く変色した歯が姿を見せた。
悪くない。久々にいただくとするか。
そう思った時だった。
「イブ、ストップだ」
その声に反応して振り返ると、女がいた。
数日前、イーサンの仲間を全滅させた奴等だ。
なんてこった。まだこんな場所に居やがったのか。それともZブロックに住んでいたのか。
心の中で悪態は付いたが、もちろん顔には出さない。そもそもあの時の仲間だとは気づかれていないはずだ。
「その人は賊の仲間じゃないみたいだよ」
イブと呼ばれた女の後ろから男が姿を現した。
間違いなくキャンピングカーの奴らだった。
「どうも。そこの女の人を助けようとしたのですが、必要なかったようですね」
男はそういってイーサンに握手を求めてきた。
まずいな。できる事なら顔を見られるのは避けたかったのだ。しかしこうなってしまったからには仕方がない。せいぜい愛想よく応対して可能な限り情報を引っ張り出そう。
「まあな。ちょっと気が向いただけだ。普段なら無視して通り過ぎるところだったんだが」
「そうですか。てっきり知り合いの方かと思いました。Dブロックに暫く居たせいか、他人を助ける人に出会ったのは久しぶりです」
改めて近くで見ても、とても何十体ものシーカーを一撃の下に葬り去るようなパワーの持ち主には見えなかった。あのときは幻でも見たのではないかと疑いたくなるほどだ。
「あんたら、ここの人間か?」
「いえ、ここには燃料の補給で寄っただけなんです」
「するってぇと、どこかに移動中なんか」
「え、ええ……。特にあては無いんですがひたすら西に行こうと思っています」
何か隠しているようだが、無理に詮索するのも不審がられるだけだ。
この辺りで切り上げたほうが良いだろう。
イーサンは適当に話をまとめると、その場を後にした。
……しかし、奴等の目的地も西の方角か。
『アジア・南エリア』に向かうルートは、そうそう何本もあるわけではない。しかも、どうしても一番安全と思われるルートを通ることになる。奴等も同じルートを選択する可能性は高そうだ。適当に距離を置きながら移動しても良いが、さっき話した限りではそれほど好戦的な奴等ではなかった。むしろ男のほうは単なる甘チャン野郎にみえた。
いや、それとも力ある者の余裕の表れなのかもしれない。油断は禁物だ。まあ今のところ体内警報機は発動していないので大丈夫だろう。
考えても仕方が無い。
吸い終わったタバコを乱暴に踏み潰すと、車を停めてある場所に向かって歩き出した。
遠くから車が近づいてくる音がするのを特に警戒もせず流していた。最近は体内警報機に頼りすぎており、それが裏目に出たようだ。
突然発砲され、イーサンの頬を弾がかすめる。
『ザック』の奴等だった。車二台なので多くても十人以内だろう。
馬鹿なのか、奴等は。
わざわざ仕返しに来るなんて何のメリットもない。しかも銃を使うなんてシーカーを呼び集めるだけだというのに。
とはいうものの、今のイーサンには脅威だった。仲間は居ない。武装した連中相手に一人で立ち向かうには無理があるため逃げるしかない。幸いブロックの近くだ。逃げ込めば中までは追ってこれまい。
ブロックの入り口に向かって全力で走った。急ぎながらも的にならないよう直線での動きを避けながら。『ザック』といえば、それなりに名を馳せるグループだが所詮は素人集団だ。数で攻めるしか能の無い馬鹿集団だ。銃の腕も大したことは無いはずだった。この距離で当たるとしたら、よほど運が悪いのだろう。
そう、運が悪い時はそんなものだ。
下手な鉄砲でも数を打てば何とやら。直撃ではないものの足に銃弾を受けてしまった。これでは走ることは出来ない。
まったくツイてない。こうなったらこちらも銃を使うしかなさそうだ。イーサンは懐から銃を取り出し弾の装填を確認した。
このまま突っ込んでこられたら、数人ばかりは刺し違える事が出来るがイーサンが死んだ時点で負けは負けだ。とりあえず二発ほど奴等に向けて発砲し、こちらも銃があることをアピールして奴等の足を少し止める。逃走ルートを探さねばなるまい。
この足でブロックの中に逃げ込むのは絶望的になった。なんとか車までたどり着くしかない。途中までは畑の柵があるため何とかなるだろう。問題は柵が無くなってから車までの約五十メートルだ。この期に及んでも体内警報機は発動していない。という事は、無事に辿り着けると言うことなのか?
考えている暇は無い。イーサンは足を引きずるようにして車に向かって急いだ。案の定、奴等は発砲してくる。放たれた銃弾がすぐ側で柵に当たって弾ける音が鳴り響く。
「ぐお!」
右腕に激しい痛みが走り、持っていた銃が地面に転がった。柵の隙間から抜けた弾がヒットしてしまったのだ。どこまで運が悪いんだ。
もはやこれまでのようだ。銃を撃つことすら出来なくなってしまった。
死ぬときはこんなものか。
とうとう体内警報機は発動しないままだった。
イーサンは鳴り響く銃声を、どこか遠い世界で起こっている出来事のような感じで聞いていた。思えば十五歳で仲間から見捨てられて約二十年。生きるために何百人もの人間を犠牲にしてきた。罪悪感なんて最初の数日間くらいしか感じた事は無く、もう今ではどんな形をしていたのかすら思い出せない。
時には人のよさそうな老夫婦を助ける振りをして全財産を搾り取った。自分の両親がされたように。
時には子供を誘拐して売り払った。自分の妹がそうされたように。
もはや何のために生きているのか分からなくなっていた。
大量の出血が容赦なくイーサンの意識を狩りとっていった。
◆
動いている……。
イーサンは目を覚ますと、まず自分の体が揺れていることに気が付いた。この振動は、車だ。
「うっ……」
起き上がろうとして、思わず呻き声をあげてしまう。
そういえば、手足を負傷していたのだった。周りをみると、かなり豪華な車だ。窓にはカーテンまでかけられている。
カーテンを開けると、鉄格子に守られた窓から外が見える。やはり移動しているようだ。『ザック』の連中に捕まったのだろうか? いや、奴等がそんな面倒なことをするはずがない。他に考えられるのは、例の化け物連中だった。ちょうど、こんな豪華なキャンピングカーに乗っていたはずだ。
負傷していた部分は手当てされているようだ。片手、片足だけで慎重に立ち上がると運転席に続く扉らしきものを開けた。僅かに体を動かすだけで一苦労だ。
「おっと、妙な真似はせんことじゃな」
扉の向こうでは老人が銃を向けて睨んでいた。
「直哉は上手く騙せたかもしらんが、ワシは一切信用しとらんからな。まあ、その怪我ではまともに動けんじゃろうがな」
やはり、こいつらか。
そうすると、あの運転席にいるのは射撃の上手い女ということになるな。あとの若い男女はどこだ?
「心配するな。お前さんの車は直哉が運転しとる」
「お、オレの車だと? なぜ知っている?」
「なんじゃ、覚えとらんのか。ほとんど意識が無かったくせに、連れて行こうとしたら必死で車がどうとかわめき出したんじゃぞ。キーを捜すのに苦労したわい」
何だって?
まったく覚えがない……。
「カラヤさん、車を停めて直哉に合図してくれんか。こやつが目を覚ましよった」
「ええ、わかったわ」
イーサンには彼らの目的がさっぱり分からなかった。物資が欲しければ、いつでも奪えたはずだ。現にキーを探し出し車を運転しているのだ。物資が目的でないなら、何か? まさかイーサン自身が目的というはずはなかろう。
この鬱陶しい老人が言うには、あの直哉という若い男が『助けたい』と言ったらしい。
Zブロックでイーサンが盗賊達から女を救ったと勘違いしたからか?
そんな事くらいで助ける理由にはならないが、とにかく今は動くことすらままならない状態だ。大人しく彼らに従うのが賢い選択肢だと思われる。
傷が治るまでの間は無害な人間を装っていることにしよう。
眠っている間に随分と移動したようだ。おそらく『ザック』の連中は撒くことが出来ただろう。賊に襲われる心配はなくなったものの、この怪我だとシーカーから身を守ることができない。イーサンは、傷が癒えるまで身を置いてもらう事にした。
「ところで何の用があって遥か西まで行くんだ?」
何気なしに言った言葉に老人は大きく反応した。
「お前さん、何故それを知っとる?」
「ん? あの兄ちゃんが言ったんだよ。あては無いがひたすら西に行く、とな」
「そうか」
そう言うと老人は構えた銃を下ろしたが、明らかに不自然だ。何か目的があって西に向かっているのではないだろうか。
「……希望のためじゃよ」
「ふーん、希望ねぇ。そういえば十五歳になるまでは、オレも持っていたような気がするな」
イーサンはそう言うと、また一眠りするためベッドに戻った。




