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第十一話 イーサン


「じゃあ、偵察して来ますね」

「ああ、気をつけるんじゃぞ」

「大丈夫ですよ、イブも一緒ですから」


 直哉はそう言いながらも、少し情けない気持ちがしないでもなかった。マシンとは言え同い年の女の子がボディーガードというのは決してカッコ良いものではない。ミユキが本当に生き返ったら笑いのネタにされそうだ。


 いや、たとえ笑われてもいい。ミユキが戻ってくるなら。

 イブには完全否定されたが、直哉は未だ密かな期待を持ち続けていた。


 Dブロックを出てから一週間。

 季節はこれから冬に突入する。徐々に気温は下がっていくだろう。


 しかし直哉達は南西に向かって移動しており、目的地のインドは場所にもよるが一年中気温が高い地域である。冬を迎えるにあたり、寒さの心配は無いだろう。


 そんな中でも今日は気温が特に高かった。そして近くを川が流れていたため皆で体を洗おうという話になったのだ。

 グレイト達が車の屋根で銃器を構えて見張り、直哉とイブが川のほとりまで偵察に行くことになった。


 『人の生活する場所にシーカーあり』という格言がある。

 直哉達が今いるのは、既に廃墟となった小さな町だった。もしここに生存者がいて生活しているなら、どこからともなくシーカーが嗅ぎ付けて集まってくるだろう。


 逆に言うと、シーカーが居なければ人が生活している可能性も少ない。

 見渡す限り、この町は廃墟だった。誰も住んでいる気配はない。建物もかなり風化している。


 川のほとりまで辿り着いた直哉は、少し安心して探索の足を延ばす事にした。直哉達だけであれば、この辺りで十分だ。見晴らしも良いため、万一シーカーが出現しても逃げるなり迎え撃つなりの余裕はあるだろう。しかし、カラヤは女性である。こんな場所で体を洗うのはマズイだろう。


 もう少し先に行くと、小屋のようなものが川に面して建てられていた。あの小屋の陰であれば大丈夫なのではないか。直哉はそう考えて小屋に近づいた。


 意外にも小屋はあまり傷んでいなかった。まるで、ここだけ誰かが住んでいるかのようだ。慎重に小屋の扉を開けて中に入ってみた。


 カビ臭い匂いが直哉の鼻をつく。しかし、シーカー独特の腐ったような匂いではない。そう安心しかけた時だった。


 小さな唸り声とともに人影が突進してきた。

 そして顔を確かめる間もなく直哉は激しい痛みを覚えた。何かが腹部に突き刺さったようだ。その人影は一度距離をとると、今度は直哉の頭部めがけてナイフのようなもので切りかかってくる。


 それを間一髪かわすと、直哉はその人影に向かって拳を叩き込んだ。思ったよりも力強くヒットし、人影はその場で呻きながらうずくまってしまった。


 直哉はその人影に近づくと、念のためナイフを奪い、顔を確かめるため仰向けにした。酷くやつれていて、痩せこけた頬の骨が突き出している。もはや餓死寸前ではないかと思われる程だった。かろうじて男性だと分かるものの年齢は全く想像がつかない。


 何故襲われたのか全く理解ができない。とりあえず縛り上げて話を聞くしかないか。


「待ってくだされ」

 小屋の奥からもう一人の人影が出てきた。こちらも酷くやつれており、身なりもボロボロである。おそらく高齢の女性だ。

「見逃してください……。ここにはもう、食料も何もありません。どうか……」

 そう言って泣き入るように土下座をしてきた。


「直哉、大丈夫なのか? 背中まで貫通したぞ」

 男が突き刺したものは、ナイフと言うよりは刀に近いくらい刀身の長い刃物だった。それを腹部に受け、体を貫いたらしい。

「わからない」


 そう、分からなかった。

 確かに刺された瞬間は激痛が走った。今も痛みはある。


 しかし着実に時間と共に痛みが縮小されていくのが実感できる。服をまくり上げてみると、少量の血液が流れ出ていた。正常な人間が刺された場合、どのくらい出血するのだろうか?


「出血が少ないな」

 イブが言った。

「やはりそうか?」

 残念ながらゾンビ化は進んでいるようだ。直哉は八つ当たりとは知りつつも、目の前でガタガタと震えながら土下座している老婆に腹立たしさを覚えた。

「この辺りにはシーカーは居ないのか?」

「……わかりません。私達も一週間前にここに来たばかりですから」

 危害を加えるつもりは無い、と言って安心させると女はようやく口を開いてくれた。


 女はSブロックの人間だと言った。夫が感染したためブロックを追い出され、移動中に盗賊の集団に襲われたらしい。何とか逃げながらこの廃墟と化した町に辿り着いたのだと言った。食料もほとんど奪われてもう残り僅かとなっており、極限状態になっていたようだ。そして直哉たちを盗賊と勘違いして襲い掛かったのだ。


 おそらく、もう何週間か経てばシーカーが集まってくるだろう。シーカーが集まるのが早いか、この老夫婦が餓死するのが早いか、または男が発症するのが先か。


 いずれにしても、関わらないほうが良さそうだ。直哉はそう判断すると、小屋を後にして車に戻った。


「すごいね。驚くべき体だわ……」

「カラヤさん、感心してないで包帯巻いてくださいよ」

「あはは、ごめんね。でも私の体も同じなのかしらね?」


 カラヤは自覚症状が無いと言っていた。五年も経っているのに、それはそれで不思議な事だった。個人差が大きいのだろうか。噂では何十年も行き続けて寿命をまっとうした人もいたとか。

 まぁ感染者がどれだけ生き延びたかの情報なんて全くあてにならないのだ。

 もともと、誰が感染者なのかも分からない事だし。


「個人差があるんでしょうね。カラヤさんは自覚症状が無いんだったら未だ普通の人間と変わらないのかもしれません。一度試してみますか?ナイフをお貸ししますよ」

「じょ、冗談はよしてよ」と大げさに飛びのくカラヤだった。


          ◆


 その双眼鏡は、豪華なキャンピングカーを捉えていた。

 しばらく観察していると、中の人数はどうやら四人であることがわかった。


 悪くない、とイーサンは思った。濛々と茂る髭の中から薄汚れて黄色く変色した歯が姿を見せる。自然と笑みがこぼれたのだ。今度の獲物は実りが多そうだったから。

 一時間程前に北の方角から川に沿って車が移動してきたときは、目を疑った。まさかこんな場所でこれほど豪華な車にお目に掛かれるとは思ってなかったからだ。


 二週間ほど前に襲った老夫婦なんて最悪だった。二人して大きな荷物を抱えてSブロックから出てきたから、てっきり長距離移動をするのかと思った。長距離移動をするなら食料をしこたま持っているはずだ。そう期待して略奪したのに大した収穫はなかった。まさに骨折り損というやつだ。


 しかし双眼鏡の向こうに見える車の中には、相当豪華な物資があることだろう。今度こそ期待ができる。しいて言えば、相手がそれなりに武装してそうな所がネックだった。こちらの手駒を全て放出する必要があるだろう。


 今見張りに立って居るのは若い男女だ。その前に見張りに立っていたのは老人と女だった。老人と女は数分前に川のほうに歩いていった。今がチャンスだ。


「やれ」


 イーサンは、近くで待機していた仲間に指示を出す。

 仲間はビルの階段を駆け下りて大型トレーラーの後部扉を開け、すぐさまビルの中に戻った。トレーラーの中から大量のシーカーがうじゃうじゃと湧き出してくる。苦労して集めた百体以上のシーカーだ。

その先には手足を中途半端に縛った男がいた。


 その男は囮だった。


 助かりたければ、キャンピングカーまで走れと伝えてある。そうしなければ、後ろから銃で撃つとの脅しも加えておいた。両足は程よく不自由なくらいに縄で縛ってあるため、シーカーとほぼ同じ速度でしか走ることは出来ないだろう。


 これで全ては上手くいくはずだ。イーサンは囮となった男が意図したとおりにシーカーを引き連れて獲物に向かっていく光景を見て、満足していた。


 車上の奴らがシーカーに気づき、慌てて銃で対処に掛かる。


 くっくっく。

 思わず声を出して笑ってしまった。あの二人が仲間を見捨てて車で逃げてしまう事だけが気がかりだったからだ。応戦してくれたことに感謝したい。


 やがて囮の男はシーカーに飲み込まれてしまったが、すでに用済みだった。シーカー達のターゲットはキャンピングカーの男女に変更されていた。


 そのうち二人の銃は弾切れになるだろう。弾切れにならなかったとしても、この数だ。マシンガンでもぶっ放さない限り、二人で応戦できる数はたかが知れている。もはや時間の問題だ。


 事実、車上の二人は銃での応戦を早々に諦めて肉弾戦を選択したようだ。二人は銃を捨て、斧のような鈍器に持ち替えている。まさかあれで応戦しようというのか?


 イーサンは呆れて開いた口が塞がらなかった。

 まあ何にせよ獲物が手に入ればよい。この分だとキャンピングカーも無傷で手に入れる事が出来るかもしれない。


 そんな皮算用をしていたイーサンだったが、異変に気がついた。一向に二人がくたばる様子がないのだ。それどころか非常に善戦している。よく観察すると、二人はほぼ一撃でシーカーの頭を砕いていた。男も、女もだ。いや、どちらかというと、女のほうが破壊力が上のようだ。見たところ、たかが二十歳そこそこのきゃしゃな(・・・・・)小娘なのに。


 イーサンも腕っ節には自信があった。一対一なら確実に一撃でシーカーを葬り去る事が出来るだろう。

 しかしあれだけ囲まれて、ろくに振りかぶる事もできない状態で次々とシーカーの頭を砕き回るのは人間業ではなかった。


 イーサンは腕に鳥肌が立つのを覚えた。奴らは危険だ。直感がそう告げている。


 やがて老人と女も加わり、戦況は一気に不利になった。あっと言う間に八割くらいのシーカーが排除されてしまった。


「な、何だよアイツら。こうなったら俺達でやるんだ」

 血気盛んな仲間達が勝手に飛び出した。

「待て、早まるんじゃない! ヤツら、何か変だぞ」

「バカ言ってんじゃねぇ。こんな獲物、そうそう見つからねぇぞ」


 イーサンが止めるのを無視して仲間達はキャンピングカーに向かって走り出した。仲間達は獲物につられて正常な判断が出来なくなってしまっているようだ。大量のシーカーですら排除できなかった人間に対して、ちっぽけな盗賊集団が簡単に勝てるわけが無いのだ。いかに防弾チョッキや大量の銃器で武装しているとはいえ。


 仲間達は物陰から物陰に移動しながらキャンピングカーに近づく。既にシーカーは残り僅かだ。全滅する前に到達しないと余計に不利になる。あわよくば、シーカー排除に夢中になって居る隙に銃弾を叩き込みたいところだが。


 イーサンは仲間達には何の感情も持っていなかった。単に利害が一致したから行動を共にしていただけだ。ここで彼らがどうなろうが心は全く痛まない。とはいうものの、戦力を失うのは避けたかった。


 半分祈るような感じで成り行きを見守っていると、何とかシーカーが全滅する前に相手の近くに辿り着く事に成功した。少なくとも、最前線でシーカーと戦っていた若い男女はこちらの銃の射程圏内だ。そして、その男女に向かって一斉に発砲する。


 男女はすぐに気がついて隠れようとしたが、銃弾がヒットするほうが早かった。

 先制攻撃が功を奏し、まずは二人仕留める事ができた。


 後は老人と女だ。

 数だけ見ればこちらの圧勝ではあるが、果たして無傷で勝利できるかどうか。見る限り射撃の腕は確かなようだし、次は不意打ちも出来まい。


 そう考えたのも束の間の事だった。そして再び非常識にな現実を突き付けられた。

 確実に銃弾がヒットしたにもかかわらず、その男女が死ななかったのである。


 相手も防弾チョッキなどの防御服を身にまとっていた可能性もある。しかし、男のほうはともかく、女のほうは頭部に銃弾がヒットした事をイーサンも確認していた。もちろん頭部にヘルメットを被っているようには見えない。これは一体どういうことだ。


 仲間達も驚いていたが、すぐさま次弾を叩き込む姿勢に入った。

 そして銃声がとどろく。


 三発、四発……。


 五発。


 倒れたのは仲間たちだった。


 その向こうには銃を構えた女が立っている。優に五十メートルは距離があるのではないだろうか。その距離から、きっちりと頭を狙って打ち抜くことができるとは。射撃の腕が違いすぎる。


 はなから勝ち目はなかったのだ。

 やはりイーサンの直感は正しかった。この直感に頼って今日まで生き延びてきたのだから。正に体内警報機というやつだ。欲を言えば、仕掛ける前に警報を鳴らして欲しかったのだが。


 また今日から一人で生き延びていかなければならない。仲間達の物資を独り占め出来ることがせめてもの救いではある。


 川を渡って西の方角に走っていくキャンピングカーを見つめながら、イーサンはこれからどうするか考えた。


 この『上海・西エリア』は組織的にきっちりと防御体制をとっているブロックが多かった。イーサンのようなちっぽけな盗賊では手も足もでない。そのため、気は進まないが仲間を集い戦力を拡大していたところだった。


 しかし、それも振り出しに戻ったわけだ。

 当面の物資は心配要らない訳だし、このエリアで無理して稼ぐ必要は無い。もともと上海エリアは西だけでなく全体的にブロック単位で統率がとられているエリアだ。稼ぐなら再度、仲間を集める必要がある。


 仲間を集めるか、一人で行くか。

 しかし仲間を集めるにしても、数だけ集めるのでは意味が無いことが分かった。あの連中のような腕の立つ仲間が必要だ。


 イーサンは数日間、何をするでもなくだらだらと過ごした。

 あまり同じ場所に長期間留まるとシーカー達が寄ってくるのは経験済みなので、いつかは移動しなければならない。


 西に向かうか。


 あのバケモノみたいな奴らは、この数日間で随分と先に行ってる事だろう。鉢合わせの心配は無いはずだ。もっともイーサンは顔を見られた訳ではないので出会った所で問題はないのだが。


 ワンボックスカーに仲間達が残した物資を詰め込むと、一人でも稼ぎやすいと思われる『アジア南エリア』に向けて進路をとった。


 あては無い。計画も無い。行き当たりばったりだ。


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