魔物の群れと、闇を割く一閃(前編)
照りつける太陽と熱砂の海を抜け、私たちはようやくオアシスのある集落へとたどり着いた。
乾いた土で造られた質素な家々が並ぶその集落の名は、『パルミラ』というらしい。
「天使様だ! 天使様が降臨なされたぞ!」
集落に入るなり、ラシードに連れられた私たちは、住民たちから熱狂的な歓迎を受けた。
「おお、神よ! この枯れ果てた村に、天の使いをお遣わしくださったのですね!」
粗末な服を着た老若男女が、シャリエルの白い羽と薄紫のワンピースを見るなり次々と地面に膝をつき、祈りを捧げ始める。
「皆様、顔をお上げなさい。天の導きにより、私はこの地へ遣わされました……」
シャリエルは、『慈愛に満ちた完璧な微笑み』を浮かべ、優しく手を差し伸べている。
「(……なにこの猫かぶり)……気持ち悪」
コロコロと器用に態度を変えるシャリエルの作り笑顔に、私は思わず顔をしかめた。
その後、私たちは集落の長老の家へと案内され、ささやかな食事と水をもてなされた。
干し肉と果物、そして貴重なお水。
出された果物を頬張りながら、私は村人たちの様子を見て首を傾げた。
「ねえ、なんかみんな元気なくない?」
「小春さん?! いきなりストレートですね」
おもてなしに対して空気を読まず、直球で尋ねた私に、長老は深くため息をついた。
「実は……この集落の命綱である水源地に、凶暴な怪物が巣食ってしまいましてな。水を汲みに行けず、集落は干上がってしまっているのです」
「怪物のせいで水不足……?」
「ええ。ラシードは近隣の集落へ水と食料を分けてもらうよう交渉に出たのですが……」
「はい。お恥ずかしながら、全て断られ……帰る途中で力尽きてしまったのです」
なるほど、だから砂漠の真ん中で倒れていたのか。
シャリエルは、ラシードの顔をチラリと見ると、胸の前で両手を組み、大きく頷いた。
「ご安心ください。この私シャリエルが、その怪物を退治し、水源を取り戻して差し上げましょう」
「おおっ! 真なる天使様よ、ありがとうございます!」
村人たちが歓喜の声を上げる中、私は感心してシャリエルを見た。
「へー、さすが天使様」
「倒すのは、もちろんあなたがその剣でやるんですよ!」
「え? パワー使ったら見つかって殺されるんじゃなかったの?」
「……天使として、彼らを放っておくことはできませんから!」
ラシードの方をチラチラ見ながら胸を張る天使に、私は「はいはい」と呆れ半分で立ち上がった。
***
ラシードの案内で、集落の奥にある水源地へとやってきた。
「あれです……」
ラシードが指差した先。
水辺からヌラリと鎌首をもたげたのは、巨大な『水竜』だった。
青黒い鱗に覆われ、鋭い牙を剥き出しにしたその巨体は、家を一軒丸飲みできそうなほどの威圧感を放っている。
「グルルルルォォォッ!!」
水竜の咆哮が響いた瞬間、シャリエルの表情が凍りついた。
「ひぃぃぃぃっ!? むりむりむり! 食べられるぅぅっ!!」
情けない悲鳴を上げると、私の背中にガシィッと隠れ、ガクガクと震え出す。
「さっきの威光はどうしたのよ。ったく、邪魔だから下がってて」
私はため息をつきながら前に出た。
水竜がこちらに気づき、巨大な顎を開けて襲いかかってくる。
「……輝け、幾千の誓いをこの一閃に。闇を切り裂け……『聖剣エクスカリバー』!!」
私が大真面目な顔で叫ぶと、右手に眩い光が迸り、虹色の聖剣が顕現した。
「あなた、人のこと中二病とかよく言えたわね……」
背中越しにシャリエルが震える声で突っ込んでくるが、そんなものは無視だ。
私は迫り来る水竜の巨大な顎を、横薙ぎに一閃した。
ズッバァァァァンッ!!
眩い光の刃が水竜の巨体を軽々と両断し、怪物は断末魔を上げる間もなく光の粒子となって消滅した。
「余裕余裕。ざこモンスターね」
その瞬間、堰き止められていた水源から、水が勢いよく溢れ出す。
「さあ、これで村人は救われましたよ!」
安全だとわかった瞬間、シャリエルは再び天使の微笑みを作り出し、ラシードに向かって胸を張った。
「……あなた、ずっとこの子の背中に隠れてただけですよね?」
ラシードは私に向かって歩み寄ると、スッと片膝をついて深く頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたのその力……まさに、本物の勇者様だ」
いきなり跪かれて、私は戸惑いながら頭をかいた。
「えっ、いや、そんな大げさだよ」
***
集落に戻ると、水が復活したことで村人たちはお祭り騒ぎになっていた。
「おお! 怪物がいなくなり、水が戻ったぞ!」
「さすがは神のお使い様だ!」
村人たちが口々に称賛の声を上げる。
「当然のことをしたまでです。さあ、この天使シャリエルを讃えなさい!」
シャリエルがドヤ顔で村人たちに手を振った。
しかし、村人たちは小春の方を取り囲み、一斉に頭を下げた。
「いえ、あなたではなく、こちらの勇者様のことです!」
「本当にありがとうございました、勇者様!」
「えっ? あ、あれ……?」
一人取り残されたシャリエルは、差し出した手を空中で止めた。
どや顔だった彼女の表情がすうっと消え、みるみるうちに涙目になっていく。
(うわぁ……ちょっと可哀想かも)
歓声の中心で戸惑いながら、シャリエルの様子を横目で見た私は、慌てて彼女に近寄り、その両肩をガシッと掴んで村人たちの前に立たせた。
「あ、あのさ! 私が怪物を倒せたのも、シャリエルがここに連れてきてくれたからっていうか! だから、一番すごいのはこの天使様なんだよ!」
シャリエルは私に振り向くと、宙に浮かした手の指先で、目尻に浮かんだ涙をサッと拭った。
「……っ! そ、そうです! 私がこの力ある勇者を遣わしたのです! おほほほほ!」
私のフォローに、シャリエルは秒で立ち直り、再び高笑いをしながら調子に乗り始めた。
あまりの復活の早さに拍子抜けしつつも、私はホッと胸を撫で下ろした。
その夜、私たちは村の恩人として、再びご馳走を振る舞われることになった。
「いや、水不足で大変だったんだから、無理しないでよ」
私が遠慮して断ろうとすると、隣のシャリエルもスッと手を上げて首を振った。
「そうです。私ども天界の者は、そんな地上の俗物が口にするような食べ物など必要としません」
偉そうに断ってはいるものの、遠慮しているのは見え見えだった。
(……なんだ、あんたも案外、いいヤツじゃん)
そんな彼女の不器用な優しさに、私は思わず目を瞬いた。
少しだけ彼女を見直していると、長老やラシードが申し訳なさそうに、それでも熱意を込めて食事を勧めてきた。
「どうか、お気になさらず。これは我々のせめてもの感謝の印なのです」
「勇者様、どうか受け取ってください」
そこまで言われてしまっては、断る方が野暮というものだ。
私は村の皆が一生懸命集めてくれた干し肉や果物を、ありがたくいただくことにした。
大好物の果物をたくさん食べられて、私は大満足だった。
長老の家で一晩泊めてもらうことになり、心地よい疲労感とともに泥のように眠りに落ちた。
――そして、翌朝。
「た、助けてくれーっ!! 魔物の群れだぁぁぁっ!!」
平和な静寂を切り裂くような、緊迫した悲鳴と怒号が外から響き渡り、私はガバッと跳ね起きた。
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