禁断の果実と、聖剣エクスカリバー(後編)
「う、ううん……」
「あ、気がついた? 大丈夫?」
あの後、私は泡を吹いて倒れたシャリエルを、居間のソファーに寝かせてあげた。
そして、キッチンから濡れタオルを絞ってきて額に乗せ、しばらくうちわで扇いであげていたのだ。
「ええと……」
「小春だよ。ほら、温かいお茶淹れたから。ゆっくり飲んで」
私が湯呑みを差し出すと、シャリエルはぼんやりとした顔でそれを受け取り、ズズッと一口すすった。
ほう、と息を吐き出し、どこか遠くを見るような目をするシャリエル。
畳の上に横たわる輝く剣が、ぼんやりと視界に映る。
「……こ、小春さん……ありがとう」
そこまで言いかけて、シャリエルは何かを思い出したようにハッと目を見開いた。
「……じゃなくて!!」
ガバッと跳ね起きると、盛大にお茶をこぼしながら私の肩をガクンガクンと揺さぶってくる。
「どどど、どうしましょう!? 全権解放の果実を食べて宝剣を盗み、神木を切り倒しただなんて……! 連れてきた私は、堕天使追放どころか、死罪確定だわ!!」
「えっ、異世界転生定番の、チートスキルじゃないの?」
「そんなものはありません! 宇宙崩壊レベルの大罪です!!」
シャリエルは頭を抱え、ソファーの上でジタバタとのたうち回り始めた。
やっぱりこの人、ただの痛いゴキブリ女じゃないだろうか。
「あ、あなた、お兄様の居場所を探したいんですよね!? ええ、きっとそうに違いない! 今すぐここから逃げ……兄探しの旅に出ましょう!!」
「えー? もうちょっと、この世界でバーモントパワー使って遊びたいんだけど。せっかくお友達になったシャリエルちゃんに、すっごいの見せてあげようと思ってさ!」
「これ以上は、絶対にやめてください!!」
全力で拒否された。
せっかくすごい力を手に入れたのに、せっかく出来たお友達に見せられないなんて、ちょっと寂しいし残念だ。
「そっかぁ。じゃあ、仕方ないからお兄ちゃん探しに行くね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
シャリエルは血相を変えて冷蔵庫へダッシュし、残っていた半分の『銀のリンゴ』をガツガツと丸かじりした。
「ちょ、そんなにお腹空いてたの……?」
「さあ、一緒に行きましょう! 天界から遠く離れた、別の次元へ!!」
「ううん、なんか迷惑かけちゃったみたいだし、私一人で探せるから大丈夫だよ。じゃあね」
「お願い、私を一人にしないでぇぇぇっ!!」
私が願いを込めてワープを発動しようとした瞬間、シャリエルが涙と鼻水を撒き散らしながら、私の腰にガシィッ! としがみついてきた。
「わっ、ちょっと離しなさいよ! 俗物に触られると羽が汚れるんでしょ!」
「命には代えられませんーっ!!」
もみ合った瞬間、グラリと視界が傾いた。
直後、視界が真っ白に染まり――。
「ふぎゃっ!?」
私の腰にしがみついたままワープしたシャリエルは、バランスを崩して熱い砂の上に尻もちをついた。
めくれた薄紫のワンピースの裾から、純白の布が丸見えになっている。
「……もう、いつまでしがみ付いてんの?」
私が呆れて見下ろしても、シャリエルはまだ涙目で、私の腰にしがみついたまま離れようとしない。
(……パンツ、丸見えだけど……)
ふと顔を上げて周囲を見渡すと、そこは照りつける太陽と、見渡す限りに乾燥した砂が広がる『砂漠のど真ん中』だった。
「…………あっつ」
ジリジリと肌を焼くような日差しに、一瞬で汗が吹き出してくる。
「何ここ、暑いんだけど。……よし、もっと涼しいところにワープしよ」
「ストォォォップ!! むやみにパワーを使わないでください!!」
「わっ、ちょっと離しなさい!」
シャリエルが私の足首にすがりつき、ボロボロと涙をこぼしながら引き止めてきた。
「いいですか!? 天界の力を消費した波動を感知されれば、一発でウリエル様に見つかって殺されます! 絶対に、自力で歩いてください!!」
「え、そうなの? そんなにヤバいの?」
「さっきからずっと言ってます!!」
「そっか、わかったよ。なんかごめんね」
あまりにも必死すぎる天使の顔面蒼白っぷりに、さすがの私も同情してしまった。
仕方なく能力を使うのは諦め、私たちはあてもなく砂漠を歩き始めた。
***
それから、どれくらい歩いた頃だろうか。
見渡す限り砂、砂、砂。
どこまで行っても景色が変わらない。
「あー、もう足パンパン! 喉もカラカラだし、うんざりなんだけど! ……っていうかあんた、飛んでるじゃん! ずるい!」
「文句を言わないでください。飛ぶのだって体力を消費するんですからね!」
ズブズブと砂に足を取られて歩く私の上を、シャリエルは白い羽をパタパタさせて優雅についてくる。
ゼェゼェと息を切らしながら文句を言おうとした私の視界に、蜃気楼が揺れる砂丘の先で、うつ伏せに倒れている人影が入った。
ボロボロのローブを纏い、ピクリとも動かない。
「ねえ、あそこ!」
「地上の俗物など放っておいて、私たちは先を急ぎましょう」
「は? いや、ダメでしょ。あんなの絶対死にかけじゃん。助けないと」
冷酷に言い捨てるシャリエルを無視して、私は倒れている人の元へ駆け寄った。
ローブのフードをめくり、砂まみれの体を仰向けに抱え起こす。
「おーい、生きてるー?」
顔にかかった砂を払ってあげると、そこに現れたのは――日に焼けた褐色の肌に、切れ長の目をした、信じられないほど整った顔立ちの若い男の人だった。
「……あら、いい男」
背後から聞こえたシャリエルの声は、さっきまでとは別人のように甘い響きを帯びていた。
振り返ると、冷酷だったはずの表情はどこへやら。
頬を薄ピンク色に染め、両手を胸の前で組んで、すっかり乙女の顔になっている。
「小春さん! 今すぐ、彼にお水を差し上げて!!」
「は? あんた、さっき能力使うなって泣き叫んでたじゃん」
「水くらいなら微弱なパワーなので大丈夫です! さあ早く!!」
あまりの豹変ぶりにドン引きしつつ、私は指先で『ペットボトルの水』をポンッと召喚した。
それを手渡そうとした瞬間、シャリエルが顔を真っ赤にして、もじもじと身を捩り始めた。
「そ、その……意識がないようですし、ここはやはり、私がく、口移しで飲ませてあげた方がよろしいかしら……?」
「……は?」
「命を救うためです! これも天使の慈悲というもので……」
「あんたさ、地上の俗物は相手にしないって言ってなかった?」
私がジト目で突っ込むと、シャリエルは一切の言い訳をせず、大真面目な顔で胸を張った。
「イケメンは、俗物ではありません!!」
「うわぁ……」
清々しいほどのクズ発言に、私は心底ドン引きした。
「う、うん……」
そんなアホなやり取りをしていると、褐色の若者が、微かなうめき声を上げて目を覚ました。
「あ、気がついた」
「み、水を……」
ひび割れた唇から、掠れた声が漏れる。
シャリエルは私からペットボトルをひったくると、完璧な『慈愛に満ちた天使の微笑み』を作り出し、若者の口元にそっと水を飲ませてあげた。
「大丈夫ですか、迷える子羊よ……。はい、どうぞ」
「……あ、あなたは……女神様、ですか……?」
若者は水を飲んで少しだけ生気を取り戻すと、ふらつきながらもその場に片膝をつき、深く頭を下げた。
「私の名はラシード。命を救っていただき、ありがとうございます。このお礼は必ず……。どうか、私の住む『パルミラ集落』へご案内させてください」
「そんな、お礼だなんて。当然のことをしたまでです」
(さっきまで「放っておけ」とか言ってたくせに、マジで調子いいな……)
うっとりとした天使の微笑みでドヤ顔を決めるシャリエルを見ながら、私は「あ〜、はいはい」と呆れ半分でため息をついた。
でもまあ、一人でお兄ちゃんを探すより、この変わり者の天使と一緒にいる方が、色々と面白そうだ。
「……もう、いつまでデレデレしてんの? 行くよ」
「ええ、参りましょう!」
シャリエルはすっかり上機嫌で、イケメンの隣をキープしながら歩き出した。
私は呆れつつも、少しだけワクワクしながらその後を追った。
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