禁断の果実と、聖剣エクスカリバー(前編)
見渡す限りの何もない野原に、ポツンと生えた一本の不思議な木。
その枝には、太陽の光を浴びて神々しく輝く、たった一つの『金のリンゴ』が実っていた。
「わぁ……すっごく美味しそう……」
私は吸い寄せられるように歩み寄り、背伸びをしてその黄金の果実を両手でもぎ取った。
ずっしりとした重みと、鼻をくすぐる濃厚な甘い香り。
さっき銀のリンゴを食べたばかりだけど、空を飛び回ったせいか、またお腹が空いてきてしまった。
「いただきまーす!」
私は一切の躊躇なく、金のリンゴにガブリとかじりついた。
シャクッ! という音と共に、口の中いっぱいに極上の甘みが弾ける。
まるで最高級の蜂蜜をそのまま濃縮したような、とろけるような美味しさだ。
「んんっ……! すっごく甘くて、美味しい!」
あまりの美味しさに手が止まらず、あっという間に平らげてしまった。
ふう、と満足げに息を吐いた直後。
「……あれ?」
体の奥底から、信じられないほどの熱と力が湧き上がってくるのを感じた。
まるで雷に打たれたように、手足の先まで力がみなぎっていく。
今なら、空を飛ぶどころか、なんだってできる気がする。
「おおおっ、すっごい栄養満点! リンゴと蜂蜜……これぞ、バーモントの力!!」
私は両拳を握りしめ、謎のドヤ顔で叫んだ。
この万能感、まるで無敵の勇者にでもなったみたいだ。
私は思わず右手を天高く掲げ、あのゲームの主人公の決め台詞を叫んだ。
「……我は選ばれし勇者! 闇を切り裂く奇跡の光を我が手中に……『聖剣エクスカリバー』!!」
カッ!! と、私の右の手のひらから眩い光が迸った。
光が収まると、そこには虹色に輝く美しい両刃の剣が握られていた。
「うそっ!? 本当にエクスカリバーが出た! すっげー!!」
私は目を輝かせながら、重さをまったく感じないその聖剣をブンブンと振り回した。
ふと、目の前の『リンゴの木』が目に入る。
「よし、試し斬りだ!」
私は聖剣を両手で構え、目の前の大木に向けて力を込める。
「輝け、幾千の誓いをこの一閃に……。闇を切り裂け!!」
スパーーーンッ!!
なんの抵抗もなく、刃は豆腐でも切るかのように幹を通り抜け――ズズーン! と、地響きを立てて大木が倒れ伏した。
「おおー! 切れ味バツグン! 私、最強じゃん!」
しばらく倒れた木の上に登ったりして、一人ではしゃいでいたけれど、そのうちすぐに飽きてしまった。
「あーあ、つまんない。シャリエルちゃん、もう帰ってきたかな?」
私は聖剣を片手に、ぽつりと呟いた。
念じた瞬間、視界が歪み、私は再びあの平屋の居間へとワープで戻っていた。
「ただいまー……って、あれ?」
部屋の中はしんと静まり返っていて、シャリエルの姿はどこにもなかった。
私はちゃぶ台の前に座り込み、聖剣を片手に持ったまま、退屈そうに膝を抱えた。
「……ちぇ。まだ、帰ってないの」
静かな部屋。
時計の秒針の音だけが響く空間。
なんだか、自宅のマンションでの出来事を思い出してしまった。
彼女ができたお兄ちゃんをからかってやろうと、意地悪なドヤ顔を浮かべながら、部屋で一人、帰りを待ち続けていた、あの時間。
……ザコでポンコツなくせに、妹を置いてどこほっつき歩いてるのよ。
少しだけ心細くなって、私は手にした聖剣を意味もなくブンブンと振り回した。
***
その頃。
シャリエルは、天界の白亜の神殿にて、上官である大天使ウリエルの御前に傅いていた。
「――以上が、地上における『不幸の残滓』の状況であります」
「ふむ。つまり、何者かに先を越されたと?」
玉座に腰掛けるウリエルの冷ややかな視線に、シャリエルは背筋をピンと伸ばした。
「はっ。しかし、このシャリエル、必ずや取り戻してご覧に入れます! かつて堕天したエーテラのような裏切り者とは違い、私の忠誠は絶対であります!」
「……そうか。だが、かの地も無数の星の一つに過ぎないからな。そこまで無理して探すこともなかろう」
ウリエルが気の抜けた返事をした、その時。
神殿の扉が勢いよく開き、下級天使が血相を変えて駆け込んできた。
「ウ、ウリエル様! 一大事であります! たった今、宝物庫から『聖剣エクスカリバー』が消失いたしました!」
「なに?」
報告を聞いたシャリエルは息を呑んだが、ウリエルはふっと鼻で笑って片手を振った。
「まあ、慌てるな。全宇宙から集めた無数の宝の一つが、どこかに紛れ込んだだけだろう」
「しかし、ウリエル様!」
「よいか。天界の宝物庫から勝手に物を取り出せる者など、この宇宙には存在せぬ。それができるのは、一万年に一度しか実らぬ『金の果実』を食した者だけ……天界の長、エル・アディン様にすら不可能なことだ」
どうせすぐに見つかると、ウリエルは適当にあしらった。
***
「……遅い。遅すぎる。早く帰ってきてよ、バカ!」
一人で待つ寂しさと退屈に耐えきれなくなった私は、天井に向かって思い切り叫んだ。
ポンッ!
間の抜けた音と共に、目の前にシャリエルが突如として出現した。
ドンッ!
そのまま空中に放り出され、畳の上に尻もちをつく。
「ふぎゃっ!?」
めくれた薄紫のワンピースの裾から、純白の布が丸見えになっていた。
「な、ななな、何ですか今の!? 私、ウリエル様の御前にいたはずなのに、なぜ一瞬でここに!?」
「おおーっ、さすがリンゴの力! バーモントパワー!!」
「……え? 今、なんて……?」
シャリエルの動きがピタリと止まった。
ギギギ、と錆びた機械のように首を回し、台所の冷蔵庫を凝視する。
そして、弾かれたように駆け出し、勢いよく扉を開けた。
「り、リンゴが……半分しかない……」
「お腹が空いてたんだもん、しょうがないじゃん。半分残してあげたんだから、そんなに怒んないでよ」
「半分……半分……」
シャリエルは、冷蔵庫の扉にすがりつきながらブツブツと呟いている。
大げさなリアクションに呆れつつ、私は立ち上がって彼女の肩を叩いた。
「そんなことよりさ、聞いてよ! あの後、外で空を飛んで遊んでたんだけどさ!」
「……は? 空を、飛んだ?」
「うん。それで、一番すごい場所に行きたいって願ったら、金色のリンゴがなってる大きな木があってさ。すっごく甘くて美味しかったから、あれも全部食べちゃった!」
シャリエルの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
彼女は、ふと、私が片手に持っている『光り輝く剣』に気付いて目を剥いた。
「……そ、それは一体、何です……?」
「これ? そしたらすっごい力が湧いてきてさ! ゲームみたいにこの『エクスカリバー』が出てきたの!」
「……え、くす、かり、ばぁ……?」
「そう! でね、切れ味を試したくて、あの金のリンゴの木をこれでスパーンって真っ二つに切っちゃった! すごいでしょ!」
私は純粋な笑顔で、最高の戦果を報告した。
「…………」
シャリエルの瞳から、スッとハイライトが消えた。
彼女はパクパクと金魚のように口を動かした後、白目を剥いてパタンと畳の上に倒れ伏した。
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