兄の部屋にいた、未知なる中二病(後編)
連れてこられたのは、どこからどう見ても、日本の田舎によくある木造平屋建ての民家だった。
「……ここが、あんたの家?」
「そうですよ。いいですか、勝手によそ者を連れてきたことがバレたら、すごく怒られるんですからね!」
(あー……ド田舎の閉鎖的なご近所付き合いってやつ? 大変ね)
「な、何か盛大に勘違いしているようですが……まあいいです、早く中へ!」
せっつかれてガラガラと引き戸を開け、玄関をくぐる。
上がった先のリビングには、ちゃぶ台にテレビ、隅っこには2ドアの冷蔵庫。
生活感があふれすぎていて、さっきまでの緊張感が綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
「……全宇宙の中心って言ってた割に、すっごい庶民的じゃん」
「失礼ですね! 機能性を追求した結果です!」
むっと頬を膨らませるシャリエルを見つめ、私は腕を組んでジト目を向けた。
「ところでさ、あんた桜井せんぱいとどういう関係なわけ? あんな清楚な美少女に中二病をうつした元凶って、あんたでしょ」
「は? 何を言っているのか分かりませんが、私はあの部屋にあった『不幸の残滓』を回収しに来ただけです。……やはり、彼女に先を越されたのですね?」
シャリエルは深刻そうな顔で顎に手を当て、ぶつぶつと呟き始めた。
また始まったよ、わけのわからない電波トーク。
私は小さくため息をつき、これ以上追及するのはきっぱり諦めることにした。
中二病の相手なんて、真面目にするだけ時間の無駄だ。
「とにかく! 私は上官のウリエル様に報告へ行ってきます! 私が帰るまで、絶対に一歩も外に出ちゃダメですからね! いいですね!?」
シャリエルはそう念を押し、玄関からバタバタと飛び出していった。
カチャリ、と外から鍵の閉まるような重い音が響く。
「うん、わかった。いい子で待ってるね」
私は素直に頷いてシャリエルを見送った。
怒られると可哀想だし、ここは言われた通りおとなしく待っていてあげよう。
そう思って、ちゃぶ台の前にちょこんと正座したのだけれど……。
指先をいじったり畳の目を数えたりしているうちに、一分と経たず、すっかりやることがなくなってしまった。
「……うーん、やっぱり退屈だなぁ」
じっと待つという約束も頭の隅へと追いやられ、私は立ち上がると、気ままに部屋の中をウロチョロと歩き回り始めた。
とりあえず外の空気を吸おうと玄関へ向かい、引き戸の取っ手を掴んで力を込める。
「……んぐっ!? か、硬い……!」
力を込めても、取っ手はピクリとも動かない。
よく見れば、そもそも鍵穴すら見当たらなかった。
まるで壁そのものと一体化しているかのように、びくともしない。
慌てて窓に駆け寄ってみるが、そちらの鍵もガチガチに固まっていて、やはりビクともしなかった。
「うっわ。本当に閉じ込められたし……」
スマホを取り出そうとして、自分の部屋で充電中なのを思い出す。
「ヤバい。退屈過ぎて死ぬ」
そんな時、ぐうぅぅ――と間抜けな音が部屋に響いた。
「……お腹、空いたなぁ」
そういえば、夜ご飯もまだだった。
私は躊躇なくキッチンへ向かい、冷蔵庫の扉をパカッと開けた。
人の家の冷蔵庫を勝手に開けるなんて怒られそうだけど――そもそも、こっちを閉じ込めたシャリエルが悪いのだ。
「何か食べるもの……って、うわっ、すごーい!」
殺風景な冷蔵庫の中、ポツンと一つだけ置かれている果物があった。
形はリンゴそのもの。けれど――赤でも青でもない。
ピカピカと金属のように輝く、見たこともない『銀色』だった。
思わず、目を輝かせてしまう。
「銀色のリンゴだ! 綺麗! 外国の珍しい品種かな?」
漂ってくる匂いはめちゃくちゃフルーティーで甘い。
果物には目がない私だ。お腹の虫には勝てなかった。
私はまな板と包丁を取り出し、銀のリンゴを真っ二つに切り分けた。
「全部食べたら怒られそうだし……半分はシャリエルちゃんに残しておいてあげよっと」
一切れをラップに包んで冷蔵庫に戻し、残りの半分にかぶりつく。
シャクッ、と小気味いい音が口いっぱいに広がった。
「んんっ……!? おいしっ!」
果汁がジュワッと溢れ出し、これまで食べたどんな高級フルーツよりも濃厚な甘みが舌の上でとろける。
あまりの美味さに、私はあっという間に半分を平らげてしまった。
「ふぅ、ごちそうさま。……でもやっぱり、暇!」
お腹が満たされると、余計に退屈が押し寄せてくる。
座布団をぽんぽん叩きながら、私は大の字になって天井を見上げた。
「あーあ、外に出たぁぁぁい!」
叫んだ、その瞬間だった。
――視界が、ぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間には体がふわりと宙に浮くような感覚に包まれ、目を開けたときにはもう景色が一変していた。
「……え?」
畳の匂いが消え、頬を撫でたのは生ぬるい田園の風だった。
足元を見下ろすと、土の感触。
私は、さっきまで閉じ込められていた平屋の、玄関ドアの『外』に立っていた。
「あれ? ドアの前にワープした……? なんで?」
一瞬だけ不思議に思い、首を傾げたけれど。
「……ま、いっか! 出られたし!」
私はあっけらかんと踵を返し、目の前のあぜ道をてくてくと歩き始めた。
けれど、どこまで行っても同じような田んぼと用水路が続くだけで、コンビニどころか人影すらない。
スマホも家に置いてきたし、完全に迷子だ。
「ねえ……ここ何処か、分かんないんだけどーっ!」
思わず両手を広げて叫んだ、その時。
ふわっ。
「……ひゃっ!?」
足の裏から地面の感触が消えた。
体が勝手にふわりと浮き上がり、あれよあれよという間に、電柱の高さを超え、民家の屋根を見下ろす高さまで上昇していく。
「う、浮いてる……!? え、なんで飛んでんの私!?」
空中で足をバタつかせながら、眼下に広がるミニチュアのような景色を見下ろす。
その瞬間、さっきの出来事がフラッシュバックした。
マンションのベランダから、二人で飛び降りたこと。
目を瞑って、落ちていったあの感覚。
そして、シャリエルが言っていた『ここは天界です』という言葉。
「天界って……まさか、『天国』のこと……?」
血の気が引いていくのを感じながら、私は自分の両手をペタペタと触った。
「うそ……私、あの時アスファルトに激突して、死んじゃったの……!? だから痛くないし、こんなお化けみたいに空を飛べてるの……!?」
でも、手のひらは温かいし、心臓もちゃんとドキドキ動いている。
幽霊になったような実感はまったく湧いてこない。
(……まあ、痛くないなら、別に……)
深刻に考えるだけ無駄な気がして、私は開き直ることにした。
「……ま、いっか。せっかくだから楽しんじゃお!」
死んだかどうかなんて後で考えればいい事だ。
それよりも今、私は自分の意志で空を飛んでいる。
まるで、ゲームの主人公みたいに!
「うわぁぁ、すごーい! 風が気持ちいいっ!」
両手を大きく広げると、ツインテールが風を受けてなびいた。
私は歓声をあげながら、青空の中をビュンビュンと飛び回る。
「あらよっと」
右へ左へ、宙返りまでキメてみせる。
ひとしきり飛び回ったあと、私はぴたっと空中で静止した。
(あ、そうだ。いいこと思いついた)
願えばその通りに移動できるのなら、試してみたいことがある。
「この世界で、一番すごい場所に行きたーい!」
大声で叫んだ瞬間――視界が真っ白に染まった。
再び空間が歪み、足が地面に着地する。
「着いたっ! どこ!? 魔王城!? それとも超ハイテク都市!?」
期待に胸を膨らませながら周囲を見渡す。
だが、目の前に広がっていたのは――さっきと大して変わらない、のどかすぎる田舎の野原だった。
「……はぁ!? 何もないじゃん!!」
一番すごい場所ってお願いしたのに、完全に拍子抜けだ。
「なーんだ、期待して損した……」
ため息をついて唇を尖らせた、その時。
野原の真ん中に、ポツンと一本だけ生えている、異様な木が視界に入った。
その枝には、たった一つだけ、果実が実っていた。
さっきの銀色のリンゴなど、比べ物にならない。
太陽の光を受けて、神々しいまでに黄金色の輝きを放っている――。
「……え? 今度は、金のリンゴ……?」
私は目を丸くしながら、黄金に輝くその木へと、吸い寄せられるように歩み寄っていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
評価・ブックマークして頂けると、とても嬉しいですわ。
なろうの連載は、月・金の夜20時30分、次回もお楽しみに ( ⁎•ᴗ•⁎ )୨୧
・物語のキャラ・設定イラストを、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
・カクヨムでも、毎週水曜日の夜20時30分に別作品を連載中です。
https://kakuyomu.jp/users/t_yukiyuki13
・最近、note始めましたの。4コマ漫画付きエッセイですわ。
https://note.com/t_yukiyuki13
・作品掲載時は、Xで告知しますので、フォローお願いします ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )୨୧
https://x.com/T_YUKIYUKI13
是非、ご覧くださいませ ( ⁎>ᴗ<⁎ )୨୧




