episode2.あこがれの六輪荷車
昼が近づく頃、風の中へ聞き慣れない音が混じった。
金属の軋み。
何か重いものが、一定の間隔で砂を踏む鈍い響き。
その奥に、喉の深いところで鳴らすような獣の声がある。
オレは足を止め、砂丘の向こうへ顔を向けた。
「何かいる」
「……五人」
セヴァンが答えた。
「見えるの?」
「音が五つある」
「それ、人間の数まで分かる音?」
「たぶん」
「たぶんで断言するなよ」
言いながら、オレは砂丘を上った。
斜面の頂へ出た瞬間、思わず息を呑む。
「……すっごい」
白い窪地の真ん中に、乗り物があった。
二頭の大きな獣が、太い牽引棒の前で身を伏せている。
その後ろには、色褪せた防砂布を張った荷台と、幅広い六つの車輪。
荷台は人の背丈より高く、側面には樽のような水容器や工具箱、折り畳んだ板まで隙間なく括りつけられていた。
乗り物を持っている。
それだけで、オレからすれば、すっごい奴らだった。
荷物を全部、自分の背中で運ばなくていい。
水を、人ひとりでは持ち上げられないほど大きな容器に入れて運べる。
夜になれば、荷台の陰を風除けに使えるし、天幕も道具も、歩いて運ぶよりずっと多く持てる。
もちろん、いいことばかりではない。
荷獣へ食わせるものが要る。車輪が壊れれば直さなければならない。
古い補助動力を積んでいるなら、蓄電池の手入れも必要だ。
それでも、歩くしかない人間から見れば、六つも車輪がついているだけで立派な財産だった。
オレは砂丘を下りながら、荷車から目を離せなかった。
前の二輪は、牽引棒と一緒に左右へ向きを変えられる。
中央の二輪は一番大きく、荷台の重さを受けるために車軸も太い。
後ろの二輪には、金属の覆いと、細い導線の束が見えた。
「補助動力つきだ」
「ああ」
「見た? 後輪だけ。たぶん深い砂とか坂で使うんだ。ずっと動かすほど蓄電は保たないから、普段は荷獣に引かせるんだろうけど……六輪で、補助動力までついてる」
「見すぎだ」
「だって六輪だぞ。しかも補助動力つき。見ないほうがおかしいだろ」
「欲しい?」
「別に」
即答してから、もう一度荷車を見た。
「……あったら便利だとは思う」
「欲しいんだな」
「何で二回言うんだよ。維持が大変そうだって言ってるの」
セヴァンはそれ以上言わなかった。
言わなかったが、横顔が少しだけ楽しそうに見える。
「……何」
「何も」
「今、絶対何か思っただろ」
「リュカは分かりやすい」
「おまえにだけは言われたくない」
言い返したところで、荷車がなぜ止まっているのかに気づいた。
左後ろが、不自然に沈んでいる。
六つある車輪のうち、後部左側だけが荷台の下へ深く入り込み、車体が斜めに傾いていた。
周囲では五人の人間が荷を下ろしたり、車輪の下へ板を差し込もうとしたりしている。
手綱をまとめる若い男。荷台の上で積荷を押さえる白髪まじりの女。
車輪の下へ潜ろうとしている寡黙そうな男。
その傍らでは、片腕へ布を巻いた見張り役が、使える板や楔を集めていた。
誰も立ち尽くしてはいないのに、荷車は傾いたままだ。
そして荷車の側面から、細い光が砂へ落ちていた。
水だ。
「セヴァン、急ぐよ」
今度は返事を待たず、斜面を駆け下りた。




