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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く  作者: 玻璃 れにか
第二章 砂風の平焼きパン
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episode1.靴底の縫い目から始まる朝

 目を覚ましたとき、火はもう灰の下で赤く息をしているだけだった。

 

 夜の冷たさはまだ白砂の表面へ残っていたが、東の空は薄い桃色にほどけ始めている。

 ()が顔を出せば、この寒さもすぐに追い払われる。その代わり、今度は砂が焼け、外套(がいとう)の中へ熱がこもる。


 荒野では、朝の穏やかな時間は短い。

 オレは砂除(すなよ)け布から顔を出し、火の向こうを見た。


 セヴァンはすでに起きていた。

 いつ眠ったのか分からない。長い脚を折って熾火(おきび)のそばに座り、昨夜使った小鍋を布で(ぬぐ)っている。

 

 薄明かりの中では、磨いた黒曜石(こくようせき)のような髪も夜の気配を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 けれど、こちらへ向けられた濃い蜂蜜(はちみつ)色の目だけは、朝の光を拾って静かに明るい。


「おはよう」

「ああ。足は?」


 挨拶(あいさつ)の次がそれだった。


 オレは寝床(ねどこ)(わき)に置いていた靴を引き寄せる。

 昨日、口を開けかけていた左の靴底には、新しい()い目が増えていた。

 セヴァンが太い糸を何度も往復させたせいで、見た目だけなら傷口を無理やり閉じたように無骨だ。


 ()いて立ち上がり、(かかと)を二度、砂へ打ちつける。

 細かな粒は入ってこない。


「いい感じ。格好は悪いけど」

「歩ければいい」

随分(ずいぶん)と歩きやすいよ」


格好(かっこう)もよくしたほうがよかった?」

「できたの?」


 セヴァンが縫い目を見た。


「次は考える」

「へへっ、できるとは言わないんだな」


 返事はなかった。

 たぶん、少し悔しいらしい。

 そういうところだけ妙に負けず嫌いだ。


 オレたちは灰へ砂をかけ、火が完全に消えたことを確かめた。

 昨夜の空の器を布で包み、残りの水を数える。黒い箱は二重の布から出さず、背負い具の中央へ固定した。

 肩帯(けんたい)を締めたセヴァンの背中が、目の前でさらに大きくなる。


「おまえ、なんか背負ってる荷物の重心が変じゃない?」

「昨日と同じだ」

「だから、昨日から重心が(かたよ)ってるんじゃないの」


「持てる」

「持てるかどうかじゃなくて、身体のどこかに負荷(ふか)が偏ってないかって訊いてるの」


 セヴァンは肩を回し、腰の帯へ指を差し込んで確かめた。


「右が少し重め」

「もう……ほら」


 オレは背後へ回り、箱を(しば)(さく)を一本緩めた。布()しでも角の位置は分かる。

 左下へ折り(たた)んだ敷布(しきふ)を一枚差し込み、重さが中央へ寄るよう締め直す。


「これでどう?」


 セヴァンが数歩歩く。


「いい、とても」

「最初から言えよ」

「歩けてたから」

「おまえの『歩ける』は信用ならないんだよな……」


 昨夜、遠くに見えた《嵐の歯》は、朝の(かすみ)の中へ薄れていた。

 ナジュラまでは、順調ならあと二日半。


 早く着きたい。

 濾過(ろか)材も欲しい。工具も欲しい。まともな靴底も欲しい。箱が高く売れたら、屋根のある場所で眠りたい。


 それから卵。

 昨夜、一個だけ買うとセヴァンと約束した。


 まだ売れると決まったわけでもないのに、頭の中ではもう、こいつが卵を割っている。

 (から)の中から落ちる丸い黄身まで、見たことがあるような気がしてきた。

 たぶん、腹が減っている。


「行こう」

「ああ」


 東から昇った陽が、白い荒野へ長い影を落とした。

 オレたちは、ナジュラへ向かって歩き始めた。

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