episode1.靴底の縫い目から始まる朝
目を覚ましたとき、火はもう灰の下で赤く息をしているだけだった。
夜の冷たさはまだ白砂の表面へ残っていたが、東の空は薄い桃色にほどけ始めている。
陽が顔を出せば、この寒さもすぐに追い払われる。その代わり、今度は砂が焼け、外套の中へ熱がこもる。
荒野では、朝の穏やかな時間は短い。
オレは砂除け布から顔を出し、火の向こうを見た。
セヴァンはすでに起きていた。
いつ眠ったのか分からない。長い脚を折って熾火のそばに座り、昨夜使った小鍋を布で拭っている。
薄明かりの中では、磨いた黒曜石のような髪も夜の気配を彷彿とさせる。
けれど、こちらへ向けられた濃い蜂蜜色の目だけは、朝の光を拾って静かに明るい。
「おはよう」
「ああ。足は?」
挨拶の次がそれだった。
オレは寝床の脇に置いていた靴を引き寄せる。
昨日、口を開けかけていた左の靴底には、新しい縫い目が増えていた。
セヴァンが太い糸を何度も往復させたせいで、見た目だけなら傷口を無理やり閉じたように無骨だ。
履いて立ち上がり、踵を二度、砂へ打ちつける。
細かな粒は入ってこない。
「いい感じ。格好は悪いけど」
「歩ければいい」
「随分と歩きやすいよ」
「格好もよくしたほうがよかった?」
「できたの?」
セヴァンが縫い目を見た。
「次は考える」
「へへっ、できるとは言わないんだな」
返事はなかった。
たぶん、少し悔しいらしい。
そういうところだけ妙に負けず嫌いだ。
オレたちは灰へ砂をかけ、火が完全に消えたことを確かめた。
昨夜の空の器を布で包み、残りの水を数える。黒い箱は二重の布から出さず、背負い具の中央へ固定した。
肩帯を締めたセヴァンの背中が、目の前でさらに大きくなる。
「おまえ、なんか背負ってる荷物の重心が変じゃない?」
「昨日と同じだ」
「だから、昨日から重心が偏ってるんじゃないの」
「持てる」
「持てるかどうかじゃなくて、身体のどこかに負荷が偏ってないかって訊いてるの」
セヴァンは肩を回し、腰の帯へ指を差し込んで確かめた。
「右が少し重め」
「もう……ほら」
オレは背後へ回り、箱を縛る索を一本緩めた。布越しでも角の位置は分かる。
左下へ折り畳んだ敷布を一枚差し込み、重さが中央へ寄るよう締め直す。
「これでどう?」
セヴァンが数歩歩く。
「いい、とても」
「最初から言えよ」
「歩けてたから」
「おまえの『歩ける』は信用ならないんだよな……」
昨夜、遠くに見えた《嵐の歯》は、朝の霞の中へ薄れていた。
ナジュラまでは、順調ならあと二日半。
早く着きたい。
濾過材も欲しい。工具も欲しい。まともな靴底も欲しい。箱が高く売れたら、屋根のある場所で眠りたい。
それから卵。
昨夜、一個だけ買うとセヴァンと約束した。
まだ売れると決まったわけでもないのに、頭の中ではもう、こいつが卵を割っている。
殻の中から落ちる丸い黄身まで、見たことがあるような気がしてきた。
たぶん、腹が減っている。
「行こう」
「ああ」
東から昇った陽が、白い荒野へ長い影を落とした。
オレたちは、ナジュラへ向かって歩き始めた。




