↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/33

episode7.明日へ持っていく味

 

 食後、火へ細い燃料を足しながら、ナジュラで買うものを話した。


「まず濾過(ろか)材」

「ああ」


「次に工具。発掘(はっくつ)用の(やいば)と、細い端子(たんし)抜き。あと靴底」

「リュカの靴も」

「オレのは今直してもらったじゃん」

「応急処置」


「ナジュラまではもつ」

「俺の靴も直したほうがいい?」

「おまえのは底より紐。切れかけてる」


 セヴァンが自分の靴を見る。


「気づかなかった」

「そういうのを見るのがオレの仕事。あと水と保存食」


「粉も欲しい」

「保存食にあるだろ」

「あれは粒が粗い。煮るにはいいけど、パンにすると固くなる」


「また始まった」

「ナジュラなら、もう少し細かい小麦粉があるかもしれない。発酵種(はっこうだね)も」


 小麦粉そのものは、この世界にも残っている。

 ただし、荒野の集落で手に入るものは、殻や細かな砂まで混じった(あら)い粉が多い。水を加えて煮れば腹を満たせるが、柔らかなパンを作るには向かない。きちんと精製(せいせい)された小麦粉はとても希少で高価だ。


 ナジュラほど大きな街なら、選別された小麦や、細かく()いた粉が流通しているかもしれない。

 セヴァンは、そういう話をどこで聞いたのか。


 あるいは、なぜ小麦粉の違いまで知っているのか。

 訊いても、きっと「分からない」と答える。


「旅に持って歩くつもり?」

「小さな(つぼ)なら持てる」

「誰が?」

「俺が」


 当然のように答えた後、セヴァンは少し間を置いた。


「卵もあるだろうか」


 声が、ほんの(わず)かに明るくなる。内心オレも期待しているのでドキッとする。


「何に使うの?」

「汁へ流してもいい。焼いてもいい。粉があれば生地にも使える。少し古くても、火を通せば――」

「待って。どれだけ卵の使い道を考えてたんだよ」


「歩きながら」

「さっき黙ってたの、卵のこと考えてたの?」

「少し」


「もっと大事なこと考えろよ」

「食べることは大事」


 言い切られた。

 反論しにくい。

 今日食べたものを思えば、なおさらだった。


「箱が売れて、必要なものを全部買って、それでも金が余ったら。一個だけ」


 口にしてから、しまったと思った。

 セヴァンがこちらを見る。

 蜂蜜(はちみつ)色の瞳には、期待と興奮の明かりが小さく揺れていた。


(あま)ったら、買っていい?」

「一個だけだよ」

「ああ」


「まだ売れるって決まったわけじゃないからね」

「分かっている」


 今度の「分かっている」は、少しだけ信用できた。


 不意に、風が止んだ。

 さっきまで外套(がいとう)(はし)を揺らしていた音が消え、荒野が息を潜める。


 オレは顔を上げた。

 夜空には、数え切れないほどの星が浮かんでいる。


 昔の人間は、あんなものへ願いを掛けたらしい。

 オレたちが空を見るのは、星が美しいからではない。


 光が不自然に揺れていないか。

 磁気(じき)が乱れていないか。

 嵐が近づいていないか。


 生きるために必要なことを確かめるためだ。

 それでも今夜の星は、少しだけきれいに見えた。


 温かいものを食べたせいかもしれない。


 耳元で、ぱち、と小さな音がした。

 髪の先が静電気で浮いている。

 舌の奥へ、薄い金属を()んだような味が(にじ)んだ。


「磁気が荒れてる」

「ああ」


 セヴァンが片耳を押さえる。

 黒髪の間から覗く横顔が、(わず)かに強張(こわば)っていた。


「また聞こえる?」

「少し」

「あの箱から?」

「分からない。遠くからも聞こえる」


 オレは立ち上がり、布で包んだ箱へ近づいた。

 表面には何もない。


 けれど、セヴァンが背後へ立った瞬間、布の隙間で青白い光が一度だけ明滅(めいめつ)した。

 火の粉ではなかった。


 バッテリーみたいな形をしたこの黒い箱とセヴァンの間に、何かがある。

 その何かが、金になるだけのものではないことを、オレはもう薄々感じていた。


「明日は早く出るよ」


 布をきつく巻き直す。


「嵐が来る前に、少しでもナジュラへ近づこう」

「ああ」


「火の番、先におまえね」

「分かった。眠っていい」

「言われなくても寝る」


 遺跡(いせき)の外壁へ背を預け、砂除(すなよ)け布を肩まで引き上げる。


 冷えた白い砂。

 細くなった火。

 並んだ二つの空の器。


 その向こうには、長い脚を折り、炎のそばへ座るセヴァンがいる。

 大きな身体は暗がりでも輪郭(りんかく)を失わず、黒い髪だけが火の光を縁に残していた。


 さらに遠く、地平の果てには、ナジュラの《嵐の歯》が幾本も突き立っている。夜の中では、白い大地へ()いつけられた黒い針のようにも見えた。


 明日も歩く。黒い箱を売る。必要なものを買う。

 ――もしお金が余ったら、卵を一個。


 目を閉じる寸前、隣でまた、低い振動(しんどう)音がしたような気がした。

 けれど、セヴァンが火のそばにいる。

 火を絶やさず、荷物へ目を配り、オレが起きる頃には湯を沸かしている。


 大きな安心感と腹が満たされた幸福感に、(まぶた)が重くなる。

 今夜、食べたものの温かさが、まだ腹の奥へ残っている。


 (きのこ)の香り。

 肉の濃い味。

 柔らかく戻った砂根(すなね)の甘さ。


 ひとつまみの塩。


 半月前に掘った根も、今日見つけた箱も、明日へ続く道も、全部が同じ夜の中にある。

 今日あったことを忘れず、明日へ持っていくための味だった。


 美味しい物を食べて十分に元気が出たのだから、あとはしっかり眠るだけだ。

 オレはすぐ近くにセヴァンの存在を感じながら、深い眠りへ(いざな)われていった。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

リュカとセヴァンの旅をもう少し見守っていただけましたら、

ブックマークやレビューで応援していただけると嬉しいです。

また、作中で気になった料理や食材がありましたら、ぜひ教えてくださいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。