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episode13.「香草と肉の夕焼風麦粥 お焦げつき」

 鍋の中で、麦はゆっくり形を失っていった。


 柔らかく(くず)れた(つぶ)もあれば、まだ中心へ少し(しん)を残したものもある。

 乾燥肉は水を吸って(はし)がほぐれ、細い繊維(せんい)(かゆ)へ混じり始めていた。


 木匙(きさじ)の先で少し味を確かめる。

 肉の近くは塩気が濃い。離れたところは薄い。夕焼草(ゆうやけそう)の酸味も、局所(きょくしょ)的に妙に強いところがある。


 大きく混ぜれば均一になるかと思ったが、底近くから()げた匂いが少し上がってきたので、(あわ)てて止めた。


「……できた。たぶん」


「自信がない声だ」

「食べられるところまでは来てる。そこは保証する」


「たぶん?」

「そこ、繰り返すな」


 二つの器へ粥を注ぐ。


 セヴァンが普段作るものと比べれば、見た目からしてずいぶん不格好(ぶかっこう)だった。表面は(なめ)らかではなく、粒の大きさも(そろ)っていない。肉の欠片は薄かったり厚かったり、夕焼草の(だいだい)色もところどころへ固まっている。


 それでも湯気は温かく、麦と肉と香草の匂いが、冷えていた遮蔽(しゃへい)室の空気へゆっくり広がっていった。


「セヴァン、起きられる?」

「ああ。今なら大丈夫だ」


 セヴァンがゆっくり上半身を起こした。


 黒髪が(ひたい)からさらりと落ち、首筋へ貼りつく。大きな肩を壁へ預けると、普段なら寝台そのものが小さく見えるほど(たくま)しい身体が、今日は少しだけ重たそうに沈んだ。


 (うつわ)を受け取ろうと差し出した手が、(わず)かに震えている。


「貸して。オレが持つ」

「持てる」


「持てるかどうかじゃなくて、こぼすかどうかを心配してるの。おまえの手、まだ震えてるだろ」


 セヴァンは自分の指先を見た。


「少しだけだ」

「少しでも震えてるなら同じでしょ。今日は大人しく世話されて」


 器はオレが持ち、木匙で少し(すく)う。湯気が(ほお)へ当たるほど熱かったので、ふう、ふう、と何度か息を吹きかける。

 十分に冷ましたつもりで匙を近づけると、セヴァンがじっとこちらを見ていた。


 蜂蜜色の瞳の中には、さっきまでの朦朧(もうろう)とした影が薄れ、代わりに妙に素直な期待の色がちらついている。


「何、その顔」


「食べさせてくれるのかと思った」

「嫌なら自分で持っていいけど」


「嫌ではない」

「……じゃあ、口開けて」


 自分から言った途端(とたん)、妙に恥ずかしくなった。


 けれど、ここで引っ込めるほうがもっと格好悪い。

 セヴァンは何のためらいもなく、素直に口を開けた。


 一口、食べさせる。


 大きな喉仏(のどぼとけ)がゆっくり動き、(かゆ)を飲み込む。その様子を見届けてから、オレは思わず身を乗り出した。


「お粥の味、どう? 焦げたところは()けたつもりなんだけど」


「とても、温かい」

「あのね……温度じゃなくて、味を訊いてるんだけど」


「とても、柔らかい」

「だからっ! それは味じゃなくて状態でしょうが……!」


 思わず額へ手を当てると、セヴァンは真面目な顔のまま、もう一度器を見た。


「リュカが作った」

「それも味じゃないからね。おいしいか、まずいか。そこを答えて」


 セヴァンは少し考える。

 こういうときだけ慎重なのが腹立たしい。


「少し焦げている」

「それは知ってる」


「肉の近くは塩辛い」

「それも自分で食べて分かってる」


「……でも、うまい」


 思わずセヴァンの顔を見る。


「……本当に?」


「ああ」

「オレが作ったからって、気を(つか)ってない?」


「使っていない」

「じゃあ、どこがおいしいの」


「温かい。腹に入る。リュカが作った」

「最後のはやっぱり味じゃないだろ」


「俺には大事だ」


 まっすぐ言われると、それ以上は何も返せなくなった。


 誤魔化(ごまか)すように、もう一口を(すく)う。今度は肉と麦が一緒に入るよう、(さじ)の先で少し整えてからセヴァンへ差し出した。


 自分でも食べてみる。

 やっぱり少し焦げ臭い。麦の中心が残っている粒もあり、肉の塩気が急に強く来たかと思えば、その次にはほとんど味のしないところが来る。


 夕焼草(ゆうやけそう)も、酸っぱさがそのまま残っている部分と、香りだけになった部分とがばらばらだった。


 セヴァンの料理とは比べものにならない。

 ひとつの器の中で、味がまだ互いに仲良くなれていない感じがする。


 それでも、粥の熱は舌から(のど)へ落ち、冷えていた腹の奥へじんわり届いた。


 昨日の平焼きパンも、その前の夜の砂根(すなね)の鍋も、セヴァンはこうして作っていたのだ。

 食材の硬さを指先で確かめ、火の強さを音で聞き、匂いが変わる瞬間を待ち、オレがどれくらい腹を減らしているかまで考えて、味を決めていた。


 ずっと(となり)で見ていたつもりだった。

 けれど、自分で鍋の前へ座り、片手で水を量り、火の加減に焦り、焦げた匂いに(あわ)ててみて、ようやく少し分かった気がする。


 食べられるものを作るだけでも、こんなに気を使う。

 まして、食べた相手が「おいしい」と思えるものを作るのは、もっと難しい。


 自信を持って「おいしい粥だ」とは言えない出来だった。

 それでも、セヴァンがオレの手から匙を受け取り、自分で次の一口を掬っている。()んで、飲み込み、また器へ匙を戻す。


 その当たり前の動きを見ているだけで、さっきまで嫌だった焦げた匂いまで、少し好きになれそうだった。


「全部食べられそう?」

「ああ。腹が減っているから、もっと食べたい」


「無理して完食しなくていいからね。気分が悪くなったら、ちゃんと止めること」

「大丈夫だ。うまい」


「……それなら、食べて」


 今度は止めなかった。

 セヴァンの器を持つ手の震えは、さっきより弱くなっている。温かな粥が身体へ入るたび、セヴァンの(ほお)にもほんの少し血の色が戻ってきたように見えた。


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