episode12.嵐の夜におこげの匂い
麦の粉に近かった部分は溶けて汁へとろみをつけているが、角の残っていた大きな粒は、まだ見るからに硬そうだ。
木匙の腹で一粒押してみる。
「まだかな」
「食べてみれば分かる」
「熱いよね」
「熱い」
「そこは先に言うんだ」
ほんの少しだけ掬い、何度か息を吹きかけてから口へ入れる。それでもまだ熱く、舌先がびりっとした。
「熱っ!」
「だから、熱いって言った」
「こういうときはやけに丁寧に言うのね……」
噛んでみると、麦の中心には硬い芯が残っていた。ざらりと割れ、粉っぽい感触が舌へ張りつく。
「まだちょっと硬い。水、足したほうがいい?」
「少し。冷たいまま一度に入れると、温度が落ちすぎる」
「じゃあどうするの。別の器で温める?」
「鍋が一つしかないなら、少しずつ入れて、そのたび混ぜる」
「なるほどね。最初からそう言ってよ」
水袋を膝で支え、細く水を注ぎながら左手で混ぜる。右手が使えないせいで思うように傾けられず、少量がこぼれて耐熱布へ染みた。
もったいない。
反射的に舌打ちしそうになる。
けれど、鍋の中にはまだ必要なだけの水がある。
昨日、サーラたちと一緒に守った水だ。あのとき野盗に奪われていたら、この温かな湯気も、柔らかく煮え始めた麦もなかった。
焦らず作ろう。
セヴァンに、ちゃんと食べさせるために。
そう思って鍋へ意識を戻したはずなのに、寝台のほうから聞こえる呼吸が一度だけ浅くなったような気がして、すぐに木匙を置いて振り返ってしまった。
「セヴァン? 気分悪くなった?」
「ああ……いや、平気」
「本当に? 眩暈が強くなったとかじゃない?」
「眠いだけだ」
近づいて顔を覗き込む。蜂蜜色の瞳はきちんと焦点が合っているし、額へ触れても熱はない。
けれど、普段より血の気の薄い頬や、目の下に残る疲れを見ると、簡単には安心できなかった。
「寝ていいよ。でも、もし気分が悪くなったりどこか痛んだら。聞こえにくくても、何か声を出して」
「ああ」
「約束だからね」
「分かった」
ようやく鍋へ戻る。
最初に異変を知らせたのは、色でも音でもなく、匂いだった。
焼いた麦のような、少し香ばしい香りが鼻へ届き、一瞬だけ「上手くいったかも」と思った。その直後、鼻の奥へ苦い臭いが刺さる。
「わっ……焦げちゃったのか……?」
「上は、まだ大丈夫だと思う」
寝台から、目を閉じたままセヴァンが言った。
「おい、何で分かるの?」
「匂い。底だけが焼けている」
「寝てても料理だけは分かるんだな……」
慌てて鍋を火から外し、木匙を底まで入れかけたところで手を止める。
焦げを混ぜれば、全部が苦くなる。
前にセヴァンがそんなことを言っていた気がする。
底へ触れないよう、上の粥だけを別の器へ少しずつ移す。
柔らかくなった麦を潰さないよう匙を滑らせ、底へ近づいて黒いものが付くようになったら、それ以上は取らない。
どうにか半分ほど救えた。
鍋を布で拭い、強く焦げた部分だけを落とす。
完全には取れないが、さっきより苦い臭いは弱い。
救い出した粥を戻して少し水を足し、今度は火から遠い位置へ置いた。
「もったいないけど……これでどう?」
「今度は火が弱すぎる」
「当たり前でしょ。さっき火が強くて焦げたんだから」
「弱すぎると、残った芯が柔らかくならない」
「ホントかよ……。料理って、ほんっと面倒だな!」
「料理は、面白い」
「おまえだけだよ、いまこの状況でそう思えるの」
セヴァンが目を開けた。
まだ少し疲れているはずなのに、料理の話をしているときだけ蜂蜜色の目にいつもの輝きが戻る。
「リュカも、少し楽しそうだ」
「どこが」
「文句が多い」
「普段からだろ!」
言い返しながら、自分でも気づく。
さっきまでより、緊張が随分と落ち着き、自然体になっていたことに気づいた。




