episode11.リュカ、砕麦を煮る
サーラから受け取った食料袋を開ける。平焼きパンは昼にほとんど食べてしまい、残っているのは小さな欠片だけだった。
まだ石みたいに硬くはなっていないが、いまのセヴァンへそのまま食べさせるには少し乾いている。
代わりに、粗く砕いた麦がある。夕焼草の発酵茎も、乾燥肉も、香草も少し残っている。
ひとつずつ確かめながら、オレは決めた。
「飯は粥にする。麦を柔らかく煮れば、今のおまえでも食べやすいだろ」
口にしたあとで、不安になった。
粥くらいなら、何度も見たことがある。セヴァンが作るところも知っている。麦を水で煮て、肉や香草を入れればいい。
……たぶん。
「俺が作る」
セヴァンが寝台から起き上がろうとし、すぐさま肩を押し戻す。
「寝てろ! 眩暈が残ってて、耳も遠くて、脇腹だってまだ痛む奴が、火の前に座るなっての」
「座ればできる」
「できるかどうかじゃない。今日はオレが作るから、おまえはそこで大人しくしてて」
「リュカの右手も、火傷している」
「左手は平気。一本使えれば、何とかなる」
「料理は?」
「……ずっと見てたし、たぶんできる」
セヴァンが少し黙った。
蜂蜜色の目が、オレの包帯を巻いた手と食料袋を交互に見る。
「心配?」
「ああ。かなり」
「正直だな!」
「火は弱くしたほうがいい」
「まだ何も始めてないだろ!」
遮蔽室の隅には、旧時代の簡易加熱台らしいものが残っていたが、さっきまで勝手に目を覚ましていた塔の設備へつながるものなど信用できない。持ってきた燃料片と小鍋を使うことにする。
床へ耐熱布を敷き、石の代わりになる金属台を三つ並べて、小さな炉の形を作る。右手を使えないため、燃料を割るだけでも思った以上に時間が掛かった。左手で刃を握り、燃料片を膝で押さえて力を掛ける。
「リュカ、危ない。刃先が外へ向いている」
「わ、分かってる。今持ち直すから、そこで見てて」
「見ている」
「静かに見守っててってこと!」
セヴァンは寝台へ横になったままなのに、料理のことになると途端に言葉が増える。
本当にうるさい。
うるさいけれど、その低い声が聞こえていることが嬉しかった。
どうにか火を起こし、小鍋へ水を量り入れる。サーラからもらった砕麦を左手の掌へ取ると、粒は思っていた以上に不揃いだった。半分に割れたもの、ほとんど粉になったもの、まだ角を残した硬いものが混じり、薄い殻までところどころへ残っている。
「麦って、どのくらい入れるの?」
「二人なら、両手に一杯くらい」
「オレ、片手しか使えないんだけど」
「俺が量る?」
「大丈夫! おまえは寝てて!」
左手で二度掬い、鍋へ落とすと、乾いた粒が水へ沈み、底で淡い音を立てた。
「すぐ火に掛けていい?」
「先に少し浸す。角が白くなるまで」
「それ、時間で言ってくれない?」
「麦による」
「料理の説明って、いつもそういうところが不親切なんだよな……」
ぶつぶつ言いながら木匙で一度混ぜると、細かな粉が水へ溶け、透明だった水が薄く白く濁っていく。
待つあいだに乾燥肉を取り出した。
右手で押さえられないので、肉を布へ包んで膝の間へ挟み、左手だけで刃を動かす。一枚目は厚すぎて、二枚目は途中で割れた。三枚目になってようやく、向こうが薄く透けるくらいの厚さに削れた。
「どう? ちょっと上手くなった?」
「最初よりいい」
「褒めるなら、もう少し分かりやすく褒めて」
「三枚目は理想的な薄さだ」
「それ、状態を説明してるだけじゃん」
セヴァンは真面目な顔で数秒考えた。
「上手い」
「……今、完全に言わせたみたいで嫌だな」
切った肉を鍋へ入れる。硬い欠片は冷たい水の表面へしばらく浮いていたが、じわじわと水を吸うにつれ色を濃くし、縁から少しずつ沈み始めた。
夕焼草の発酵茎へ刃を入れると、橙褐色の表皮の内側から、青い草と酢を混ぜたような酸っぱい香りが立つ。汁が左の指先へつき、火傷していないはずなのに、つんとした匂いだけで皮膚までひりつくような気がした。
「これくらい入れる?」
「多い。その半分でいい」
「もう切っちゃったんだけど」
「残りは後で食べよう」
「そのまま?」
「肉と一緒に炒めてもいい」
細かく刻んだ半分だけを鍋へ落とし、乾燥香草は指先で揉んで少量加える。
ようやく鍋を火へ掛けた。
最初のうちは何も起こらない。ただ、水の底で麦がゆっくり水分を吸い、角張っていた輪郭が少しずつ白く丸くなっていく。やがて鍋の縁へ小さな泡が付き始めた。
「そろそろ混ぜたほうがいい?」
「底から、ゆっくり」
「分かってる。見てたからね」
左手で木匙を握り、粒が底へ張りつかないよう、鍋の丸みに沿って大きく動かす。
水の色は、肉から滲んだ赤茶色と麦の白さが混ざり、少しくすんだ灰色になっていた。温度が上がるにつれ、乾燥肉の塩気と脂が溶け出し、香草の青い匂いが湯気へ混じってくる。
夕焼草の酸味も、生のときほど尖ってはいない。熱にほどかれて柔らかくなり、鼻の奥へほのかに残る程度になっていた。
「もう火を弱く」
「まだちゃんと沸いてないよ」
「もうすぐ一気に上がる」
言われた直後、鍋の中央がぼこりと大きく盛り上がった。
「わ、うわっ」
慌てて鍋を火から少しずらす。
寝台のほうから、低い声がする。
「ほら」
「分かってたなら、『もうすぐ』じゃなくて『今すぐ離せ』って言ってよ!」
「次はそうする」
「料理の指示だけ妙に素直だな……」
鍋の中の麦はたっぷりと水を吸い、入れたときの倍近くまで膨らんでいた。
水と麦が混ざり合うときに生まれる、とろりとした甘い香りが立ち上ってくる。




