episode7.認証されたのは百八十年後の男
近づいてセヴァンの顔を見る。
瞳の焦点が、オレの少し向こうへずれていた。
「目、見えてる?」
「ああ」
「何本?」
指を二本立てる。
「二本」
「眩暈は?」
「少し」
「脚は?」
「歩ける」
「歩けるかどうかじゃなくて!」
「力は入る」
「じゃあ、制御室まで行く。箱は下ろそう」
背負い具を外そうと手を伸ばす。
セヴァンが首を振った。
「床へ置くと、もっと強く荒れるかもしれない」
「背負ったままおまえが倒れるほうが危ない」
「リュカが持てない」
「引きずるくらいできる」
反論を待たず、留め具を外した。
二人で箱を支え、近くの乾いた床へ下ろす。
布越しに触れただけで、指先が細かく震えた。
熱くはない。
それなのに、内側で何かが動いている感触がある。
「制御室はそこ」
セヴァンの腕を取る。
「自分で歩ける?」
「ああ」
「途中でもいいから、調子が悪化したらすぐ言って」
「ああ」
制御室の扉は開いていた。
内部には、傾いた操作台と、壁一面の表示盤が並んでいる。
砂は少ない。天井から垂れた配線のいくつかが、青白い火花を散らしていた。
足元へ気をつけながら入る。
操作台の表面には、いくつもの窪みと、手の形に似た認証板があった。
「触らないで」
「ああ」
セヴァンを壁際へ座らせようとした。
けれど、彼は操作台を見たまま動かない。
「セヴァン」
「……知っている」
「何を?」
「分からない、でも俺はこれを知っている」
「分からないのに知ってるって、どういう意味だよ」
返事がない。
蜂蜜色の瞳へ、表示盤の青白い光が映っていた。
背後の小部屋に置いた箱が、強く振動する。
床の線へ光が走った。
小部屋に残した黒い箱から伸びた光は、床の線を伝い、その台の下へ集まっていた。
操作台の表示盤へ、文字が浮かぶ。
『主認証核との接続を確認』
見慣れない言葉だった。
主認証核。
箱の名称なのか、役割なのか。
次の行が現れる。
『生体署名を照合』
「生体……?」
さらに文字が続く。
『照合率――不完全』
『認証個体――セヴァン』
息が止まった。
読み違えたと思った。
けれど、表示は消えない。
認証個体。
セヴァン。
旧時代の塔が、百八十年後に生きている男の名前を知っている。
「……セヴァン」
「聞こえる」
「何が?」
「俺を呼んでいる」
セヴァンが操作台へ手を伸ばした。
止めようと腕をつかむ。
「触るな」
「でも、知っている」
「何を」
「分からない」
「分からないものへ触るなって、拾ってから何度言ったと思ってるんだよ!」
指先が認証板へ近づく。
力を込めて引いた。
いつものセヴァンなら、オレの力で腕を止められるはずがない。
けれど今は、抵抗が弱い。
そのことのほうが怖かった。
「セヴァン、こっち見て」
顔を両手で挟みたかったが、右手が操作台へ近すぎる。
肩をつかみ、揺する。
「オレが誰か分かる?」
「リュカ」
「ここは?」
「塔」
「よし。立てる?」
「ああ」
立ち上がろうとした瞬間、大きく逞しい身体の膝が崩れた。
「っ、セヴァン!」
脇へ身体を入れ、肩を支える。
重い。
腰へ全体重が掛かり、脚が砂を踏んだように沈んだ。
それでも、セヴァンは完全には倒れなかった。
無意識に踏ん張り、オレを押し潰さないよう力を残している。
「右足。次、左」
「……聞こえない」
「聞こえなくても歩け! オレが引くほうへ来い!」
「リュカが、潰れる」
「だったら少しは自分で立て!」
腕をオレの肩へ回させ、腰帯をつかむ。
一歩。
もう一歩。
操作台から離れ、遮蔽室へ向かう。
けれど、床の光はセヴァンの足元を追うように伸びてきた。
表示盤へ新しい文字が現れる。
『補助接続を開始』
「勝手に始めるな!」
誰へ向けたのか分からないまま叫ぶ。
セヴァンの呼吸が乱れた。
目は開いているのに、何も見ていない。
「雨が……」
「何?」
「音がする」
塔の外では磁気嵐が唸っている。
雨など降っていない。
「セヴァン、今はここ。雨じゃない。オレを見て」
「火が……」
「何の話だよ!」
遮蔽室まで運んでも、接続が続けば意味がない。
壁へもたれさせ、オレは操作台へ戻った。




