episode4.沈黙した放電路と、痛みを伝える練習
塔の西側保守口は、砂へ斜めに埋もれていた。
上半分だけ見えている扉は、正面へ開く構造ではない。左右の壁へ細い溝が続いている。
「横へ滑るタイプだ」
「ああ」
「すぐ押しちゃダメだからね。下へ砂が詰まってる」
「分かった」
セヴァンは扉の端へ触れかけた手を止めた。
「今日はちゃんと訊くんだ」
「サーラにも言われた」
「オレが一年以上言ってきたことを、一晩で覚えるなよ」
「同じことを言う人が二人いた」
「人数で信用度を決めてるの?」
「駄目か?」
「いや……ダメじゃないかもしれないけど、何か悔しいな」
扉の下へ積もった砂を掻き出す。
黒い粒が多い。
塔の導体が崩れ、細かな金属粉になって混じっているのだろう。磁気を帯びている可能性があるため、素手では触れない。
細い匙と刷毛を使い、溝の形が見えるまで砂を除ける。
扉の横には、腐食した手動レバーが残っていた。
「引く前に、上を支えて」
「ああ」
「傷、痛んだら止めて」
「ああ」
「今のは、本当に分かった?」
「痛ければ止める」
「よし!」
レバーを少しずつ動かす。
内部で固まっていた歯車が、砂を噛んだような音を立てた。
一度戻す。
もう一度、角度を変えて引く。
扉が指一本ぶんだけ横へずれ、内側から冷たい空気が漏れた。
黴の匂いはない。
砂と古い金属、それから何か焼けたような匂い。
「空気は動いてる」
「奥に出口がある?」
「少なくとも、完全に塞がってはいない」
隙間へ灯りを差し入れ、内側を確認する。
天井は落ちていない。床は奥へ向かって緩く下っている。扉の裏へ大量の砂がもたれている様子もなかった。
「押していいよ。ゆっくり」
セヴァンが両手を掛ける。
筋肉の動きに合わせて、外套を纏う大きな背中が張った。
傷のある左側へ力が偏らないよう、オレは扉の下へ板を差し込んで摩擦を減らす。
扉は低い音を立て、壁の中へ収まっていった。
人一人が通れる幅で止める。
「全部開けないの?」
「戻る必要が出たとき、砂が入りすぎて閉まらなくなる。これで充分」
「分かった」
内部へ入る前に、入口の柱へ白い布を結ぶ。
通った印だ。
シャルルたちが追ってくる場合にも分かりやすい。
「オレが先」
「俺が」
「今日は傷があるだろ。あと、おまえが先に行って床が抜けたら、引き上げられない」
「リュカなら抜けてもいい?」
「よくない。オレのほうが軽いから可能性が低いって話」
「分かった。索を持つ」
「そうして」
灯りを片手に、通路へ足を入れる。
床は硬い。
砂の薄い部分へ靴底を擦り、下に亀裂がないか確かめながら進む。
十歩ほど先で振り返る。
「来ていいよ」
セヴァンが身体を横へ向け、黒い箱を扉へぶつけないよう入ってきた。
長身が地下へ沈む。
外の眩しさが背後で細くなり、やがて扉の隙間だけになった。
通路は、人二人が並んで歩ける幅だった。
壁は黒灰色で、腰の高さに青い線が走っている。
近づいて見ると塗料ではなく、半透明の素材の奥へ細い金属網が封じ込められていた。
床にも同じ線がある。
塔の中心へ向かうほど、本数が増えていく。
「これが放電路かな」
「光っていない」
「今はね」
天井には、等間隔で小さな灯りの箱が並んでいる。どれも沈黙していた。
オレたちの携帯灯だけが、先の暗闇を丸く切り取る。
足音が壁へ反響する。
セヴァンの歩幅はいつもより狭い。傷を庇っているのだろう。
「……傷、痛い?」
「少し」
「言えるじゃん」
「訊かれたから」
「訊かれなくても言う練習をして」
「難しい」
「何が?」
「どこまで言えばいいか」
思いがけない返事だった。
オレは足を止める。
「痛いなら、痛いって言えばいいだろ」
「歩けるなら、止まる必要はない」
「止まるかどうかを決めるのは、そのあと。何も言われなかったら、オレは平気だと思うじゃん」
「心配する」
「するよ。言わなくても心配する。黙って悪くなったら、もっとする」
セヴァンは黙った。
暗がりの中では表情が分かりにくい。
蜂蜜色の瞳だけが、静かな光を湛えて灯りを拾っている。
「心配させない方法を間違えてるんだよ、おまえは」
「そうか」
「そうなの」
「覚える」
「覚えて。ホント、何かあったら困るんだから」
オレはまた歩き出した。
少しして、背後から声がした。
「今は、傷が少し引きつっている感じがする」
「うん」
「背負ってる黒い箱の、どちらかというと右側の方が重い」
「分かった。あとでバランスを直す」
「喉が渇いた」
「それは……今、水飲もう」
思わず笑う。
セヴァンは真面目だった。
水袋を渡し、自分も一口だけ飲む。
「全部いっぺんに報告しなくても大丈夫だからね」
「……難しい」
「加減を覚えてくれればいいの」
腰に手を当てて、俯いたセヴァンの蜂蜜色の瞳を覗き込む。
――けれどオレを心配させまいと、何も言ってくれない時より、ずっと安心した。




