episode2.廉潔のシャルル
褐色の肌は逞しく、知的な光を宿す瞳は鮮やかなエメラルドのように輝く。
華やかな外見とはうらはらに男の纏う服は作業に特化したもので、所どころ煤で黒ずんでいる。
革の手袋には、索や工具で擦れた跡がある。
さっきまで自分で金属板を掘り起こし、警告札を打ちつけていたらしく、片膝には白い砂がついていた。
男の目が、オレの顔で一度だけ止まった。
本当に、呼吸一つぶんだけ。
オレの外見に驚いたことは分かった。こういう反応には慣れている。
けれど次には、視線はオレの工具袋、開きかけた靴底、セヴァンの包帯、背中の大きな荷物へ移っていた。
値段をつけられた感じはしなかった。
それだけで信用するほど単純ではないけれど、すこしほっとする。腰のナイフへ手を掛ける必要も感じなかった。
「サーラの印か」
男が、工具袋の内側から覗いた金属札へ目を留める。
オレは札を取り出し、掌へ載せた。
「今朝、もらった」
「彼女の隊は」
「荷車が壊れて、南の井戸場へ向かった。仮修理だから、ナジュラへ直行できない」
「修理したのは君か」
「そう、オレたち!」
頷きながらセヴァンを見る。
男の視線も動いた。
「その傷も、修理で?」
「違う。風牙団とかいう野盗に襲われたんだ」
「風牙団か」
若い警邏員が、嫌そうに顔をしかめた。
「また北へ出たのか」
「知ってるの?」
「頭が大声で名乗るからな。グリッツという男だろう」
「そう。泣く子も黙るらしいよ」
「泣いている子どもを見たことがないのだろう」
銀髪の男が、ほとんど表情を変えずに言った。
一瞬遅れて、オレは笑った。
「それ、本人に言ってやればよかった」
「次に会ったら伝えてくれ」
「次があるみたいに言わないでよ」
男は片手の手袋を外し、胸元の印を示した。
「ナジュラ外縁警邏のシャルルだ。こちらはエド。迫る磁気嵐に備えて外周路を閉じている」
「リュカ。こっちはセヴァン」
「よろしく」
セヴァンが短く言う。
シャルルという名前は、どこか優しげに響いた。
けれど、砂に膝をつき、自分で警告板を打ち込んでいた男とは、少しだけ釣り合わない気もした。
本人はそんなことを気にしていないらしく、すぐにセヴァンの左脇へ目を向けた。
「その傷で、塔の保守路を抜けるつもりか」
「歩ける」
予想どおりの返事が来た。
「歩けるのは知ってる」
オレが先に割って入る。
「傷は浅い。でも身体を捻ると痛む。荷物を背負ったまま走るのは無理。本人の自己申告は、あんまり信用しないで」
「信用されていない」
「こういうところだけはね!」
シャルルの口元が、かすかに緩んだ。
笑われた気がして眉を寄せると、すぐに真顔へ戻る。
「出血は?」
「止まってる。熱もない」
「なら、走らなければ抜けられる可能性はある。ただし、予定より嵐が速い」
シャルルは塔を見上げた。
青空は晴れている。
雲一つない。
それでも、上部の受信枠の周りだけ、空気が水面みたいに揺れていた。
「サーラは二日か三日と言ってた」
「昨夜から速度が上がった。西の観測杭が、日の出前に三本焼けた。ここへ届くまで、長くても一刻半だ」
「一刻半……」
正規道へ戻れば、ナジュラまでは二日以上。
塔を抜ければ、一日近く短くなる。
ここで引き返す選択肢は、最初からない。
「保守路は通れる?」
「完全には確認できていない」
「できてないの?」
「西口から中央遮蔽室までは確認した。東側は、非常扉が一枚下りている。制御室から開けられるはずだ」
「はず、ね」
「百八十年前の設備に、絶対を求めるのか」
「求めてない。失敗したときの逃げ道を考えてるだけ」
シャルルはオレを見た。
今度は顔ではなく、真っ直ぐ目を見ている。
「正しい選択だな」
短い言葉だった。
持ち上げるでも、子ども扱いするでもない。
判断をはっきりと認められたことが、なんとなく心地よかった。




