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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く  作者: 玻璃 れにか
第二章 砂風の平焼きパン
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episode9.嵐の前に決める旅路

 食後、砂駄獣(さだじゅう)へ水と乾草(ほしくさ)が与えられた。


 若い男は二頭の足裏(あしうら)を一つずつ確かめ、(まく)の間へ入り込んだ硬い砂を取り除いている。

 心なしか砂駄獣も心地よさそうに見える。


 サーラは火の(わき)へ地図布を広げた。


「ナジュラへ行くと言ったね」

「ああ。回収(かいしゅう)品を売る」


 オレは黒い箱のほうを見ずに答えた。

 サーラも追及しなかった。


「他には?」

濾過(ろか)材と工具を買うよ。宿が安ければ泊まりたいし、食べ物も……」


「卵も」


 セヴァンが付け加えた。


「それはまだ決まってない」

「一個だけと言った」

「金が(あま)ったらね!」


 サーラが地図から顔を上げる。


「ずいぶん具体的な旅だね」

「食べたいものがあるほうが、歩く理由になるだろ?」


「違いない」


 サーラの視線が、今度はセヴァンへ移った。


「あんたは」


 セヴァンはすぐには答えなかった。

 ()の火が、その横顔を下から照らしている。切れ長の瞳が()せられ、黒い睫毛(まつげ)の影が(ほお)へ落ちた。


「……探している人がいる」

「ナジュラに?」


「いたかもしれない」


 過去形とも、現在形とも言えない答えだった。


 オレはセヴァンを見る。

 こいつがナジュラへ行きたがる理由の一つが、昔暮らしていた街と、オヤジさんの消息(しょうそく)を探すためだということは知っている。


 詳しい話は、ほとんど聞いていない。

 セヴァン自身も、何をどこまで覚えているのか分からない部分もあるのかもしれない。


 サーラは余計な慰めを言わなかった。


「《灰帳(はいちょう)》を見な」

「灰帳?」


「ナジュラの記録所にある。磁気嵐(じきあらし)崩落(ほうらく)で失われた集落、行方の分からなくなった隊商(しょうたい)、最後に確認された避難(ひなん)者。そういう記録を、分かる範囲で集めた帳面(ちょうめん)だ」

「全部()ってるの?」


「全部なんてものは、この時代にはない。名前が違うこともあるし、死んだ者が生きていることになっている場合もある。それでも、小さな集落(しゅうらく)を一つずつ回るよりはましだ」


 セヴァンの目が、火からサーラへ移った。


「どこにある」

風門(ふうもん)から入って、中層の記録所(きろくじょ)。街へ着けば訊けば分かる。ただし、急いだほうがいい」


 サーラは地図布の上へ指を置いた。

 広い白砂の中に、古い道と水場が細い線で描かれている。

 北東にはナジュラ。その手前に黒い記号が並び、《(あらし)の歯》を示していた。


 《嵐の歯》は、磁気嵐の力を受け止め、地中へ逃がすために旧時代に造られたと聞いたことがある。

 見た目は巨大な(とう)の群れみたいなものだ。


「砂駄獣が朝から落ち着かない。夕方には、補助(ほじょ)動力の針も勝手に揺れた。強い磁気嵐が近い」

「昨夜、風が止まった。大気から金属の味もした」


「なら、なおさらだ。ナジュラは大きな嵐の前に外の保守橋(ほしゅきょう)を閉じる。次に隊商(たいしょう)の受け入れを絞り、最後は《風門》を落とす」


「いつ?」

「嵐の進み方次第だ。早ければ二日。遅くても三日だろう」


 オレは地図を見る。

 ここから通常の道を歩けば、二日半。


 休みを(けず)り、夜明け前から歩いて、ようやく間に合うかどうかだ。


「荷車で一緒に行けない?」


 思わず訊いた。

 乗ってみたい気持ちが、まったくなかったとは言わない。


 いや、かなりあった。

 でも、それだけではない。荷車なら歩くより早い。セヴァンの背中から黒い箱を下ろせるし、風門にも間に合う。


 サーラは即座(そくざ)に首を振らなかった。

 荷車と、オレたちの荷物を目で測る。


「人間二人だけなら、荷台の(はし)へ詰められる」


「じゃあ――」


「だが、その大箱まで()せれば、仮修理した左後ろへ重さが戻る。次に金具が折れたときは、今日みたいに済まない」


 期待がしぼんだ。


「箱を置いていくつもりはない」

「そう言うと思った。それに、私たちはナジュラへ直行しない。南の井戸場(いどば)へ回り、そこで本修理を受ける。街へ着くのは、早くても四日後だ」


「それじゃ門が閉まる」

「だから別の道を教える」


 サーラの指が、通常の道から西へ外れた。

 砂丘の中を()い、黒い四角の印へ続く細い線がある。


「旧気象観測(きしょうかんそく)塔。昔の保守路(ほしゅろ)が、まだ残っているはずだ」

「はず?」


「私は七年前に一度通った。荷車は無理だが、人なら通れる。正規道(せいきどう)より一日近く短い」


 セヴァンが地図へ身を寄せる。


「危険は?」

「塔は磁気を集める。嵐が近いと、方位器(ほういき)も狂う。内部が(くず)れているかもしれない」


「おすすめはしない、って顔だね」

(すす)めないよ」


「でも、他の道じゃ間に合わない」

「そうだ」


 サーラは選べとは言わなかった。

 危険と時間を並べ、あとはオレたちに任せた。


 オレは水の残りを思い浮かべた。

 報酬(ほうしゅう)でもらう一日半分を足せば、観測塔(かんそくとう)を通る近道なら余裕がある。正規道で風門前に足止めされれば、濾過(ろか)材のほうが先に尽きるかもしれない。


 黒い箱を売る。

 セヴァンの探しているものを調べる。


 ――卵を買う。


 どれも、街へ入れなければ始まらない。


「……よし、観測塔を通ろう」


 オレは決めた。

 セヴァンがこちらを見る。


「いい?」

「ああ。リュカが決めたなら」


「おまえも考えてよ」

「同じ道を選ぶ」


「先に言え」

「訊かれなかった」

「今訊いた!」


 サーラが、地図布の端を押さえながら言った。


「本当に、長く組んでいるんだね」

「だから一年ちょっとだって」


「年数の話じゃないよ」


 どういう意味か訊こうとしたが、サーラは地図を(たた)み始めた。

 それ以上説明する気はないらしい。


 セヴァンも(だま)っている。

 何となく二人だけ分かったような顔をしていて、少し気恥(きは)ずかしくなり、ちょっぴり腹が立った。

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